したたかで余力のある令和ロマン、そしてヤーレンズ。決勝での直接対決は実現するか?

 M-1グランプリ2024。20日から行われる準々決勝に駒を進めたのは132組。過去最多となった今回のエントリー総数が10330組なので、準々決勝まで勝ち残ったのはおよそ100組に1組、全体の約1%ということになる。少々乱暴に言えば、この辺りがプロとアマチュアの境界線、見込みがあるかどうかを見極めるボーダーだ。アマチュアの出場者がここまで残れば大したものだと注目を集めるが、プロの芸人であれば最低限とどまっておきたい位置でもある。決勝を本気で狙うグループの場合は特に。3回戦で落ちるようでは話題にしようがない。

 モグライダーの敗退はそうした意味でも驚きだった。言わずと知れた前回のファイナリスト、及び全国区の人気コンビ。3回戦くらいは楽に通過するものと思っていたが、公開されたネタは予想以上に粗かった。
 この出来ではさすがに落選もやむなし。有力候補のラストイヤーはあまりにあっさり終わったが、僕にはその敗退がさほど意外なものには見えなかった。驚きはしたが、モグライダーはそうしたこと(早期敗退)があり得そうなタイプ。最後に好きなようにやって派手に散ったというのが率直な印象だ。少なくとも本気で優勝を狙っていたようには見えなかった。安定を求めるならこれまでのスタイルを貫いた固いネタを披露していたはず。チャレンジ精神を全面に出したその負けっぷりにむしろ“らしさ”を感じた。M-1ではこれで見納めとなってしまったが、モグライダーの未来は決して暗くないはず。今後の活躍に注目したい。

 モグライダーは早くも消えてしまったが、大会的には決してそれほどの痛手にはならないだろう。今大会に限っては、やはりなんと言っても令和ロマンの存在を抜きには語れない。

 前年の優勝コンビが翌年もエントリーしたのは、おそらく2010年大会のパンクブーブー(2009年優勝)以来だと記憶する。大会が復活した2015年以降では当然ながら初の出来事になる。

 令和ロマンの2連覇なるか。前回王者の参加が判明した瞬間から、今大会の見どころはすでに決まっている。大会の軸としてこれほどわかりやすい存在は他にいない。さや香(前々回準優勝、前回3位)が不参加の今回はなおさらに、だ。

 近年のM-1王者たちがお笑い界に与えてきた影響は大きい。若手ブームの火付け役となった霜降り明星。最下位を経験してもなお独自のスタイルを貫いたマヂカルラブリー。そしてベテラン芸人の星となった錦鯉など、彼らの優勝はその後のお笑い界に少なからずの流行や流れを作っている。そしてもちろん、令和ロマンにもそれは当てはまる。トップバッターでの優勝も十分な偉業だが、語るべきはやはり優勝後のその立ち回り方だろう。

 テレビに出過ぎない。出演する番組を選びながら独自のペースで活動する。そうした姿勢、芸人としてのスタイルがこの一年、何より光って見えた。M-1で優勝しても決して浮かれていない。メリット、デメリットを見極めながらしたたかに活動するそのスタイルに、これまでの王者には見られなかった新鮮さがある。

 令和ロマンの特異性は先述の王者たちと比べるとよりわかりやすい。霜降り明星、マヂカルラブリー、錦鯉、ウエストランドなど、M-1で優勝した翌年の王者はテレビに引っ張りだこになってきた歴史がある。各局の有名番組にほぼ必ず出演する。そこから一気に馴染みのある存在になっていくわけだが、そんな直近の優勝コンビに比べると、ディフェンディングチャンピオン・令和ロマンの露出はかなり控えめに見える。目立ったのは「ラヴィット!」のレギュラーに加入したくらいだ。テレビCMにも出演しているが、相対的にはやはり大人しく見える。今年の「アメトーーク」にもまだ出ていないくらいだ。

 派手か地味かで言えば地味。まだ若手にも関わらず全くガツガツしていない。“優勝特典”を欲しがらない謙虚さ。そこにカリスマ性が宿る。俗に言う“本物”を感じるのだ。
 力量不足ではなく、ポテンシャルが十分備わっているところもまた輪をかける。早い話、あえて活躍を抑えているわけだ。そこに賢さ、したたかさがうかがえる。今回のM-1出場に対しても似たような印象を受ける。従来なら出場する必要は全くない。むしろ出ることによるデメリットのほうが多そうに見えるほどだが、それでもプレッシャーを承知の上であえて出場したわけだ。その勇敢さがファンを魅了する。これ以上格好良く見える王者はいないと、思わずいいたくなる。

 前年の優勝コンビの出場は、先述のパンクブーブーと、2009年大会のNON STYLE(2008年優勝)の2組のみ。優勝したにも関わらずオードリー(2008年準優勝)にブレイク度で劣ったNON STYLEの出場はわかる。当時のNON STYLEにそこまで特別感を抱くことはなかったが、今回の令和ロマンの場合は別だ。15年前と現在とではM-1の注目度やレベルは大きく異なる。現在のほうが当然ながら出場へのハードルは高く見える。立て続けに好成績を収めることも難しく見えるが、従来の王者に比べると、少なくとも令和ロマンに対する感触は決して悪くない。

 令和ロマンへの期待値が高まる理由。それをひと言で言い表すならば、“余力”になる。落ち着いた活動を貫く現在のスタイルにも通じるものだが、優勝を飾った前回の決勝戦でもその余力は見てとれた。最後はヤーレンズとの1票差だったが、内容的には令和ロマンの完勝と言ってもよかった。また個人的に光って見えたのは、準決勝で披露したネタを決勝の舞台では使わなかったところになる。世間バレの少ないネタで勝負をかけたその勇気が最後に爆発を生み出した。最終決戦で前年の敗者復活戦で披露したネタを使ったヤーレンズとの差はそこにあった、とは筆者の見立てになる。

 また直近の優勝コンビと比較しても、その余裕、余力の差は顕著になる。こう言ってはなんだが、マヂカルラブリーや錦鯉が優勝したシーンから連覇の可能性を感じることはなかった。全ての力を出し切った、それはまさにギリギリの優勝だった。史上最高得点を叩き出したミルクボーイも、連覇が狙えそうな優勝だったかと言えば意外とそうでもない。手の内がバレていなかったが故に勝てたところが少なからずだがある。新鮮さを武器にできない2回目以降では優勝は難しかったはずだ。ウエストランドならもう一回行けそうな気もしたが、せいぜいそのくらい。連覇を狙えそうだった歴代王者は決して多くない。これが率直な印象になる。

 M-1は連覇したコンビはもちろん、2度優勝したコンビもいまのところまだいない。仮にもしそれを達成するコンビが現れるとすれば、お笑い界にその名が永遠に刻み込まれるであろう、まさに大偉業だ。今回久しぶりにその偉業に挑戦するコンビが現れたことは、お笑い界にとって良いニュースであることは間違いない。結果はどうあれ、大会が盛り上がること請け合いだ。優勝が決まった直後に「来年も出ます!」と舞台上で宣言したのは髙比良くるまだが、そうした意味でも令和ロマンの2人には拍手を送りたくなる。こうして実際に出るのは決して簡単ではなかっただろう。仮に優勝できなくても、その特別感、カリスマ性だけは十分際立っている。大袈裟に言えば、出場しただけでもある種の成功を果たしている。そうした言い方さえできる。

 準々決勝に出場するグループを全て詳しく知っているわけではないが、少なくとも現時点では令和ロマンが最も優勝に近いコンビに見えることは確かだ。前回初出場の決勝で優勝を成し遂げたが、その魅力の全てを出し切ったというわけではない。「7割くらいの力で勝てちゃった」という感じにも見えた。底はまだ見えていない。令和ロマンにはまだまだ余力や余裕が十分残されていると見る。

 では、そのライバル候補たちはどうか。最大のライバルになりそうなのは優勝を争ったヤーレンズになるが、こちらも令和ロマン同様に感触は悪くない。M-1後の立ち回り方は2組ともよく似ている。ヤーレンズの2人もこの1年間テレビに出まくったというわけでは全くない。ブレイクこそしたが、それはあくまでも常識の範囲内のもの。事務所の先輩でもあるかつてのオードリーのような派手な活躍ではなく、地味なところでコツコツと結果を残してきたという印象だ。言わばヤーレンズも余力はまだ十分。令和ロマンとヤーレンズ。この2組がともに落ちることは考えにくい。今回も直接対決の可能性は十分ありそうな気がする。

 情報が隅々まで素早く行き届くいまの時代において、無名の有望株はほぼいない。全国的な人気者ではなくても、ある程度実力を見込まれている芸人はすでにそれなりに目はつけられた状態にある。エバース、ナイチンゲールダンスらはその筆頭だろう。ちらほらと露出が目につく彼らのようなコンビは少なくともダークホースとは呼びにくい。そうした意味でも混戦だ。決勝がどんな10組になるか、予想は全くつかない。ロングコートダディ、インディアンス、トム・ブラウン、ダイタクといった有名どころが今回でラストイヤーという事実にも隔世の感を覚える。霜降り明星と同世代の芸人が見られるのもせいぜいあと2,3年というのも時の流れを感じさせる。時代は徐々に変わりつつある。

 前回のファイナリスト、若手の有望株、ベテランの有力候補、誰も知らない無名のコンビ……。決勝に並ぶのははたしてどんな顔ぶれか。年末が楽しみである。

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noriaki0357
ありがとうございます