クラファン成功も品質トラブル発覚!町工場はピンチでどうしたか
2022年秋、乗富鉄工所は2年の歳月をかけて開発した新商品「アップダウングリル」のクラウドファンディングに挑戦中だった。10万円を超える高額商品であったことで最初は苦戦したものの、これまでにない商品ということで目標を大きく超える支援金額が積みあがっていた。
アップダウングリルの引き出しはオーブンになっていて、内部は350℃以上の高温になり様々な料理ができるのが特徴だ。その日は、プロモーション用の動画撮影のために冷凍のラザニアを焼いていた。
(あれ、引き出しが固い…?)
試運転はそれまでに10回以上やっていて問題なかったし、翌日にやったら問題なく開いた。ちょっと引き出し方がまずかったのだろう。そのときはそう思った。
だけどなにかが引っ掛かる。嫌な、予感がした。
受注後の品質トラブル。このままじゃ売れない
こんにちは。福岡県の水門メーカー後継ぎムスコ、乗富鉄工所の乘冨賢蔵です。発注が減りつつある水門事業の穴を埋める新規事業として職人技を生かしたプロダクトの開発・販売を始めたのが3年前。アップダウングリルはその中でも大本命のプロダクトでした。
引き出しに違和感を感じた数週間後、地元のイベントに貸し出してピザ作りワークショップをやってもらうことになりました。6時間以上ぶっ続けでピザを焼き続けるとのことでした。そしてイベント当日、ある時間帯から引き出しが固くなる現象がたびたび起こったのです。もう気のせいにすることはできない。開発チームは他の商品開発をストップし原因究明と解決に全力を注ぐことになりました。
そして分かった原因は、熱変形。アップダウングリルの引き出しは薄いステンレスの板で作られており、ここに350℃以上の熱が上部から放射されます。ここに食材を乗せると、食材が乗っている部分とそうでない部分の温度が不均一になり引き出し全体がたわんでしまい外装と干渉する、というのが引き出しが固くなる原因でした。だから食材なしの状態で試運転してもこの現象は現れず、食材を乗せ、かつ炭の火力や食材の温度などの条件が揃ってしまうときにだけこの現象が起こる。盲点でした。
開かないことはないし、このままいけないことはない。だけどここまで2年間かけて開発した商品を中途半端な状態で世に出すことはできない、開発チームのメンバーもそう考えていました。とはいえクラファンは順調で、4月にはお客様に納品しなければならない。納品まで残された時間は約半年。なんとかするしかない。
対策、対策、対策
そこから、開発チームは本当に頑張ってくれました。板1枚で構成されていた引き出しに様々な補強を入れて実験を繰り返しました。福岡県工業技術センターの熱力学の専門家の方のアドバイスも頂きながら有効な構造を模索しましたが、どれも解決には至りませんでした。紛糾する開発会議で、こんな意見が出ました。
「引き出しの底板に熱が不均一に入ることが原因なら、底板と食材の間に熱を吸収するピザストーンのようなものを置いて、引き出しの温度を均一に保つようにできないのか?」
発想の転換。面白いアイデアだと思いましたが、市販のピザストーンはサイズが合わずオーダーメイドで少量作ってくれるようなところも見つかりません。ピザストーンと似た素材で、代わりになるようなもの…
その瞬間、人工大理石加工国内トップシェアの大日化成工業アトツギの平澤さんから「工場で出るセラミックプレートの端材をなにかに使えないか」と相談されていたことを思い出しました。確かサンプルももらっていたはず。あれが使えるかもしれない、そう思うと居ても経ってもいられず夜会社に一人で残って実験をしました。そのときの動画がこれ。
めちゃくちゃスムーズに開閉します。しかもセラミックは高温になると遠赤外線を照射するため、ラザニアが以前よりさらに美味しく焼けるようになっていました。
その日は興奮してすぐに連絡し、後日引き出しに合わせたセラミックプレートを製作してもらい検証実験をしました。引き出しはスムーズに開閉しました。これでいける!と思った矢先、さらなるトラブルが襲います。使用後にセラミックを取り出そうと濡れた布で触れた瞬間、温度変化に耐え切れずセラミックが割れたのです。完成まであと一歩。その一歩が、果てしなく遠い。
とはいえこれは大きな収穫でした。セラミックは効果があるが普通のセラミックでは割れてしまう。それなら、高温でも割れないセラミックがあればいい。
そんな都合のいいものが存在するのか。でも、私達には心当たりがありました。
異業種コラボでピンチを乗り切れ!
2022年9月、自社商品を作る九州の町工場仲間と「New Match Factory」という団体を組んで博多マルイのポップアップイベントに参加したとき、隣のブースで展示販売をされていたのが長崎県波佐見町の窯元「藍染窯」が手掛けるクッキングギアブランドhimeさんでした。波佐見町は400年以上の歴史をもつ日用食器の産地。himeさんはその伝統技術をベースに長崎窯業技術センターと熱に強く屋外でも使えるクッキングギアを開発されていました。直火でハードに使っても割れないのに手入れもしやすくかっこいい。プロダクトに一目ぼれしてイベント中に個人的に購入もしていました。
「himeさんにならアップダウングリルで使う陶器の板が作れるかもしれない」
そうして開発チームのスタッフが連絡したのが2022年の年末のこと。ありがたいことにすぐにご快諾頂き、工房見学もさせて頂き波佐見焼の歴史や独特の技術も教えて頂きました。それから約4カ月、数回の試作を経てついに目的の陶板が完成します。2023年4月末のことでした。
出来上がった陶版は4枚組み合わせるとアップダウングリルの引き出しにぴったり収まるサイズ。当初の狙い通り引き出しの熱変形を押さえつつ、遠赤外線で中はふっくら、外はパリパリのピザが焼けるようになりました。
そうして、予定より約1カ月遅れでアップダウングリルはすべての購入者の方のもとに届けることができました。もう駄目かもしれない…何度もそう思う瞬間があったのでお届けできたときは本当にホッとしました。
転んでもタダでは起きない商品開発
そして実は、himeさんで陶板をつくると決まったときに「どうせなら直火でも使える陶器のプレート(=陶板)にして単体でも販売できるようにしよう」とちゃっかり構想していました。アウトドアではワイルドな「鉄板料理」が定番ですが、遠赤外線でじっくり焼く「陶板料理」では中まで火が通りくい野菜や鶏肉なども美味しく焼くことができるので料理の幅が広がります。
蓄熱性が高く料理を温かいままで食べられるのもポイント。おうちのガスコンロでも使えるのでフレンチトーストや瓦蕎麦なども作れちゃいます。鉄板より軽く洗剤が使えるので、普段はコースターや鍋敷きとしても。
ロースト+陶板ということで商品名は「ローストウバン」。アップダウングリルの引き出しトラブルがなければ生まれなかったであろうプロダクトです。
ピンチはチャンスか
開発に2年の歳月をかけたプロダクトが発売直前に品質トラブルが発覚し、まさにピンチ。「ピンチはチャンスだ」なんて言うけれど、問題発覚当時はそんなことを考える余裕がありませんでした。
青くなって開発チームにはかなり負担をかけたし、社外のいろんな方に相談しまくって解決策を模索した日々は思い出しても胃が痛くなるような気がします。なんとかしないといけないというプレッシャーの中我武者羅に突っ走った結果、偶然の要素も重なりなんとか問題が解決し、新商品までできちゃった、というのが正直なところです。
ただ、それでも結果を見るとやはりピンチはチャンスだったと言えるかもしれません。どこかの段階で諦めていたらローストウバンはできていなかったし、そもそもhimeさんと出会っていなければできていないし、himeさんと出会ったのは町工場の仲間達でイベントに出展したからでした。これまでの活動が繋いだご縁、そして「絶対にあきらめない」という粘り腰が幸運を呼んだんだと思います。
ピンチはピンチだ。だけどご縁と諦めない気持ちがチャンスに変えてくれることもある。今はそう感じています。そして6/1、アップダウングリルとローストウバンの一般販売を開始します。リンク先から予約できますのでぜひみてみてください。
アップダウングリルとローストウバンを発売することができたのはいろんな方のご協力があってのことです。himeさん、デザイナーの関光さんには特にお世話になりましたし、実験にご協力頂いた大日化成工業さん、福岡県工業技術センターの皆様、料理開発やイベントにご協力いただいた柳川市地域おこし協力隊の皆様ほか多くの方にもご協力頂きました。弊社の開発チームのメンバーも本当にがんばってくれました。そしてなによりこれまでご購入頂いたユーザー様、活動を応援してくれた方々がいなければ途中で諦めていたことでしょう。この場を借りて感謝させてください。
ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。
P.S. 6/1 には大阪の米袋メーカーとコラボした新商品も発売します。こちたもオモロイ開発経緯がありますのでよかったらみてみてください。
https://note.com/noridomi/n/n4657444e72ed