心がかたちの源
中学校のとき、理科で分子やら原子やらの勉強をしましたね。
あれって、とっても不思議な話でした。
曰く、全ての物質は原子レベルでは
原子核と、それに引き寄せられた電子が回っていると考えられる。
つまり、
スカスカな空間が結構あって、
お互いはぴっちりとくっついている訳ではなく、
何らかのエネルギーでグループとしてまとまっているだけだ、ということなんです。
その原子が、さらになぜか分からないけどもお互いにまとまって、物質を構成しているのだそうで。。。
不思議な話じゃありませんか。
たとえば、
私の親指を構成している原子は、別に私の親指にいつまでもとどまっていなくてもいいんです。
『やっぱりや〜めた』って、私から逃げてしまってもいいわけです。
でも、そういうことはせずに、とりあえず私の一部として、ここにとどまっている訳です。
なんで???
と思いませんか?
なぜ、私の親指を構成する原子は、私の一部としてとどまっているんでしょう。
隣の子でも、兄弟の誰かでも、他の動物でも良かったのに
私の親指となり、それからずっと私の親指としてとどまり、私の親指としての知識を次の世代に完璧に伝え、最後まで私の親指として存在することを選択するのです。
一体なんで???
とっても不思議じゃありませんか。
途方もない数の原子が、私という一つのグループとして存在しているのです。なぜか?は、いまだはっきりと解明されていないようです。
ただ、物理学では、何らかのヒントになりそうな結果がもたらされているようで。
原子を分解し、どんどん小さくしていくと、最後に「素粒子」というものに行き着くのだとか。
で、この素粒子は
誰かが見ている時は粒状ですが、誰も見ていない時は波状、つまりは単なるエネルギーとして、形のない状態で存在しているようなんです。
さらに、観測者が「どんな動きをするか見てみよう」と観察すると動かず、「右に行くかどうか見てみよう」と意図すると、右に動き始める。
謎めいた物質ですね。そして突き詰めると、
あなたや私といった人間はもちろん、
地球上の全ての物質が、
そんなあやふやな、不確かなもので構成されているのです。
ということは、ですよ。
私を構成している途方もない原子は皆、
「私」という存在でありたいと願って、
私という存在の一部になっていると言えるのではないでしょうか。
では、その「私」は何を基にできているのでしょうか。
私という原子グループは、私の何に共感し、
私でありたいと願ったのでしょうか。
その答えは、私の「心」のなかにあるように思います。
私の心の中にある「何か」
それは「信念」とか「愛」とか「経験」とか「能力」とか、
その他色々なものでしょう。
ただ、確かに私は、そしてあなたも、
頭のてっぺんから爪先まで、
身体の全てがその「心」に従い、形をなしているのだと思います。
こんな顔は嫌だ?もっと足が長ければ良かった?
まあ、いろいろと不満もあるでしょうが、それさえもあなたが望んだ形のような気がします。多分ですが「不完全でいたい」という無意識の願いの表れですね(笑)
そして、人だけでなく全ての物質が、この謎物質、素粒子で構成されているのならば、全ての物質は、そのグループをまとめる「心」を有しているのではないでしょうか。何らかの意図があり、その形にまとまっている、ということ。
であれば、どんな物質でもチャネリングにより「心」を探ることが可能なはずです。
また、おおよそ人が想像したものは全て、少なくとも素粒子レベルでエネルギーグループとしてまとまるはずなので、その意図を探ることが可能なはずです。
というわけで。
最後はまたチャネリングの話になりますが、
動物や植物、神様、天使、パワーアイテムなど
どんなものの意図も、波動を合わせればコンタクト可能なのです。
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