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「ここでは睡眠を諦めてください。」聖地ロカマドゥールの夜【世界多分一周旅 ルピュイの道2023⑥】
フランス南西部をスペインの方向に向いて伸びる巡礼路ルピュイの道を歩く旅を再開させたわけだが、3日目にして行きがかり上、早速予定していた巡礼路を外れて、少し寄り道をすることにした。
寄り道する目的地はその名もロカマドゥール。
簡単に説明すると「ものすごい聖地」らしい。楽しみである。
2022年12月~2023年11月に世界をぐるりと旅した「世界多分一周旅」の途中の、歩き旅「ルピュイの道」の記録。
2019年の春に、フランスの「ルピュイの道」を歩く旅をして、コンクという町でその年は終了。
2020年の春に、コンクから続きを歩く予定だったが、コロナ禍で行けず、4年の年月が流れ、2023年にようやくコンクに戻って来られたので、その旅の続きを。
フィジャックの巡礼宿は、女子4人部屋だったはずだか、遅くに到着した男性が4人目として部屋に登場し、夜の間ずっと、地獄のようないびきを響き渡らせた。 非常事態の時だけ登場する私の必殺おフランス製シリコン製耳栓も全く効果なし。女子全員が眠れなくて、「Oh,No」や「もう!」という大きめのつぶやきをしながら寝返りを打ちまくり、イライラしっぱなしだった。
こんな轟音を鳴らしながら他人の安眠を妨害し続ける当人だけが、ぐっすり眠れているという世界の不条理さに打ちのめされた夜だった。
翌朝、私を含めた女子3人全員が、悪趣味にもその男のいびきをスマートフォンに録音していたことが分かり、それぞれに披露しあって笑いながら、朝食をともに楽しく食べられたのはわずかな救いであった。(後半にその男がシャワーを浴びてすっきりした顔で現れて、グッモーニン!と言った時は、空気は凍り付き、辛うじて「Very good morning… 」という皮肉めいた挨拶を3人が返したりはしたが。)
そのうち1人のフランス人女性は、オーナーの男性に、女性部屋にあの男が来たせいで、昨晩3人の睡眠の権利を奪われたということを強く抗議していた。さすが主張するフランス人たちである。私もこれからは、世界の不条理と戦う姿勢を見せていきたい。
一番近いベッドで寝ていて、安眠妨害の被害が甚大だった私へのお詫びなのか分からないが、オーナーは私に、「残ったパンは全て持って行っていいよ」と言った。ありがたい申し出に喜んで飛びついて、私のバックパックはさらにふくらんだ。
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何度も書いてきたが、フランボワーズのジャムが、ジャムの中で一番好き
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諦めてペットボトルを買う。
ロカマドゥールへの寄り道は、電車に少し乗ることにした。というのも、北のロカマドゥールまで歩いて行って、南西へと戻って本来の巡礼路に再び合流するルートを全て歩いて行くとなると、日数が1日多くかかってしまい、そうなると、ここで本来の道を西に進むハビエルやパパたちと会えなくなってしまうため、それは避けたいから電車でちょっとスキップするのである。800㎞のスペインの巡礼路(カミーノ)を歩き通し終えた私にとって、歩き通すことへのこだわりはなく、それよりも出会った人との縁の方を優先したかったので、カオールという先の町で、彼らと数日後に再会する約束をして、サクッと電車に乗って向かうことにした。したがって、本日は休息日である。電車の時間までフィジャックの朝市をぶらぶらして、最先端の電車に乗ってロカマドゥールへ出発。
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チェンマイのまな板がいい仕事をする。
ロカマドゥールの町に入った。1本の道が奥まで伸びていて、進んでいくと、山に張り付くように崖のような要塞のようなものが見えてきた。
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はい、聖地。
これは秘境、聖地で間違いないと一目見て分かった。
コンクという村が山に囲まれた窪みに埋もれるように出現するのにも驚いたが、崖に張り付いたようなロカマドゥールのいでたちには、アニメに出てきそうだなと思ったりして、現実感がない。
とにかくかっこいい。
これがロカマドゥールなのか。
フランスにいくつもある最も美しい村の1つらしいが、美しいというか圧倒的にかっこいいと感じた。
聖地ロカマドゥールにまつわる伝説3つを簡単に。
①聖アマドゥールの伝説:1166年にこの地の岩山の中腹に聖アマドゥールの遺骸が発見されたが、腐敗されずに保存されていたという奇跡。
②黒いマリア像伝説:この地のサン・ソヴール協会のノートルダム礼拝堂に黒いマリア像があり、奇跡の礼拝堂と呼ばれていて、多くの巡礼者を引き寄せている。
③デュランダルの伝説:この地の岩肌に伝説の剣「デュランダル」が刺さっていて、この剣は英雄ローランがイスラム軍との戦いの中で岩に突き刺したと言われていて、フランスの叙事詩『ローランの歌』に登場する。
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ロカマドゥールに圧倒されながら、本日の宿にとりあえず先にチェックインすることにした。宿と呼んでいいのか扱いが分からないけど、建物の中には小さな礼拝堂があって、修道女たちが生活されている場所の一部を避難所として巡礼者を受け入れて、宿泊させてくれている場所である。
その名も「Refuge Le Cantou Notre Dame」、日本語で「避難所」という意味だろうが、修道院のような感じなのかなあと何となく思う。
シスターたちが丁寧にロカマドゥールの町の説明をしてくれ、中を案内してくれた。小さな礼拝堂があり、庭があり、清潔なベッドルームと、共同で使う素敵なキッチンとダイニングがある。
さっそく洗濯をして庭に干し、ランチにしようと思ってキッチンに向かう。
そこで、この後、仲良くなるナタリーとパトリックという2人組に出会った。
この2人については、書きたいことがたくさんあるのでまた後日ご紹介するとして、ここでの印象的な出会いは、韓国人のトライアスロンが趣味のカンさんである。
カンさんは英語が話せないため、キッチンで何人かで英語で楽しく話をしていても全く会話に入らず、誰も話しかけないまま、ずっと黙々とお鍋の前に立っていて、何かを茹でていた。
私が近づいて、「ハロー、こんにちは、ボンジュール」と全方位で話しかけてみると、「コニチワ」と言って微笑んでくれた。とっくきにくいわけでもなく、ただ英語とフランス語ができないだけのようだった。カンさんは皮ごと茹でたじゃがいもを3つくれて、1つをマヨネーズと混ぜてシンプルポテトサラダにし、残りを塩につけたりしてふかし芋として、ランチに追加した。また、カンさんはプラムもくれた。宿には寄付制で使っていい缶詰やスープの素があったので、スープといも祭りとなり、今朝もらったフランスパンでお腹いっぱいとなった。結局自分で買ったのはカマンベールチーズのみ。
優しさに溢れていて、毎日お腹いっぱいである。
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食後にロカマドゥールの町を散歩し、教会に行ってみることにした。
町の中にあるベンチにカンさんが座っていて私を待っていたようだったので、横に座って一緒に話すことにした。
話すといってもフランスのパパと同じくGoogle翻訳を使った会話。カンさんがハングル文字で質問を打って日本語に変換し、私が私のiPhoneのGoogle翻訳を使ってハングルで答える。Google翻訳で、外国語から日本語への翻訳はどの言語からも変テコ日本語になることが多く、まだまだ翻訳アプリやツールは開発が必要だと感じている。いつもどこか主語がおかしかったり、回りくどかったりかしこまっていたりする。だから、本音を言うと、ハングルから英語に変換してもらった方がズレが少ない気がしてるのだが、せっかく日本語にわざわざ変換してくれているので、おかしな日本語を読んで推測したりする。時々それをもう一回ハングルに戻してもらって、私のiPhoneでそれを読み取り、英語変換してから脳内で日本語に直したり、とにかく手間と時間がかかるが、それでも、というか、その中にこそ楽しい会話がある気がしていた。
便利なものを使って、不便な形でコミュニケーションを取るパラドックスが楽しい。パパも同じだが、慣れていない手つきで何とかスマホのGoogle翻訳に文章を打ち込み、一生懸命私に質問をしてくれるカンさんの顔を見ていると、IT革命って素晴らしいなと思った。
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という質問。
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「ここでは睡眠をあきらめてください。
夜景のせいです。」
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じゃがいも何個あるん?なカンさん。
カンさんはフランスとスペインの巡礼路を過去に踏破し終えていて、海外のトライアスロンに出たりするくらいの体力おばけで、このルピュイの道の巡礼路は全然大したことがないと言う。アップダウンだらけでしんどいと伝えるが、ここから先は楽だと言う。「カンさんの嘘つき!」と明日以降何度も挫けそうになりながら心の中で叫ぶことになるのだが、それ以外のロカマドゥールについての情報は、物知りで正確であった。
デュランダルの剣の伝説や、膝で階段を登る話など、私がインターネットで調べて得たうろ覚えな情報を、ところどころおかしなGoogle翻訳にて補完してくれた。
街を歩き、教会にも入り、ロカマドゥール名物のチーズも買って、満足して帰ってきたら、キッチンにカンさんがいて、またじゃがいもを大鍋で茹でていた。それから隣のコンロで切ったじゃがいもを炒めていた。あ!懐かしいこの香りは!なんと、ごま油で炒めていたのである。さすがカンさん、韓国代表。ごま油まで持ち歩いているとは、頭が下がります。ごま油で炒めて塩で味付けてあるじゃがいもをいただき、今宵のディナーは、友達のしめちゃんに日本を出る時に餞別で貰ったアマノフーズのクリームシチューと、じゃがいもたちとフランスパンにした。
それぞれのディナーを、同じ食卓でみんなで食べながら話していたら、土砂降りが降り出し、夜の散歩はどうしようかなあ…と思っていたが、ものすごい雷雨で、雷の音がバリバリと鳴るたびにみんなで怖がっては笑って過ごした。英語の分からないカンさんも一緒に笑い合う。
しばらくして、パトリックがキッチンの窓を指さした。
「アルカンシエル!」
聞いたことがある。バンド名の由来で知っている単語、虹だった。
しかも2本の虹、ダブルレインボーではないか。みんな交互に窓のところから顔を出して眺めて、次の人を呼んで交代し、全員で2本の虹を堪能した。
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じゃがいものごま油炒めに
じゃがいもを添えて
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ヨーロッパの5月はなかなか日が沈まないため、日が暮れるまで、ハーブティーを飲みながらナタリーとパトリックらと話をして、いよいよ21時、暗闇が来たのでヘッドライトとカメラを持って夜の散歩へ。
カンさんが待っててくれていて、一緒に夜のロカマドゥールを散歩する。
観光客が誰もいなくなり、取り残された岩山と教会のある静まり返った村の隙間を歩く。もういつの時代のどこにいるのか分からなくなる感覚。ヤコブ様がフラフラ歩いてきたとしても不思議ではない雰囲気。治安的に問題がなさそうなのが分かったので、カンさんと途中で別れて私は1人で歩いてみた。
静かだった。
こんな山奥の岩山に張り付くようにある村。自分が、ロールプレイゲームの中に迷い込んで、国も時代も越えて冒険に出ている勇者のような気がしてくる。いや、確かに私は冒険をしている。壮大な旅の途中なのだった。
みんなが寝静まった後に宿に戻り眠った。目が覚めると、キッチンに手紙とじゃがいもが置いてあった。
とても温かい気持ちになる手紙だった。
たどたどしくて、少し変な日本語と文字なのに、だからこそ余計にストレートに伝わるという不思議な手紙だった。
沢木耕太郎の深夜特急バージョンのロールバーンのノートに、そっと挟んだ。
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のりまき様
のりまきさんは幸せです。
カトリックの聖地ロカマドゥールで
楽しかった思い出と
夜の美しかった外観を持つ夜景
そして雷、雷、
美しい虹まで。
日本に帰国するまで
健康で楽しい旅行になることを
遠くから切望しています。
2023.5.06 カン
ロカマドゥールにて
勇者は、素敵な仲間と出会い、素敵な宝物を手に入れた。
そして次のステージへとパワーアップして進む。
勇者の旅はまだまだ続く。
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