優勝候補・ニッポンの社長に死角はあるか。下馬評の高さが足枷になりやすい、お笑い賞レースの醍醐味
前回のキングオブコント2021決勝。優勝を飾ったのは、ファーストステージで歴代最高得点を叩き出した、吉本興業所属の空気階段だった。
昨年王者・空気階段の決勝戦出場は、前回が3年連続の3回目。それは言い換えると、彼らが以前からある程度活躍が目立っていたコンビだったことを意味している。いわゆる無名のダークホースが優勝したというわけでは全くない。決勝戦初出場の2019年が9位で、翌年2020年が3位。そして3度目の昨年が優勝と、まさにステップアップという感じで頂点を掴んだ理想的な優勝と言えた。
とはいえ、そんな空気階段の優勝が少々意外なものに見えた人も、実はそれなりにいたのではないかと僕は思う。何を隠そう、筆者がそうだったからだ。というのも、大会前に「優勝候補は空気階段だ」という声がそれほど多く聞こえてきていたわけではなかったからだ。彼らが実力十分なコンビであることは知っていたが、その下馬評がそれほど高いという感じでは決してなかった。少なくとも前評判ではニューヨークのほうが高かったと筆者は記憶する。さらにいえば、大会前に最も話題にあがっていたグループは、現役のM-1グランプリ王者として大会に参加していたマヂカルラブリーだったことは記憶に鮮明な確かな事実になる。M-1に加え、R-1ぐらんぷりのタイトルも併せ持つ野田クリスタルは、文字通り「お笑い賞レース3冠」が掛かっていたわけだ。「マヂカルラブリーの3冠なるか」。これが前回の決勝戦最大の見どころになっていたことは記憶に新しい。
また、前回大会ではもうひとつ、ファイナリストとは別に注目されていたことがある。それは審査員が昨年から大幅に刷新されたことだ。ダウンタウン松本人志さん以外の4人が6年ぶりに入れ替わり、新しく審査員として加わること。そして、その顔ぶれが決勝戦当日までシークレットだったことも(当日放送された特別番組「お笑いの日」の中で発表された)、話題を大きく集めていた出来事だったと言える。「いったい誰が審査員なのか」。こうした予想が、決勝の直前までかなりの盛り上がりを見せていたことはこちらの記憶にも鮮明だ。
「マヂカルラブリーの3冠なるか」。「新しい審査員はいったい誰か」。繰り返すが、この2つが昨年の決勝を前にした時点での、大きな注目ポイントだったことは明らかな事実になる。誰が優勝するかよりも、新しい審査員の顔ぶれや話題のマヂカルラブリーの動向に視聴者の目は奪われた格好だったと言える。
優勝候補はマヂカルラブリー。対抗はニューヨーク。昨年の今ごろ、少なくとも世間一般のムードは概ねこんな感じだったと記憶する。そんな前評判の高かった2組が揃って下位に沈んだ(マヂカルラブリー9位、ニューヨーク10位)ことは、多くの視聴者にとってはそれこそ予想外の出来事に相当したはずだ。まさに下馬評の高さが仇になった格好だったが、逆にその恩恵を少なからず受けたと言えるのが、いわゆる上位に食い込んだグループになる。前回が決勝戦初出場だった男性ブランコとザ・マミィ、そして優勝した空気階段。ファーストステージでの彼らのネタは明らかにノッていた。気楽に伸び伸びとやれていたというのが、いま振り返って思う率直な印象になる。
繰り返すが、前回優勝の空気階段の決勝戦出場は、3年連続の3回目。昨年の決勝戦で優勝候補に挙げられるべきは、本来ならば彼らだったはずだ。ところが「マヂカルラブリー」と「新審査員」が話題になったおかけで、有力候補の空気階段はその影に隠れることになった。追われる立場ではなく、追う立場に回ることに成功したという感じだった。これは前回の空気階段の優勝を語る際には外せない、重要な要素のひとつだったと僕は見る。もしも決勝前から優勝候補に祭り上げられていれば、はたしてどうなっていただろうか。少なくとも優勝の確率はもう少し低くなっていたと僕は思う。ある程度堅苦しいムードが彼らには漂っていたはずだ。
優勝候補に挙げられれば、少なくともその情報はある程度本人たちの耳にも入る。そしてそれはプレッシャーとなり、当人たちになんらかの影響が出る。その空気感は当然、見ている側にも波及する。本来なら面白い部分が、面白く感じなかったりする。言葉では説明しづらい変に硬いムードが、ネタに大きなブレーキをかけることになる。ネタのリズムやテンポが狂うというやつだ。昨年のM-1で準優勝に終わったオズワルドがまさにそんな感じだった。
確実に言えることは、優勝候補はやりにくい、硬くなりやすいということだ。キングオブコントにもそれは当然当てはまる。昨年のニューヨークやマヂカルラブリー、もう少し遡れば、2015年のロッチや2018年のチョコレートプラネットらも、そうした呪縛にハマっていたように思う。やりにくい戦いを強いられたというか、「絶対に負けられない戦い」の罠に陥ったという感じに見えた。
できれば優勝候補が自滅する姿は見たくない。これがこちらの本音になるが、では、今回のキングオブコント2022の優勝候補はいったいどのグループなのか。本題はここだ。今回はスター不在の大会だとはこれまで何度か述べているが、それでもファイナリスト10組の前評判が全く同じなんてことはあり得ない。下馬評にはそれなりの差が確実に存在する。そうしたなかで優位と見られているのはどのグループなのか。
さまざまなネットニュースを眺めつつも、筆者個人の見解を踏まえて今回の優勝候補を挙げるとすれば、それはズバリ「ニッポンの社長」となる。筆者の好みを最大限抑えたとしても、優勝候補の筆頭はこのコンビをおいて他にいない。
ファイナリストの中では唯一の3回目の決勝戦進出。それも3年連続だ。過去2回の決勝での成績は5位(2020年)と4位(2021年)。3度目の今回はまさに「目標は優勝以外ない」という感じだろう。加えて、準決勝でのネタは2本とも上々。特にその2日目に見せたネタは、今回準決勝で見た他のどのグループのネタよりも勝っていた。
ニッポンの社長が優勝できるかどうか。今大会最大の見どころはここになる。彼らがはたして何番目に登場するのか。そしてそれがどの程度の出来栄えなのか。ニッポンの社長が今大会のカギを握っている。彼らの出順とその出来が今大会の行方を左右すると筆者は考える。
これまでの実績、そして準決勝の戦いぶりを見る限りでは、ニッポンの社長が優勝する確率が最も高い。筆者を含む、多くのお笑い好きもおそらく似たような思いのはずだ。しかし繰り返すが、優勝候補には必然的にプレッシャーが掛かる。追われる立場になりやすい。ニッポンの社長にも少なからずそれはある。本人たちがどう感じているかはわからないが、少なくとも視聴者の多くは彼らに大きな期待を寄せていると見てまず間違いないだろう。それらを全て吹き飛ばすようなネタを披露できれば優勝の可能性は高いが、硬さが少しでも表面化すれば危なくなる。空気感が重要なネタをするだけに、重苦しいムードだけはなんとしても避けなければならない。
ニッポンの社長が優勝できるかどうかというより、優勝候補というプレッシャーやムードがどのように影響するのか。筆者が今回、最も確かめたいのはむしろこちらの方。これこそがお笑い賞レースの醍醐味の一つだとの確信が僕にはあるのだ。
その他で前評判の高いグループは、最高の人間、かが屋、ネルソンズ、ロングコートダディらになるが、過去にファイナリストの経験がある彼らの下馬評が高いのはある意味当然だと言える。この中でも特に異彩を放っているのが、最高の人間だろう。岡野陽一と吉住。この曲者2人による人力舎の先輩後輩ユニットがいったいどんな結果を残すのか。仮にこの即席ユニットがいきなり優勝を攫えば、大会の権威が失われやしないかと少しばかり心配になる。だが、準決勝でのネタはそれなりに面白かった。優勝予想ではニッポンの社長に次ぐ2番人気につけているところも多く、このユニットの行方も大いに気になるところだ。
かが屋、ネルソンズ、ロングコートダディの3組の下馬評も当然ながらそれなりに高い。優勝候補とダークホース。そのどちらに近いかといえば、間違いなく前者だ。数年前から優勝候補に名前が挙げられることもあった。そんな彼らの中から優勝者が現れても特段驚くことはないが、一方で、その下馬評はニッポンの社長に比べればそれほど高くはない。先頭のやや後方から優勝を狙える、悪くない位置につけていると言えるだろう。
ここまでで述べた5組が、おそらく名前的にも前評判の高い、いわゆる上位グループになる。この5組で上位を占めればいわゆる順当な大会だったと呼べるだろう。逆に言えば、ここまでで名前の挙がらなかったグループが、今回のダークホースになる。その中で個人的に頑張ってほしいというか、イチオシは吉本興業所属のコットンだ。
ダークホースの中では落ち着いて見ていられるというか、ネタが良い意味で最も新鮮に感じられた。わかりやすさに加え、フレッシュさも併せ持つ貴重な特徴を彼らは備えている。全国的な知名度がまだ決して高くないところも、おそらく有利に働くのではないかとは筆者の見立てだ。かが屋、ネルソンズ、ロングコートダディほど前評判が高いわけではない。そのため失うものはないとばかり、思い切ってぶつかっていくことができる。面白さは同じくらいでも、ノリよくネタを披露することができる可能性が高い。知名度の高い上位グループに割って入る力は十分にあると僕は見る。
ファイナリストが決定した直後のこの欄でも述べたかもしれないが、今大会のレベルはおそらく前回と同じか、あるいはそれ以上に高いとは、今大会の準決勝を見た筆者の率直な感想だ。決勝戦の戦いがどのような展開になるか。こればかりは読めないが、少なくともガッカリするような凡戦にはならないと、決勝戦を明日に控えたいまこの時点で言い切っておきたい。それだけこちらの期待は大きいわけだが、そのためには前評判の低いグループの頑張りがやはり欠かせない。3,4組良かったくらいではダメだ。「全組面白かった」。理想はこれになるが、これが実現不可能なことかといえば、実際はそうでもない。「M-1グランプリ2019決勝」がそうであったように、出場した全員が良く見えた大会もある。
繰り返すが、優勝候補はニッポンの社長だとは個人の見解になる。しかしこう言ってはなんだが、逆に彼らが優勝を逃すくらいのほうが大会は面白くなることもまた然りなのだ。ニッポンの社長が準優勝で、他に彼らを上回るグループが現れたほうが、大会は間違いなく盛り上がる。それがダークホースと呼ばれるグループから出てくれば、大会のエンタメ性はさらに上昇する。もちろん誰かがズッコケるような展開ではなく、お互いがハイレベルで競い合う展開で、だ。
ニッポンの社長ははたして無事(?)優勝できるのか。そして、前評判の高さはそれぞれのグループにどのような影響を及ぼすのか。決勝戦に目を凝らしたい。