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童話「スーパーヒーローレボリューション」/#003

ジャン、ソラたちとソラの家に向かう

3

 ソラたちの家は都市から少し離れたところにありました。
 国立大学の建物を出ると街が見渡せました。街は綺麗に整備されていて、高層ビルが立ち並んでいました。
 
 僕が生命維持装置に入る前に住んでいた時代に、テレビのアニメや映画で見たような、ビルの高いところを走る電車が実際にありました。
 
 その電車に乗ることができたら良かったのですが、僕は個人番号を持っていないので乗れませんでした。
 公共の乗り物に乗るにはキッブや定期は必要がありません。
 登録されている16桁の個人番号を改札にあるカメラが身体からスキャンします。
 移動にかかった費用は個人の口座から引き落とされます。
 
 この時代では買い物の支払いもすべて個人番号を通して行われていて、お金の実物は存在しません。
 個人の口座の残高が不足すると補填があるまでマイナスの状態になって、それでも買い物などをすることができますが、マイナスの状態が一定以上続くと役所に呼び出されて指導をされて、それでも改善されない場合は刑務所に入れられることもあります。
 
 役所も警察も”人間”は最小限にしかおらず、ほとんどロボットとAIで運営されています。だからすごく公平公正でごまかしが効きませんが、融通も温情もないそうです。
 
 話が横道に逸れましたが、つまり過去から来たために個人番号を持たない僕は、電車などの交通機関のサービスを受けられません。
 もっともソラたちも豊かではないので最初から歩くつもりでした。
 
 ソラたちと僕と、良く見たら古びた錆びたロボットと、街を歩いていきました。
 
 大学の周りは高いビルが立ち並んでいましたが、歩いているうちにやがて風景が変わり、もっと低い建物が並ぶ街並みもありました。
 そして所々には人気のない廃墟らしい建物や、塀で囲まれて瓦礫が集められた空き地などがありました。
 
 それが戦争の傷跡なのでしょうか。
 戦争って本当にあったのかな、と僕は疑問に思い始めました。
 
 だんだんと冷静さを取り戻して来て、一緒に街を歩いている少年たちと、きちんと挨拶をしていないことを思い出しました。
 
 オッホン。
 どう話を切り出して良いかわからない僕はおじさんみたいな咳払いを一つしました。
 
 「ねえ、いろいろ聞きたいことがあるんだけど、その前に、僕、ちゃんと自己紹介してなかったね。」

 そう声を掛けると前を歩くソラが振り向いて、隣を歩く子たちも僕の方を向きました。 
 
 「僕の名前はジャン。不思議なことだと思うけれど50年の間、さっきの大学にいた。住んでいたとかそういうことじゃなくて、生命維持装置という冬眠カプセルに入っていて、生きたまま細胞の活動を止めていたんだ。」
  
 そう言うとソラが返事をしました。
 「うん、生命維持装置のことは知ってる。実際に見たことはないけどね。でもなんでそんなものに入って50年も眠っていたんだい?」
 
 「戦争ってあったのかな?」
と呟くように僕が言いました。
 
 「戦争?」
 
 「戦争が起こりそうだったので、大学の研究所で科学者をしていた僕のお父さんが、安全な時代になるまでと僕を装置に入れたんだ。」
 
 「その装置は一回設定したら途中で止めることはできないの?」
とソラが聞きました。
 
 「さあ、どうなんだろう。」
と僕が言いました。
 
 「途中で止められるのに止めなかったということは、君のお父さんの予測通りに戦争が起こったということじゃないかな。」
と言って暗い表情をしました。
 
 そうか、やっぱり戦争はあったのか、と僕は思いました。
 お父さんやお母さんはどうなったんだろう。
 僕が装置に入った時にお父さんは35歳だったから、生きていたら85歳のはずです。
 
 「オレの名前はソラ。この二人はトムとチッチ。オレたちは本当の兄弟じゃなくて、助け合って生きている仲間さ。仲の良さは兄弟以上だけどね。」
とソラが言うと二人の少年たちはニコッと笑いました。
 
 「戦争があったのはオレたちが生まれるずっと前のことだから詳しくはオレも説明できないけれど確かに戦争はあった。史上最悪の戦争だったって教わったよ。地球上に生きている生物の半分が死んじゃうほどのね。」
 
 地球上の生物の半分が死んじゃうほどと聞いて僕はびっくりした。
 そんなにひどい出来事があったなんて。
 それならば僕のお父さんもお母さんも、もうこの世の中にはいないのかも知れない。
 
 「ところで、ソラたちは大学の廃墟でいったい何をしていたんだい?」
と僕は話題を変えました。
 
 ソラはくるりと振り向いて、後ろ向きに歩きながら答えました。
 「オレたち三人はハランベー・スラムに住んでいる。スラムの生活は物質的には決して豊かなものではない。でも、心までは貧しくはないよ。ハランベーとは力を合わせて一緒に生きていこうという意味なんだ。この時代の人間は労働をしない。働くのはロボットたち。お金持ちの人たちはロボットが何台もあってお金をたっぷり稼いでくれる。でもオレたちは一家族でロボットを持てないから複数の家族でロボットを共同所有していて、稼ぎも分け合っているんだ。オレたちが所有しているのはもちろんこのPPなんだけど、型も古いし、最近ガタがきちゃって、君も見ただろ?さっきのように時々フリーズしちゃうんだ。それが心配でここのところついてきてるんだ。おかげでジャン、君と出会えたんだけどね。」
 
 僕がPPに質問をした後、動かなくなってしまったことを思い出しました。
 
 「まずはオレたちが住んでいる街に行こう。そこにはオレの家族やトムとチッチの家族も住んでるんだ。」
 
 ふと、僕は思い出してソラにこう聞きました。
 「今日は何曜日なのかな?今日は学校はお休みなの?」
 
 今日は日曜日だけどと言ってソラは顔をしかめました。
 「学校?」

だけど、夏の朝に学校に行くことは
おお!喜びがみんな追いやられる。
疲れ切った先生の意地悪い目の下で。
子どもたちは一日じゅう
ため息をつき、まごまごする。

対訳 ブレイク詩集 松島正一編 岩波文庫

 そう朗読したのはチッチでした。
 
 僕が驚いてチッチの顔を見つめていると、
 「ウイリアム・ブレイクという詩人の詩だよ。チッチは詩をたくさん覚えていて、本を見ないでも朗読することができるんだ。」
とソラが答えました。

 「ジャンの時代には子どもたちは学校へ行っていたんだね。でも、オレたちは学校へは行かない。だって生まれた時から何ができるようになって、何が一生掛かってもできないのかが遺伝子に書かれているから。お金持ちの子たちは何でもできて、オレたちのように貧しい子どもはできるようになることが制限されているんだ。それなのに学校へ行ってどんな得があるって言うんだい。マジムカつくだけさ。」
 
 「そうなのか、ごめん。」
 僕はソラの剣幕に圧倒されてごめんとしか言えませんでした。

 少しの沈黙があって、深呼吸をしたソラがまた話し出しました。
 「こっちこそ興奮してごめん。いつも不満に思っていたことだから、つい。」
 
 そして僕の方に顔を向けて笑顔を見せました。
 「学校へは行かないんだけど勉強はしている。通信機能のモニター付きの端末器を使ってね。イヤホンをして一人で授業を聞くのさ。本も読んだりしているよ。紙の本じゃなくて端末器に入っているデータで読むんだけどね。」

 「ソラにとって気分の悪いことだったらごめん、先にあやまっておく。できることとできないことが生まれつき決まっているんだとしたら何のために勉強をするのかな?」
 僕は聞くかどうかをためらったのち、ゆっくりと質問をしました。

 「そうだよね、そう思うよね。」
 ソラは機嫌を損ねた様子もなく僕の質問に答えてくれました。
 
「どう説明したら良いかな。例えばパソコンとかなら性能があらかじめわかっているよね。ハードディスクがどのくらいの大きさがあるとか、処理のスピードがどのくらいだとか。自動車だったらどのくらいのスピードが出るのかとかエンジンの性能って決まっていたりするよね。オレたち人間もそんな感じに凡その性能がもとからわかっていて、本人もそれを知っているのさ。でもその性能を最大限に引き出して活用するためには練習やトレーニングが必要ってわけ。脳の機能を効率よく使うためには勉強も必要なんだ。」

 「性能を最大限にするためって言うのはわかったけど、大人になって仕事をしないんだったらなんのために性能を最大限にするの?」
と僕が質問をするとソラは得意そうに言いました。

 「人間の一生って仕事をするためだけにあるわけじゃないだろ。」


#003を最後までお読みいただきありがとうございます。
#004は2/8(水)に配信します。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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