形あるものは… 【初めての上高地⑦】
上高地の小梨平キャンプ場から大正池へどうやっていこうかな?とバスターミナルにある観光案内でパンフレットを物色していたら、ちょうどもうすぐ大正池行きのバスが出るところだったので、いいやバスで行こう!と飛び乗った。散歩は帰り道に堪能するということでよしとした。
バスはあっという間に大正池に着いて、拍子抜けした。そういえば、夜行バスで大阪から上高地に来た時に、上高地の手前辺りでもうすぐ着くなと目覚めたら、寝ぼけ眼で窓から夜明け前の恐ろしそうな湖を見た気がする。バスに乗るまでは思い出さなかった夢うつつの記憶が蘇った。
あの時はハリウッドのホラー映画に出てきそうな、何とも恐ろしそうな場所だと思った幽霊が出そうな建物は、昼間に見たら立派なホテルだった。失礼な話だ。
そのホテルの売店に入ると、大正池の説明が貼られていたので熟読した。
大正池は、目の前にそびえる焼岳が大正4年(1915)に噴火して、噴出した熔岩や泥流によって梓川が堰き止められて出来た池らしい。
焼岳の噴火により一夜にして急に姿を現した大正池。そこにあった原生林は水没し、106年経った今は、梓川の上流から流れてくる土砂がたまって池の面積も半分以下にまで小さくなり、立ち枯れの木々もだいぶ減っているという。このままだと間違いなく池はなくなるらしい。確かに立ち枯れの木はほとんど見当たらなかった。今見られる景色も、いつかはなくなるという運命のもの。観光名所の大正池が無くならないように、色々と対策されているようだが、変わっていく景色と、残そうとする人間との攻防戦に、自然とは?と考えさせられる。
そんな、大正池の景色。
梓川と違って少し緑がかっている。雨上がりも関係しているのだろうか。
大正池を噴火にて生み出した焼岳は少し曇っていたが迫力がある。山の格好良さが最近分かってきたお年頃。登るかどうかは別で、私は近くから山を眺めるのが好きかも知れない。
大正池は静かでいい場所だった。ここから歩いて1時間ほどで上高地に戻れるようなので、ゆっくり散歩して戻ることにした。
時々、景色のいい場所を見つけたら、シートを敷いて、ガーナの板チョコ2枚目とホットカルピスを飲んでピクニック気分。
今見ている景色も、またいつ見られるか分からないし、変わっていく景色かも知れないし、失われていく景色かも知れない。いずれにせよ、今日のこの景色は今日しか見られないものだから、心に刻みたい。だけど、悲しいかな人は忘れていく生き物だから、すっかり忘れてしまうこともある。どこで失われるか分からないから、結局は諸行無常。今を楽しむしかないな、と刹那的になる私であった。
上高地に近づいたあたりで、西糸屋山荘といういい感じの山小屋があった。
13:30までランチをしていて、ギリギリ(アウト)の13:45だったが、まだ大丈夫ですよとのことで、念願の山賊焼き定食を頼んだ。
風が気持ち良いのでまた外のテラス席をチョイス。
運ばれてきてびっくり。
ものすごい量だった。
観光地でどこももれなくお高いのに、これで980円。
最高。
山賊焼きとは下味のしっかりついた鶏の揚げ物で、山賊は「物を盗りあげる」ことから「鶏を揚げる」という、まさかのダジャレが語源らしい。松本の人は愉快だ。そしてもちろん美味しい。
デザートにまたりんごがついてきたし、ぶどうも美味しい。これぞぶどうという酸っぱ味も残っているワイルドなぶどうだった。
シャインマスカット(ふるさと納税で毎年大量に届いて食べている)で甘やかされた私の脳天を直撃。
長野のぶどうはやっぱり美味しい。
もはや私自身が山賊のようにむしゃむしゃと食べた。全集中である。
この山賊焼き定食の景色もまた、美味しかったという記憶のみ残して、あっという間に失われてしまったのであった。
続く…