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【 一葉 】

こんばんは。
今回は、脳内にぽこぽこと浮かび上がってきた短いお話を書いてみました。



 あの日、蘭は水乃を裏切った。本人には気付かれないような形で…。あの選択によってその後の人生を操られているなんて、水乃は知る由もなく、蘭に向かって無邪気な笑顔を振り撒いている。
 種を明かせば、蘭が母で水乃は娘である。水乃が産まれて声を上げた瞬間から蘭に芽生えた感情、それは嫉妬である。愛情の裏返しなとど言っては短絡的過ぎるし、また蘭には「盗っ人」のきらいがあるのだった。目にするもの、耳にするもの、全て盗むのだ。「奪う」というのも正しいかもしれない。それはいつの例においても相手に盗まれたことを気付かせないのである。それが「裏切り」である。

 ある日、蘭と水乃は共にスーパーマーケットへ出掛けた。水乃はチョコレートドーナッツをじっと見つめて親指をしゃぶっていた。蘭はもちろんその様子に気が付いていたのだが、気付かない振りをした。水乃にとって蘭はいつも眩しかった。チョコレートドーナッツをねだって甘える自分を蔑視するように、目蓋を伏せて翻る蘭のスカートの裾を追った。

 蘭はゲームが嫌いだった。設定されたある場面で勝ち負けを決めるのが嫌いだった。だって蘭の所属するコミュニティは蘭の手中にあるのだから、分かりきった答えを見届けるだけの時間なんて惜しいじゃないか。
 蘭を取り巻く者たちはみな傀儡、蘭の足の踏む先にみなの意志が交錯してゆく。人の軌跡、蘭の思惑。

 ある湖のほとり。蘭と水乃はボートを漕ぎ出す。蘭はこの後に待ち構えている結末を知っている。
———大きな風が吹いてボートは転覆する。泳ぐことの出来ない水乃は溺れるに他ならない。そこで蘭は奇行に出る。ボートの端を歯で齧る。自分の歯を砕くために。


おわり。

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