ナンバーワンではなくオンリーワンを目指す
巷の資本主義市場経済では、多くのプレイヤーが「競争」を原動力にナンバーワンを目指す。競争に勝つために、大半の人たちが有効だと考える方法は、「均質化」して「効率」を高めること。森での原木生産では、単一樹種の一斉林を造って畑のように管理する。木材加工の分野では、作る製品を数種類に限定する。そうすれば「生産性」が高くなり、価格競争に勝ち、利益率も高くなる、と考える。
しかし実際は、そう単純に物事は進まない。
森を畑のように扱う方法では、1つの畑で同じ樹種の同じサイズのものしか生産しないので、市場の変化や細かな需要に対応できない。単調で下層植生も乏しい生態系のなかで皆伐収穫したあとは、植林するしかないが、弱い稚樹は、守ってくれる大人の樹木がない環境で、日照りや風雨、雪にさらされ、雑草とも競争しなければならず、鹿などに食べられる、というリスクもある。また畑と同様に、連作障害が生じる場合もある。急斜面では植林も大変だが、そのあと数年、下草狩りを続け、獣害保護もしなければならない。均質な環境で一斉に揃って育つから、除伐という作業も必要になる。均質化して、効率を高め、生産性を上げようと行った木材培養畑は、逆に多大な手間とコストを生み出している。そのデメリットを補うために、高性能林業機械、低コスト作業道、スマート林業といったキャッチフレーズで再び生産性を高めようとするが、何十年続けても問題解決にはなっていなし、解決の糸口も見えていない。
木材加工も、作る製品の種類が少なければ、歩留まりは悪くなり、端材がたくさん出て、それが経済性を低くする要因にもなる。問題を解決するために、高性能な機械を入れたり、IT化を試みる。でも木材市場は国際市場で動いているから、量産品では条件のいい地域や資本力がある企業には勝てない。
川上での原木生産でも、川下での木材加工でも、有効だと思って行った均質化と単純化は多くの場合、事業の経済性を悪化させている。対症療法のために機械やITを入れる。借金が増え、リストラもして、労働環境は疲弊する。自立性も自律性も失われていく。競争が激しい量産品では利益率は低くなる一方で、少なくなった収益を補うために規模を拡大しようとする(搾取的な開発になることもある)。競争に勝つために、競争相手をバイオレントな言葉で批判して自分をよく見せようとしたり、顧客を騙したりもする。そのような「残忍な市場経済の戦場」のなかでは、拡大する資金力がない企業、搾取したり、貶したり、騙したり、といったことがやれない誠実な企業は、合併、売却、もしくは廃業という道を歩むことになる。
先に進むほどどんどん暗くなる袋小路、負の悪循環。このような状況は、林業や木材産業だけでなく、いろんな産業分野に見られる。気持ちが暗くなってしまう状況であるが、幸運なことに、同じ市場経済のなかでも、そうならない道がある。残忍な市場経済の戦場に隣接していながらも、尊厳と信頼をベースに、希望が持てる、人を地域を幸せにする別の道を歩んでいる企業がいる。
今週は、日本からのお客さんと一緒に、森づくりからモノづくりまで、別の道を歩むドイツ・シュヴァルツヴァルトの小さな業者の事例をいろいろ見て回った。
お客さんは宮崎県で製材業を営まれている岸本夫婦。量産品を扱う市場で嫌がられている大径木を「百年木材」という商標で、家具や木工、楽器の職人と協働して、付加価値の高い製品に加工して、販売されている。
https://100wood.growthring.co.jp
2019年に私が宮崎で「ドイツの多機能森林業と多様な木材クラスター」の講演をしたときに、話を聴きに来てくれた。岸本さんは、自分が目指しているものと共通する部分があると感じられ、実際に現地に赴いて、それを体感したい、という強い思いを持たれた。コロナ明け、4年越しで訪独が実現。
スケジュールは慌ただしかったが、訪問先に落ち着きと包容力があったので、静かに流れれるように過ぎた濃厚な3日間だった。
自然のプロセスを活かした近自然的な森林業、多様でフレキシブルに、高い歩留で事業を行う中小規模の製材工場、自然のマテリアルを上手く組み合わせてシンプルで落ち着く空間をデザインする建築設計事務所、自然のマテリアルにこだわる内装業者、古建築のなかの家具ショールーム、ワインも建物も「控えめで味わいがある」を哲学とするワイナリー、木というマテリアルを熟知して、精巧に丁寧にモノづくりをするオルガン工房とギター製作工房、そしてチェーソー芸術家の森のショールームを訪問した。
視察の合間の車のなかやレストランでも、岸本夫妻といろいろ深い対話をすることができた。お互いに確認し合えた大切なことは次のフレーズだ:
「みんなと同じものを作って競争してナンバーワンを目指してはダメ。特に中小企業は、オンリーワンのモノやサービスを提供するべきだ」
今回訪問した多様な事業体は、「競争」ではなく「協力」の環境のなかで、多様なオンリーワンを提供している。地域が与えてくれる資源の範囲内で、自然の力と多様性を理解して活用することで、効率化と省力化を達成し、長期的な視点で、家族や従業員、地域を大切にし、少量、高品質、無駄のないカスケード利用を頑固に実践する。
優先的に投資をするのは人とインフラ。この2つの質が良ければ、ローテク、アナログでもできる。高性能機械やスマート化は必ずしも必要ではない。もちろん資金に余裕があれば、それらでさらなる効率化も図ることもできるが、必要十分に抑える。
オンリーワンのいいモノをつくる企業には自然とお客さんが集まってきて、ときには事業拡大して売り上げを倍増させるチャンスも訪れるが、それを頑なに拒む。量産してしまったら、会社の自立、自律、商品の品質が失われるから。
建設業界もワイン業界もここ数年、コロナ危機やウクライナ戦争などの影響で、数十%幅の激しい景気の変動に見舞われている。「建設業界は昨年まで数年間、発注があり過ぎて人手が足りなくて困っていたのに、今年は急に仕事がなくなった」とか、「ドイツ・ワイン業界の今年の売り上げは、昨年から25%減少」など。そんな激しい変動で大きなダメージを受けているのは、量産品を提供しているナンバーワン戦略の事業体だ。付加価値の高い多様なオンリーワンをつくって売っている事業体は、市場の激しい変化にも、高いレジリエンス(弾性・耐久力)を示している。
成長を拒むこのような頑固な企業が、地域経済を安定させている。そして何より、自然の包容力の範囲内で、家族や従業員、顧客、地域住民を幸せにする。
コロナ禍のなか、自分で書いた
『多様性〜人と森のサスティナブルな関係』(2021年)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B091F75KD3
翻訳した『公共善エコノミー』クリスティアン・フェルバー著(2022年)
https://item.rakuten.co.jp/mippy/komyakusha_koukyouzenekonomi/
には、多彩なオンリーワンのコンセプトが多角的に描かれています。単調なナンバーワンのやり方を多様なオンリーワンの生産へ変換していくためのヒントや具体的事例も書かれています。
よかったら手に取って読んでみてください。