離婚することにしました。13

私と配偶者は喧嘩や言い合いをしたことがほぼなかった。
いつも私が一方的に怒っているだけだった。
よく、彼氏と喧嘩して~とか友達から聞いてはいたが、私と配偶者の間には喧嘩はなかった。
しかも途中からは私が配偶者の興味が湧きそうな話題を振り続けるだけの関係性だったのだから。
心のうちを話し合ってこなかったから。

購入したマンションで暮らし始めてからすぐに、些細な事で大きな諍いが起きた。
内容は全く覚えていない。
一緒に出掛けようとした時、私がいらないことを言ったのだと思う。
それぐらいどうでもいいことで諍いが起きたんだと思う。

記憶の中の私は、妊娠で大きくなり始めたお腹を抱えながらすごく怒っていた。
配偶者は初めて怒りを剥き出しにして私に向かってきた。
とっさに私は
殴られる!
心臓をバクバクさせながらも、もう一人の冷静な私が殴ってくれたらいいのにとさえ思っていた。
理由は何であっても妊婦を殴るのは有り得ないし、そんなとんでもないことを配偶者が犯す事で家庭内で優位に立ちたいとまで瞬時に考えた。
ところが、なぜか配偶者は怒りに震えて突き出した拳を、私に向けるのではなく着ていたシャツの首元を掴んで自分の首を緩やかに絞め始めた。
ぜえぜえと荒い息を吐き、怒りに震えながらゆっくりと首を絞めることで充血していく配偶者の目と顔を見て、そうやって怒りを収める方法があるのか!と私は驚いた。
驚くと同時に、とてつもない鬼のような形相だったので、私が怒らせたにも関わらず吹き出すところだった。

そのうちそんな事があったこともすっかり忘れた。
安定期に入ってもつわりは止まらず、食べていないと気持ちが悪く、食べていない時間はずっと吐き続けた。
大きなお腹に圧迫された足は夜中になると必ずつって、朝までぐっすり眠ることは出来なくなっていった。
配偶者は献身的に私のつった足を毎夜もんでくれた。
私は生まれてくる子供と会えるのが楽しみで毎日心が弾み、調子の良い時は鍋を作って配偶者と楽しく食事をした。
配偶者は私が作るレモン鍋が好物で、食べながら大好きなお笑い番組を一緒に観た。
この頃はまだ、配偶者との暮らしをイライラしながらもぎりぎり楽しんでいた。

40歳を超えた高齢出産で初産である私は、母子ともどもリスクの可能性があるため、町中の産婦人科は基本的に扱ってくれない。
子宮筋腫を取った大学病院に通うことになった。
その大学病院で高齢出産だからと羊水検査を勧められた。
実費になるため費用は20万円もする。
定期健診の帰り道、配偶者に連絡した。
「俺がお金を出すからやっておこうよ」
配偶者はあっさり言った。

普通?一般?の家庭の金銭事情がどうなのか知らないが、私と配偶者は結婚当初からお財布が別だった。
結婚して早6年以上経過していたがほぼ一緒に暮らしてもいなかったし、
夫婦のお金についての話し合いを一切してこなかった。
その流れからなのか、定期健診で掛かるお金は有無を言わさず私が全額負担していた。
妊活時から結構な金額を支払っていたので、この検査費用も私が負担かと思うと迷うところだった。
20万円は配偶者が支払うことになったし、日帰りで検査も終わるし、と安易な気持ちで検査を申し込んだ。
検査当日、配偶者は会社を休んで付き添ってきた。
検査は、お腹の中の子供を避けるように臍のあたりから長い太い針をぶっさし、羊水を採取するものだった。
事故が起きる可能性があるなど大量の同意書にサインをした。
私はやったことがない事を実際に体験するのは面白いな、子供は産めても一人だろうからと検査にワクワクしていた。
この時点までは。

お腹の中の子供を避けながら子宮の中まで針を差し込むため、超音波か何かの機械で子宮内の子供の様子を見ながら検査は進む。
モニターは、お腹の中の私の子供の横顔を映していた。
お腹の中の子供の顔がもう大分整ってきて人間に近づいている事が分かった。
モニターに映る鼻筋の通った私の可愛い子供に生命の神秘を感じていると、大きく膨らんだお腹の皮膚に麻酔が塗られ、太い針は私に侵入した。
太い針がお腹の子供を避けるように刺さっていく時、子供はゆっくり回転して向きを変えモニターに顔を向けた。
私はお腹の子供に、
貴女は私に病気があると分かったらどうされるおつもりですか?
そう聞かれたような気がした。

ここまで書いて、書いていいものかどうか躊躇が、書く。
私は子供を中絶したことがある。
配偶者と付き合いたて早々に避妊を失敗し、子供が出来た。
付き合いたての配偶者は、子供を産んで欲しいから結婚しようと言った。
当時の私は結婚したいと思いながらも、配偶者と結婚する気はなかった。
まだふらふらしていたかったし、誰かに縛られるなんてまっぴらと思う気持ちの方が強かったからだった。
「2年付き合ってそのタイミングで結婚したい」
私はそう伝え、その時は結婚を回避した。
結婚したいのに、したくないと思う自分もいて、したくないが勝った。
配偶者は寂しそうな顔をしたような気がするが、どんなふうだったのかごっそり丸ごと記憶にない。
それからは中絶した人間がセックスという快楽に手を出していいのかどうかわからなくなり、セックスはしなくなった。

モニター越しに私を見てくる、私のお腹の中で育つ子供。
貴女は随分と自分勝手で自分の都合しか考えてませんよね?
貴女は私に病気が見つかっても、産んでくれるのでしょうか?
それとも?

無事に検査が終わった。
検査結果は後日定期健診時にお伝えするとのことだった。
検査で体に穴が開いているため2時間くらい安静にして再度体調の状態を確認してから帰ることになった。
私は車いすに乗って安静のための部屋に移動した。
産まなかった子供と産もうとしている子供。
ちょっとゆっくり考えるために一人になりたかった。
なんで配偶者に付き添ってもらったのだろうと自分の判断を少し呪った。
そうか、配偶者にお金を払うために来てもらったんだと思い至り、検査で疲れた私は眠った。


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