隣の老夫婦
昔、小さな文化住宅に住んでいた。
その日は朝から、気持ちよく晴れていて、布団を干すにはいい天気だった。
大学の授業が終わるのは17時ごろ。部活をやったとしても、18時ごろには帰れるだろう。
当時住んでいた部屋は一畳半くらいの庭がついていた。そこには前の人が置いていった、物干し竿がある。
いつも洗濯物はそこに干していた。ただ北向きで、あまり日当たりは良くない。他に干すところもなかったので、そこを使っていた。
布団はちゃんと日光に当てたかったので、物干し竿よりも少し背が高い、隣との敷地を隔てるブロック塀に干していた。
その日も同じように、ブロック塀に布団を干して、家を出た。
大学の授業と部活が終わった後のこと。私の昇段試験の日程が近かったので、先輩が引き続いて、練習をしようと言ってくれた。
私は有難く受けることにして、そのあと1時間くらい、先輩と練習を続けた。
そのころには、朝に布団を干したことなど、すっかり忘れていた。
大学から出ると、既に外は真っ暗。路面が濡れている。
そこで思い出した。布団を干していたこと。
急ごうにも、大学から駅に行くまでスクールバスで15分、そこから自宅最寄り駅まで更に15分、自宅まで歩いて10分。すぐにバスや電車が来るわけでもない。
いつも寝ている布団は、あきらめた。濡れている上に、きっと冷たくなっている。家には親が泊まるために、もう一組の布団があった。今日はそっちで寝るしかない。
どうして忘れたんだろとか、
布団を捨てなければならないかなとか、
色々考えながら家に着いた。
イヤな気分でサッシを開けると、干してあったはずの、布団がない!
塀の向こうに落ちたのかと思って、見てみるが、何もない。
-どこに消えた?!
「どういうこと?」と考えていると、玄関からノックの音。出てみると、隣に住んでいるおばあちゃんが立っている。それまで挨拶ぐらいしかしたことがなかったので、何かあったのかと思っていると、おばあちゃんが、
「雨、降ったやろ?あんたんとこの布団、とりこんどいたで。」
「へ!? どうやってですか?」
「ほなもん、おじいさんが塀に登ってな。」
驚いたものの、時間も遅かったので、そのまま布団を受け取りに行き、お礼を言って部屋に戻った。
帰ってから、よくよく考えると、ブロック塀は2m近くある。そこによじ登っているおじいちゃんの姿を想像すると、考えても恐ろしい。無事でよかった。
きっとどうにかしてくれようとしたんだろう。この家に住んでいる間は、在宅時に、布団を干そうと決めた。