「前回大会」を大幅に更新した名勝負。歴代ナンバー1級の出来栄えだった、キングオブコント2022決勝戦
決勝戦が始まる直前、コンビの相方でもあり大会MCでもある浜田雅功さんから「今年はいかがですか」とコメントを求められた審査員長の松本人志さんは、いかにも思慮深そうな様子で、いつもように慎重に言葉を選ぶ感じでこう答えた。
「去年の盛り上がりが素晴らしかったもんですから、なかなかそれを超えることは難しいかもわからないですが、ほんとに盛り上がる大会になって欲しい」
今回で15回目を迎えたキングオブコント。その全ての大会(決勝戦)にMCおよび審査員として関わっている人物が発したこの言葉。少なくとも筆者には、他の誰が発するよりも重みのあるものに聞こえた。
「去年の盛り上がりが素晴らしかった」とはすなわち、「過去最高の大会だった」と言い換えても何ら差し支えない。もちろん人によって意見は違うだろうし、お笑いにはいろんな見方があるので、こうだったと断定するつもりはないが、上記の松本さんと似たような感情を抱いていたお笑いファンは少なからずいたと思う。
昨年の大会を超えられるかどうか。本番前、これこそが今回の決勝戦における最大のテーマだったと言える。誰が優勝するかよりも、重要なのはこちらの方。第3者であるこちらが見たいのは、好勝負そのものだ。娯楽性あふれる高次元の戦いである。だが不思議なくらい、そうした話は少なともこちらの耳には入ってこない。聞こえてくるのは誰々が優勝しそうとか、あのコンビのネタが仕上がっているとか、そうした部分的な話ばかりだ。大会全体のレベルやその出来栄えについて語る人は決してそれほど多くない。そうした中で上記の松本さんの台詞を耳にすると思わず安堵するというか、こちらは救われたような気持ちになる。大会の中身そのものについて真っ先に触れた松本さんは、まさに審査員長かくあるべしと、その好感度がさらに上昇した瞬間だった(同時に松本さんがいなくなった後のお笑い界が少し心配にもなったが)。
繰り返すが、今大会における最大の見どころは、昨年を超えられるかどうか、だ。昨年が「最高記録」だっただけに、今年は少し難しいのではないか。期待が6割、不安が4割。上記の台詞の際の雰囲気から察すれば松本さんはこんな感じに見えたが、少なくとも筆者は松本さんよりも楽観的だった。今大会の出来栄えに対しては、心配よりも期待の方が大きく勝っていた。
「今大会はおそらく相当面白くなる」。僕がそう思ったのは、この欄でも幾度か述べたように、今回の準決勝の戦いぶりを見たからに他ならない。松本さんを含む審査員とファンとの違いと言ってもいいだろう。「事前情報とか一切見ずに、ここでぶっつけ本番で見て点をつけたい」とは、山内健司(かまいたち)が大会の冒頭で述べた台詞になる。さらには小峠英二(バイきんぐ)も「ネタを見ていないコンビもたくさんいる」と述べていたように、審査員たちは予選(準決勝を含む)の戦いには目を通していない。もっと言えば、意図的にネタの内容や前評判などを取り入れないようにしている。そうした情報がなければ、ある程度不安な気持ちを抱くのは致し方ない話だ。
昨年が良すぎただけなのか。かつてのような低調な大会に逆戻りしてしまうのか。準決勝がいくら良かったとはいえ、決勝もうまくいくとは限らない。こちらにもわずかながら不安が過ぎった。しかし、それはトップバッターのネタを見た瞬間、払拭された。
大会への心配はすべて覆された。決勝戦初出場。「ホイリスト」というネタを披露したケイダッシュステージ所属のコンビ・クロコップの話だ。ネタの開始1分の出来を見てピンと来た。これは昨年を超える、と思った。嘘ではない。これぞ理想的なネタだ、と。最高に馬鹿馬鹿しいネタ、大会の空気を一瞬でガラリと変えた文句なしの滑り出しだ、と。
これまで見た何組ものお笑い賞レースの1番手のなかでナンバーワンだと即断したくなる、滅茶苦茶面白いネタ。もう少し言えば、こちらの好みに100%マッチしたネタ。最終的な結果は8位(460点)に終わったクロコップだが、筆者は彼らこそ、この決勝戦を名勝負に導いた立役者だったと考える。よくぞいきなりあそこまで盛り上げたと、いまは彼らに拍手を送りたい気持ちでいっぱいだ。昨年1番手で登場した蛙亭(461点・6位)を遥かに上回る好印象を見るもの与えたとは、率直な印象になる。
クロコップは前評判が高かったグループでは全くない。言ってみれば、ほぼ無名に近いダークホースだ。そんなコンビがトップバッターで登場し、しかも考えられる限りにおいて最高に大会を盛り上げた今回の決勝戦。この時点で名勝負になる予感は高まっていた。
クロコップの『遊☆戯☆王』をオマージュしたネタにも痺れたが、彼らと同じくらい無名のダークホース的な存在だったSMA所属のトリオ・や団のネタにも、筆者は同じくらい驚いたとうか、感激させられた。1番手のクロコップの後、ネルソンズ、かが屋、いぬ、ロングコートダディと続いた前半戦は、いずれのグループの出来も決して悪くなかった。特にネルソンズ、かが屋などは、従来の大会レベルであればおそらく2本目のネタを披露することができたと思う。あるいは順番が少し早かったことも影響したかもしれないが、それらを差し引いでも、や団の方がパワフルさという点において、前半組を確実に上回っていた。
クロコップに対して「無駄がほぼなかった」と賛辞を述べたのは松本さんだが、や団にも思わずこの言い回しは使いたくなる。それくらい彼らのネタは非の打ち所のない、完璧なものに僕は見えた。東京03を想起したと言えば、褒めすぎだろうか。審査員の飯塚悟志がリーダーを務める2009年大会の王者トリオ。そんな東京03的な匂いを今回のや団に感じたことは確かだ。優勝した当時の東京03と比べでも、ネタの出来では決して負けていなかったように思う。少なくとも2018年大会王者のハナコは上回っていた。この出来栄えで優勝を逃したのは、ある意味では不運と言ってもいいかもしれない。や団が3位にとどまる光景に、大会の大幅なレベルアップを感じた。
6番目に登場したや団、続く7番目に登場したコットン、そして8番目に登場したビスケットブラザーズ。後半に続けて登場したこの3組が、結果的にファイナルステージに進出した今回の決勝戦。や団とコットンは内容的にも数字的にもほぼ互角。初出場のコットンがそれなりにハマりそうなことは、準決勝の戦いを見ればある程度想像することはできた。世間的にはほぼノーマークだったが、こちらの評価は決して低くなかった。マックス優勝もありうるとは、決勝前の筆者の印象になる。また話を少し戻せば、や団が1本目に披露した「バーベキュー」のネタも、準決勝を見たこちらにはとりわけ眩しく見えていた。このネタを1本目に出せば3位には入れるかもしれないとは、少し前のこの欄でも述べた通りだ。2本目のネタは準決勝ではあまり良く見えなかったが、決勝では一転、1本目より高評価を受けた。インターバルの短い決勝では、1本目で作った流れがまさに2本目に良い影響を与えたという感じだった。もし1本目と2本目の披露順が逆であれば、点数はもう少し低かったかもしれない。
や団とコットン。決して売れているとは言いにくいこの2組が今回トップ3に入ったことは、少なくとも筆者にとっては意外な出来事ではなかった。その光景を事前になんとなくイメージすることはできていた。しかし、ビスケットブラザーズが優勝すること、しかも歴代最高得点を記録することになろうとは、彼らに申し訳ないが、正直つゆも思わなかった。
481点(1本目)と482点(2本目)。ファーストステージの得点こそ昨年王者の空気階段(486点)に5点及ばないが、その合計963点は、同じく昨年の空気階段(960点)を3点上回る文字通りの最高得点になる。しかし繰り返すが、これほどの点数はもちろん、筆者は彼らがトップ3に入ることさえ予想していなかった。ここだけの話、こちらの評価はズバリ下位候補。優勝争いにはまず絡まないだろうと踏んでいたわけだ。
見る目がなかった。そう言われればそれまでだが、だからといって、こちらは意見を変える気は全くない。決勝戦を経たいまもなお、だ。
これはビスケットブラザーズがつまらなかったと言っているわけでは全くない。他の人はわからないが、少なくともこちらにはその得点ほどハマったわけではなかった。誤解を恐れず言わせて貰えば、個人的にはビスケットブラザーズ以上によく見えたグループが他にもいた。ただそれだけの話だ。
こういう話をすると、優勝者にケチを付けるとは何事かとか、身贔屓がすぎるなどという方向に話は向かいがちだが、そういう人たちには、お笑いとは本来そうした要素を含む娯楽であると、こちらは思わず切り返したくなる。人によって感想はそれぞれ。100人いれば100通りの意見がある。様々な感覚に基づく多様な意見が飛び交っているわけだ。
まず述べるべきは、自分はどう思ったか、だ。最も頼りにすべきは自分の目。優勝はあくまでも審査員、早い話が他人の目で選ばれたものだ。その点数は、あくまでも審査員個人の感想に他ならない。それが自分と同じ場合もあるが、大なり小なり異なる場合の方が圧倒的に多い。それが現実だ。
人間それぞれ趣味や好みは違う。にも関わらず、「面白さ」という感覚的で曖昧なものに具体的な点数をつけ、その差をあえて競おうとしているわけだ。
今回のファイナリストは10組。自分が1番面白いと思ったグループと優勝者が一致する確率はわずかに10%だ。自分の好みが大会の結果と合わない場合の方が遥かに多い。その確率は90%。今回の筆者の感想も、そうした大多数の一部に過ぎないのだ。
では今回、個人的に最も面白かったのは誰かと言えば、僕的にはトップバッターで登場したクロコップになる。彼らがもし1番に登場していなければ、今大会はおそらくこれほど盛り上がることはなかったとは筆者の見解だ。他のどのグループがトップバッターだったとしても、たぶんうまくハマらなかったのではないか。(このネタを準決勝の有料配信では見ることができなかったため)決勝の全てのネタの中で唯一、こちらが初めて目にしたネタであったこともあるが、そうした事情を差し引いても、断トツに面白かった。大会のレベルを一気に押し上げた、こちらの心を最も掴んだ存在だと言える。
次点に挙げるのは、や団とコットン。数年前であれば間違いなく優勝できるレベルのネタだったとは、筆者の率直な感想になる。昨年同じ成績だった2組(ザ・マミィ、男性ブランコ)を内容で大きく上回る、完成度の高いネタ。この2組による上位争いのレベルは恐ろしく高かった。
その一方で、ファイナリスト発表直後から大きな話題となっていた最高の人間、そして今回ファイナリストの中では最多の3回目の決勝戦出場だったニッポンの社長は、それぞれ下位に終わった。惜しいという感じがほとんどしなかった、文字通りの完敗劇。最高の人間は6位、ニッポンの社長はまさかの最下位に沈んだことも、今回のサプライズに相当したと言えるだろう。
決勝前にこちらが目にした下馬評では、ニッポンの社長と最高の人間の2組を、それぞれ1番人気と2番人気に挙げるところが最も多かった(1番人気と2番人気は記事によって入れ替わりあり)。少なくとも3番人気以下とはそれなりに差があったとこちらは記憶する。出番順はそれぞれ9番目と10番目。優勝候補に挙げられていた両者にとっては、これ以上はない最高の順番だった。まさに舞台は完璧に整った状況、になるはずだった。
終盤に登場したこの2組がまさか惨敗に終わろうとは。さまざまな理由が考えられるが、まず挙げられるのは、やはりというか、優勝したビスケットブラザーズの存在だ。や団、コットンと高得点が相次ぐなかで、続く8組目のビスケットブラザーズによって点数は一気に爆発。この時点で後ろに残る2組にとっては、まさにハードルが急激に跳ね上がった苦しい状況に追い込まれてしまったと言えるだろう。
しかも今回はトップバッターからハイテンションが続いていたため、視聴者側にもそれなりに疲れが溜まっていたことも影響があったのではないか。何を隠そう、筆者がそうだった。「この辺りで少しひと休みしたいな」。そんな声が聞こえてきそうなくらい、僕には会場全体がどことなく疲弊して見えた気がするのだ。そこに「うるさ型」ではない、いわゆる「センス系」のグループが出てきたため、なんとなく構えて見られてしまった。そうした印象もなくはない。
また、準決勝を見た者として言わせてもらえば、彼らが2本目に温存したネタの方が、おそらくこの2組それぞれの勝負ネタだったと僕は思っている。こういう言い方をするのもなんだが、出来のよくない方のネタを先に出した結果、あまり振るわなかった。そんな印象だ。
だが、敗因の一番の理由は、そこではなかったと筆者は見る。ニッポンの社長と最高の人間。この2組とその他のグループとの違いは何かと言えば、プレッシャーの有無だ。優勝候補か、優勝候補じゃないか。顔と名前がそれなりに売れているかどうか。吉住と岡野陽一が組んだユニットと聞けば、いやが上にも期待は高まる。このユニットくらいのネタくらいは見ておこうと、番組にチャンネルを合わせた人だって少なくないはずだ。
唯一の3大会連続のファイナリストと聞けば、それ相当に面白いと考えるのが普通だ。そうした高い前評判や、すでに正体が判明している状況が、彼らの立場をより苦しいものにしていた。個人では過去に2度もファイナリストの経験があるにも関わらず、飯塚曰く「岡野の緊張感が伝わってきた」のも、その辺りのプレッシャーが少なからず影響していたのではないかと僕は思う。かつてのダークホース的な立ち位置であれば、おそらくリラックスした心境で挑めたのではないかと、堅さが見え隠れした岡野を見ながら想像した次第だ。
優勝候補が振るわなかった今大会。だがそれは、彼らが悪かったというより、下馬評の低かったグループが前評判を超えるネタを披露したことにある。そうした印象の方が強い。
ファーストステージの10組のネタ。そして、ファイナルステージを戦った3組のネタすべてに言えること「面白かった」と言うことだ。ハズレのネタは今回一つもない。お笑い賞レースでは珍しい話だ。一昔前、当たりのネタに遭遇する確率は、一大会に何本かだった。
ファーストステージは昨年もそれなりにレベルは高かったが、ファイナルステージの出来栄えにおいては、今回は前回を大幅に上回った。大会全体を通して、まさに目を見張るばかりの面白さだった。
ここまでハイレベルなお笑い賞レースを見た記憶はない。少々思い切って言えば、お笑い賞レース史上最高レベルだった可能性さえある。大会の演出や感激度合いで言えば「M-1グランプリ2019決勝」には及ばないかもしれないが、単純なネタのレベルという点においては、この「キングオブコント2022決勝」の方が優れていたのではないか。漫才とコント。ネタの枠組みが異なるため単純に比較することは難しいが、思わずそう言いたくなるほど、今大会は出色の出来栄えだった。
このキングオブコント2022決勝は、大会の魅力のマックス値を大幅に更新するような大会だった。いまはまさに、お笑い界最高峰のエンターテインメントに遭遇した気分だと言っても過言ではない。お笑い賞レースにおけるかつてない名勝負を見ながら、その魅力について再認識させられた次第である。