あのまばたきの意味
オレは立川七瀬がキライだ。クラスメイト全員に分け隔てなく明るく振る舞う様も、愛らしいその微笑みも、よく通る少し高めのキレイな声も、風になびくサラサラの長い髪も、全てを見通すかのような大きな目も大嫌いだ。
「そうそう。蛇にはまぶたが無いんですよね。なので、蛇の居眠りはバレにくい。でも、人間にはまぶたがある。だから、寝ているのはバレバレですよ、田中くん。起きなさい」黒板の前に立つ生物教師の伊藤がそう言うと、立てた肘に顎を載せて寝ていたらしい田中の背中がビクンと跳ねた。教室内はドッと沸き、田中はバツが悪そうに頭を掻く。隣の隣のそのもう一つ向こうに座っている立川七瀬も笑ってる。
その愛くるしい笑顔の魅力に自分で気づいていないようなのも腹立たしい。一体どれほどの人間をその笑顔で魅了しているのか、キミは知っているのか。
その大きな目で見つめられながら聞こえてくる君のその声は魅了の魔法なのだとなぜ気づかないんだ。
「七瀬くん。立川じゃなくて、七瀬太郎くん。キミはキミで授業をちゃんと聞いているのか?さっきからボーっとして」伊藤は田中に続いてオレに注意してきた。オレはその声に反応して教壇の方に顔を向ける。クラス中の視線が集まっているのが分かる。伊藤の声にすぐに反応できて良かった。一拍遅れていたら、立川七瀬と目があっていたところだ。「スミマセン。気を付けます」オレは何の感情も込めずにそう言った。いや、顔は紅潮しているし、立川七瀬を見つめていた事が誰かにバレやしなかったか、内心はヒヤヒヤだが。
「七瀬くんとは結婚できないなー。七瀬七瀬になっちゃうもん」二週間ほど前の、立川七瀬との何気ない会話の中で、彼女はそんな事を言った。放課後の教室で何故か二人きりになるタイミングがあったんだ。他にどんな話をしたんだっけ。その言葉が深く刺さり過ぎて、他の会話はあまり思い出せない。
「なんだよ、それ。なんで俺が立川なんかを結婚相手として見なきゃいけねーんだよ」オレがそう言った事は覚えてる。すると、立川七瀬はゆっくりとまぶたを閉じて、そして、ゆっくりと目を開けた。その瞳が少しだけ潤んでいたように見えたのは気のせいだっただろうか。
「ゴメンね、変な事言って」そう言うや否や、すぐに立川七瀬は教室を出て行った。
あのまばたきの意味を未だに考えさせる立川七瀬がオレはキライだ。
あれ以来少しギクシャクしている今の関係がオレはキライだ。
ー終ー
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