東京大学・言語学研究室の紹介
この記事では、私の所属する東京大学・言語学研究室をご紹介します。
東京大学文学部に進学を考えている教養学部前期課程の学生のみなさん、および、大学院で言語学を学びたいみなさんを主な対象として想定しています。
さらに、言語学を専門とする研究室とはどのようなところか興味のある方にも読んでいただけたらと思います。
「言語学研究室」とは?
私の所属する「言語学研究室」とは東京大学文学部・大学院人文社会系研究科において言語学を研究・教育している研究室のことです。
学部では、文学部人文学科言語学専修に対応し、大学院では、人文社会系研究科基礎文化研究専攻言語基礎応用コース言語学専門分野を対応しています。
「研究室」という単位は、教員や大学院生、学生、研究生、研究員、事務補佐員などのまとまりを指しています。
東京大学・言語学研究室は、伝統的に「東大言語」と略されてきました。
今回はこの言語学研究室の紹介をしてみようと思います。
主に、東京大学文学部に進学を考えている教養学部前期課程の学生のみなさんや、大学院で言語学を学びたいみなさんを対象に、言語学研究室で学ぶとはどういうことかを知ってもらいたいと思って書きました。
さらに、言語学研究室について紹介することで、大学や大学院で言語学をどういうふうに研究・教育しているのかもご紹介できたらいいなと思っています。
なお、以下の内容は、私が進学ガイダンスや入試説明会で話している内容そのままです。
もし実際に使用しているスライドをご覧になりたい場合にはこちらからダウンロードできます。
言語学って何?
言語学について考える前にまずは言語ってなんでしょうか。
言語 (language) は、一般に、人間なら地域や文化の違いを問わず、誰でも使用することができるもので、人間と他の動物を分けるものと考えられています。
言語は人間が思考するときやコミュニケーションするときの道具になります。
言語はさまざまな方法で使われます。話されたり、サインされたり、書かれたりします。
さらに言語はその使用者 (話者、サインする人、書き手など) の文化・歴史・アイデンティティーと深く結びついています。
さらに、言語は多様です。おどろくべき多様性を示します。
言語学 (linguistics) とはそのような言語を科学的に研究する学問のことです。英語では scientific study of language と呼ばれます。
たとえば、次のような問いに取り組んでいます。
人間の言語はどのような音声や文法の特徴を持っているのだろうか?
文法的な文とそうでない文を分ける仕組みは何だろうか?
世界にはどんな言語があるのだろうか?
言語はどのように変化するのだろうか?
人間はどのように言語を習得するのだろうか?
「言語学が言語を科学的に探究する」というとき、「科学的」とは、必ずしも高価な機器で脳波を解析するというような話ではなくて、科学的な思考法に基づき、仮説を立て、それを観察・実験によって検証しようとするアプローチのことをいっています。
言語学の授業では、言語学の研究成果である世界の言語の構造を体系的に勉強することもしますが、人間言語の性質についてどのように探究するのかという方法についても学びます。
言語学研究室ってどんなところ?
それでは、そういう言語学を研究する言語学研究室とはどういうところでしょう?
言語学研究室の簡単な歴史を振り返っておくと、言語学研究室は1886年 (明治19年) に「博言学科」として誕生しました。その後、1900年 (明治33年) に「言語学科」に名前を変更して、現在にいたります。
言語学は大きな分野で、いくつかの分野に分かれているのですが、言語学研究室で主に学ぶことのできる言語学は以下の分野です。それぞれに対応した授業名を「」で入れてあります。
記述言語学 (「音声学」「音韻論」「形態論」など)
言語類型論 (「言語類型論の基礎」など)
認知言語学 (「認知文法研究」など)
フィールド言語学 (「野外調査法」など)
歴史言語学 (「比較言語学」など)
研究対象とする言語に特に制限はなく、英語を含む世界の言語から日本の言語 (日本語とその方言、琉球諸語、アイヌ語、日本手話など) まで研究することができます。
どんな学生がいる?
言語学研究室には多様な学部生・大学院生がいます。
学部生46名、大学院28名が在籍し、文学部・人文社会系研究科の研究室としては比較的規模が大きい研究室です。
言語学研究室は文学部に属しているので、進学者は文科三類が多いです。しかし、文科一類、文科二類から進学者も毎年いますし、さらには理系からの進学者も多いです。毎年、理科一類、理科二類から進学者が数名います。
文科三類以外からの進学者が多いのは、大学に入ってから言語学に目覚める人もたくさんいるからでしょう。言語学は高校までに触れることが少ない学問です。
言語学研究室では、英語を含む世界の言語だけでなく、日本語とその方言、琉球諸語、アイヌ語、日本手話などの日本の言語も研究することができますし、実際にそれらの言語を研究している学部生・大学院生がいます。
具体的にどのような研究をしている大学院生がいるのか気になる方はこちらをご覧ください。その多様性に驚くかもしれません。
このようなさまざまな研究をしている学生が、みんな一緒に仲良く勉強しているのが言語学研究室ですので、一つの授業にさまざまな専門の学生がいます。
英語コーパス言語学を専門とする学生、日本手話を研究する学生、トルコ語のフィールドワークをしている学生、リグ・ヴェーダを分析する学生が同じ教室で机を並べて勉強している。それが言語学研究室です。
人間の言語がそうであるように、このような多様性が言語学研究室の特徴です。
どんな先生がいる?
言語学研究室にはいろんな先生がいます。
西村義樹 (にしむら・よしき) 先生は認知言語学がご専門の先生です。日本語や英語を中心に研究なさっています。歩くのがとても速く、好きな食べ物はカレー🍛です。
西村先生といえば、『言語学の教室』という本を哲学者の野矢茂樹先生と共著でお書きになっています。認知言語学や言語研究の入門書としてとてもおすすめです。
小林正人 (こばやし・まさと) 先生は歴史言語学がご専門の先生です。印欧語族やドラヴィダ語族の言語を幅広く研究なさっています。
小林先生といえば、「研究者になるまで」というエッセーが数年前に話題になりました。先生が高校をやめてから言語学者になるまでのお話です。おすすめです。
白井聡子 (しらい・さとこ) 先生は記述言語学がご専門の先生です。中国で話されるシナ・チベット語族の言語がご専門です。
白井先生といえば、地理と言語の関係を考える地理言語学を専門に研究していらっしゃいます。その成果が最近出版されました。おすすめです。ぜひ図書館でご覧になってください。
そして、最後に私が長屋尚典 (ながや・なおのり) です。フィリピンやインドネシアの言語を研究しています。詳しくはこちらに書きました。
こういう教員によって言語学研究室は仲良く運営されています。
最近はコロナのせいで教員全員そろっての食事は年に数えるほどしかありませんが、ときどきみんなでごはんも食べに行きます。
どんな授業がある?
言語学研究室ではさまざまな授業が開講されています。
具体的な時間割は以下をご覧ください。さまざまな授業があることがわかるでしょう。
言語学研究室の教員はもちろん、非常勤の先生の授業もあります。
2022年度は窪薗晴夫先生 (日本語の音韻論)、古賀裕章先生 (文法関係とアラインメント)、アウレリユス・ヴィユーナス先生 (スカンジナビア歴史言語学)、ブガエワ・アンナ先生 (アイヌ語) の授業が開講されています。
この他にも、日本手話を始めとした特定の言語に関する言語学・語学の授業が開講されています。ヒンディー語、エジプト語、ペルシア語、古典アルメニア語、バスク語などです。
もちろん、これらの言語学・語学の授業全てを履修しないといけないということではなく、個人の興味関心にあわせて、柔軟に授業を履修することができます。
言語学研究室以外の授業を履修することはできるの?
言語学研究室は幅広い範囲の授業を受けることはできますが、もちろんこれで言語学の全ての範囲をカバーできるということはありません。
では、どうすればよいのでしょうか?
実は、言語学研究室に所属しても、言語学研究室以外の授業を受けることができます。
文学部の他の専修課程の授業を受けたり、本郷キャンパスの他の学部の授業や駒場キャンパスの授業を受けたりすることができます。
実際、私も学部時代には言語学研究室以外のいろいろな授業を受講しました。たとえば、
尾上圭介先生 (国語研究室) の授業で国語学について学びました。主語やラレル文の問題について勉強しました。
渡辺明先生 (英語英米文学研究室) の授業で生成文法の授業を受けました。Introduction to Government and Binding Theory (Liliane Haegeman) が教科書でした。
福井玲先生 (韓国朝鮮文化研究室) の授業で이기문先生の『국어사개설』を読みました。
角田太作先生 (旧・東洋諸民族言語文化部門) の授業で言語類型論について学びました。
当時はまだ駒場にいらっしゃった西村義樹先生 (駒場・言語情報コース) の授業で認知言語学の基礎も学びました。
他にも、非常勤講師としていらっしゃっていた佐野哲也先生 (心理学専修課程・言語獲得) や土屋俊先生 (哲学専修課程・言語哲学) の授業にも出席しました。
もちろん中心になって受講したのは言語学研究室の授業ですが、各専修課程で開講されている言語学に関する授業を組み合わせて勉強できるのも言語学研究室のいいところです。
文学部にはいろいろな専修課程が存在するので、いろいろな授業を受けてみることをおすすめします。
どのような卒業論文を書くの?
学部生にとって気になるのはどんな卒論を書くことになるのかということかもしれません。
言語学研究室は言語ならなんでもできるということもあって、その卒論のテーマもさまざまです。
たとえば、こちらは2021年度に提出された卒業論文のうち、私が指導したものの一覧です。どれも素晴らしい力作でした。
アイマラ語の動詞に付加される方向接辞 -nta と -su について
コーパスを用いたアイヌ語の他動詞・使役構文の考察
コーパスを用いた日本語左方転位文の有題性の考察
存在テンプレート所有表現における人間関係をさす被所有名詞と 「ある」の共起可能性
石川県金沢市方言における意志形を用いた命令表現
愛媛方言における禁止表現「未然形+れん/られん」についての考察
山梨県甲府市方言における終助詞「さ」の機能について
過去に言語学研究室に提出された卒業論文の題目一覧はこちらで確認できますので気になる人はご覧ください。
テーマはいつどうやって決めるのか、言語をどうやって決めるのか、など気になるかもしれませんが、そんなに心配することはありません。
言語学研究室では学部3年生後半から卒業論文について教員と相談する機会を設けており、さらに、4年生からは教員との集中的な面談期間を経て、卒論テーマ発表会、それから、指導教員による個別指導と、順々に指導していきます。
この流れに沿って、3年生のAセメぐらいから卒業論文でやりたいことをぼんやりと考えて、4年生のSセメでテーマを決めるというぐらいの感じでいいと思います。
卒論についてさらにもっと教えてほしいという場合には個別に連絡してきてください。
言語学専修課程はこんな人におすすめです
最後に、言語学研究室はこんな人におすすめという話を紹介します。
まず、言語 (学) に興味がある人。これは言うまでもないことですね。
次に、どの言語を専門として勉強するか今は決めたくない人。
言語学研究室では日本手話からリグ・ヴェーダまで幅広い選択肢があります。言語学研究室に入ってしっかり勉強したうえで、たくさんある選択肢の中から選びましょう。
さらに、たくさんの言語ができる人。そういう人は言語学研究室でなければどこにいくのでしょう。そういう人のためにこちらの記事を書きました。
一方で、日本語と英語ぐらいしかできない人も言語学研究室に向いています。その理由はこちらの記事に書きました。
どういう言語をするにせよ、人と違ったことがやってみたいと思っている人は言語学研究室に向いています。
たとえば、私は世界でラマホロット語レオトビ方言を研究する唯一の研究者です。あなたも言語学研究室ならオンリーワンかつナンバーワンを目指せます。
また、言語だけでなくプログラミングや統計の勉強もしたいという人は言語学研究室がいいと思います。
たとえば、小林正人先生は「言語研究のための情報処理」という授業を毎年開講し、Python をつかって言語研究する方法を教えていらっしゃいます。実際に毎年この授業を活かした卒論が提出されています。
私も毎年ではないですが、R や統計に触れる授業をしています (今年度はその授業レポートを発展させて卒業論文を書いている学生がいます)。
性格的なところでいえば、人と話すのが好きな人は言語学研究室に向いています。言語学研究室は和気藹々としたところで学生室というところに学部生も大学院生も集まって勉強したり雑談したりしています。
さらに母語以外の研究をするには話者とコミュニケーションする必要があります。ある程度のコミュ力は必要とされます。
一方で、友だちが少ない人でも大丈夫です。なぜなら言語学研究室で研究できる言語には今は使われていない古い言語も含まれるからです。母語ではない言語でもコーパスを使うなら誰とも話さなくても大丈夫です。
文献やコーパスは気を遣う必要もなく、文句も言いません。コミュ力などなくても勉強できますし、素晴らしい論文を書くことができます。
最後に、本郷キャンパスで勉強したい人にもお勧めです。
こればかりは一度キャンパスにいらっしゃらないとなかなか伝わらないかもしれません。一度遊びに来てください。
興味がある人は研究室に遊びに来てください
というわけで、言語学研究室の紹介でした。
なんとなくでも言語学研究室のことがわかっていただけたでしょうか。とても楽しい研究室であることが少しでも伝わったらよいなと思います。
一方で、「文字だけでは伝わらない」「やっぱり実際に目で見ないとわからない」というのも事実だと思います。
その場合には予約したうえで研究室に遊びに来てください。
研究室を実際に訪問し、実際の雰囲気を感じて、必要に応じて教員と話してください。研究室訪問は予約すればいつでも歓迎します。
あるいは、ここに書いてあることについて質問したいという場合も連絡してください。喜んでお答えします。
これを機会に言語学研究室、さらには言語学に興味を持ってもらえるとうれしいです。