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桜の砂丘

 桜の花びらで出来た砂丘を歩いてた。淡く紅い見渡す限りの白の丘を歩いてた。「誰もいないな。独りぼっちは寂しいな」と思っていたら、風が吹いて花びらを舞わせ、花吹雪の止んだ後には一頭のラクダが目の前にいた。

 ラクダは優しい目を私と合わせたかと思うと、そこにしゃがみ、自分の背に一度首を向けてすぐに私に向き直り、頷くような仕草を見せた。「背に乗れ」と言われた気がして、私はラクダの背によじ登った。すると、ラクダはすぐに立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。
 時折舞い上がる桜の花びらの中、私とラクダは桜の砂丘を行く。

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「お母さん、やっぱり私、あのお見合い受けてみる」朝のリビングで私は母に言う。
「どうしたの?気乗りしないって言ってたのに」母は朝ごはんの仕度の手を止めて私の顔を見る。
「んー。ものは経験ためしかなと思って」私はそう言ったが、心変わりは今朝の夢のせいだ。ラクダを連想させるイケメンとは言えない顔の、見合い写真のその男性は桜色のネクタイが似合ってた。
 私は男性のネクタイが好きだ。新入社員の下手くそな結び目にはキュンとなるし、オジサンのくたびれたネクタイには味わいがあると思ってしまう。前日と同じネクタイと話の調子で、男性社員の夜遊びの深さを察してしまう位に、私はネクタイを観察してる。

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 多田ただ有楽ゆうらくさん。隣を歩く男性の簡単なプロフィールは釣書で読んだから、大体頭に入ってる。
「お仕事、楽しいですか?」言ってしまってから、私はその不躾な質問を軽く後悔してしまう。『後は若い二人に任せて……』と、お決まりの文句を聞いた後、私達は庭園に出たのだが、初めてのお見合いだ。何を話すのが正解なのやら。
「楽しくもあり、苦しい時も多々あるって感じでしょうか。自然が相手ですから苦労は多いです」大きな目は、やっぱりラクダを思わせる。多田さんも少し緊張しているといった面持ちでそう言った。多田さんはブドウ農園を営んでいる。自営業で農家というのは、婚活市場で不人気なんだろう。でも、飾らずありのままを話してくれる多田さんに、私は好感を持った。

「ゆうらく、って良いお名前ですね」歩きながら私達は話してる。新緑が眩しい庭園の風景を眺めながらの会話は、座って対面で喋るより楽だ。
「私はこんな風貌な上に、多田の【だ】と有楽の【らく】で、学生時代のアダ名はずっとラクダでしてね」そう言う多田さんは爽やかな笑顔を湛えている。
「アハハっ、って、ごめんなさい」失礼過ぎるぞ、私。
「いえいえ、いいんです。そりゃ、思春期はイヤでしたけどね。この顔とそのアダ名」
「今は、好き、なんですね?」
「ええ。砂漠という過酷な環境下で生き抜く強さを持ったラクダってカッコいいなと、今では思ってますし」
「そうですね。人はラクダがいなくちゃ砂漠なんて旅できませんもんね」多田さんの言葉の一つ一つには強さと優しさがあるようで、私の身体からは少しずつ強ばりがほどけていく。

「有楽って名前は、農業のしんどさ故に親がつけてくれたんですけど」
「はい、ステキなお名前です」
「楽って漢字には『らく』と『たのしい』って意味があるじゃないですか」
「そうですね」
「でも、らくイコール楽しいじゃないし、楽しいイコール楽でもない」
「ホント、そうですよね」私は会社でのアレコレを思い浮かべる。
「私は結婚したら、そのかたに楽をさせる事は出来ないでしょう。でも、楽しいを一緒に作っていける夫婦でありたいと思っています」
「楽しいが有ると書いて有楽、ですね」
「ええ。名は体を表す、と生きられたらいいなと思っています」そう言って、多田さんはニコッと自然な笑顔を見せてくれた。

 その時、一陣の風が吹いた。その風は私の髪を乱れさせ、多田さんのジャケットを膨らませて、ネクタイをジャケットの外に出した。
 私は軽く髪を整えて、すぐに多田さんのネクタイに手を掛ける。新妻のような仕草だな、なんて自分で思いながら。
 すると、ネクタイの下部のデザインが目にとまった。エンボス調で小さなヒトコブラクダが斜めに並んでいる。
「あ、ラクダ……」見たままの感想が私の口からこぼれる。
「気にいってるんです、このネクタイ」多田さんはそう言って笑う。
 桜色のネクタイに小さなラクダの隊列。嘘のない多田さんの人柄、夢で見た桜の砂丘。背が高くてラクダ似の多田さんは、ラクダじゃないし、おんぶされる事もないだろう。でも、ラクダのコブに跨がって悠々と進んだ桜の砂丘のあの光景は、いずれ産む私の子が多田さんに肩車されて見る風景かも知れない。

「結婚を前提にお付き合いして頂けませんか?」多田さんは言った。
「はい。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」砂漠を行くような苦労もあるのかも知れない。でも、砂を桜の花びらに変えるように、二人で楽しいを作るのはきっとステキな事だよね。

 あなたは私のオアシスに。私はあなたのオアシスに。そうなるような予感だってあるもの。

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