離婚することにしました。20

子供は2歳になっていた。
子供と二人でお出かけしても、仲のよさそうな家族連れを見ては涙ぐむ時期は徐々に過ぎていた。

私は配偶者と一緒の食卓につくことがどうしても出来なくなっていた。
仕事から帰ったら配偶者と子供のご飯を用意しては風呂に入り、とにかく一緒に居る時間を減らした。
子供と一緒にご飯が食べられない事、疲れているのに仲良くもない配偶者のご飯を用意しなければならないのか。
色んな事が我慢が出来ず、子供が怖がると分かっていても風呂場でウオー!と雄叫びをあげていた。
仲直りした方が良いのか?
仲直りしたくない自分もいて、こんな母親なら死んだ方が良いのか?ひょっとしたら、私が死んだらすべてが丸く収まるのか?
何度も追い込まれた。
追い込まれた時はたいてい誰かが助けてくれた。
友達のケイちゃんがとことん話を聞いてくれて寄り添ってくれたので何度も乗り越えることができた。
ケイちゃんは、
『貴女はため込むことが出来ないタイプだから、とにかく吐き出した方がいいよ。』
私の果てしない不毛な愚痴に付き合ってくれた。

仕事帰りに子供を保育園に迎えに行った。
その日は仕事が早く終わったので、子供を連れて子供のアトピーの薬を貰いに皮膚科に行こうと思っていた。
病院に向かう途中で子供の保険証やお薬手帳一式を家に忘れている事に気付いた。
家に立ち寄り、玄関で私だけが自転車を降りた。
子供をチャイルドシートに乗せたまま保険証を取りに家に入った5秒後、玄関外で大きな音と子供の張り裂ける泣き声がした。

前輪のロックが外れ、子供が自転車の下敷きになっていた。
口の端が切れ血がドバドバ出た。
あごもほっぺも血まみれだった。
慌てて救急車を呼んだ。
救急車は来たが、夕方でどこの小児科も受け付けてくれない。
救急車の中で子供はぐったりしていた。
私は汗が止まらなかった。
後で文句を言われないために、配偶者に私の不注意で子供がけがをして病院に救急車で行くことだけを伝えた。
事故なのか事件なのか確認のために警察が来た。
私は救急車の中で事情聴取を受けた。
事故の起きた現場を見たいと警官は言うのだが、舌が回らず「今は無理です」というのが精いっぱいだった。
私の動揺を心配した救急隊員は、
『お母さん、ヘルメット被ってたから脳は大丈夫、本当に良かったですね。』
何度も何度も言ってくれた。
私はその優しさを向けてもらうほどいい母親じゃないんです。
不注意で子供を怪我させたんです。
泣きそうで何も言えず黙っていた。
30分ほど経ったあと、ようやく受け入れてくれる病院が決まった。
子供の口の切れた所からの血は止まりかけていたが、とにかく病院に早く着いて欲しかった。
受け入れ先の病院は、すぐに子供の傷口を縫ってくれた。
余りにも心配し過ぎてぐったりした私と、けがをしてぐったりした子供はタクシーで自宅に帰った。
一週間後、電車やバスを乗り継いで病院に行った。
子供は無邪気にはしゃいでいた。
私は自分の愚かさと、子供の見せる元気そうな顔の安堵でその日もぐったりしていた。
私は仕事が沢山溜まっていたので、病院の最寄り駅でバトンタッチをして会社に向かいたいと配偶者に伝えていた。
病院で診察の順番待ちをしていると配偶者から電話があった。
『今、病院の最寄り駅に着いたのだけど、病院に向かった方がいいですか?』
配偶者は質問してきた。
私は配偶者と病院での時間を過ごしたくなかった。
「今診察待ちでいつ終わるかわかりません。一緒に居たくないので、その最寄り駅で待っていてもらえますか?」
思わず正直な言葉が出てしまった。
『分かりました。』
暗い声が聞こえ、電話がブチッと切れた。
やっちゃったな~と、自分の本心が出たことに笑ってしまった。
あーあ、これは面倒なことになるぞ。
うまいこと使っとけばいいのに、本心なんかいう必要はないのに。
自分の馬鹿さ加減に呆れた。

診察が終わり会計を済ませ、駅の到着時間を配偶者に電話で伝えた。
配偶者は怒っていた。
『本当に呆れたわ。本当に呆れたわ。子供が心配で病院に行こうとしたのに、貴女は自分の事しか考えていない。』

私は人が怒っていると、その怒気のオーラで参ってしまう。
怒りの空気に疲れてしまったが、呆れるって今さら何が?
そう思い、子供を託して会社に向かった。


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