R-1準決勝。「敗れてなお強し」を印象づけた、ウエストランド・井口浩之
今回で22回目となる「一人芸日本一を決める大会」ことR-1グランプリ。その準決勝が先日(2月11日)行われ、決勝戦(3月9日に生放送)を戦うファイナリストが発表された。
R-1グランプリ2024。そのファイナリストは今回9人で、顔ぶれは以下の通りになる(数字は決勝でのネタ披露順)
1)真輝志、2)ルシファー吉岡、3)街裏ぴんく、4)kento fukaya、5)寺田寛明、6)サツマカワRPG、7)吉住、8)トンツカタン お抹茶、9)どくさいスイッチ企画
敗者復活戦は今回なし。というわけで、この9人の中から優勝者が誕生することはすでに決まっている。大胆な改革を行なった割にというか、こちらが大会前に想像した以上に地味なメンバーになったとは率直な印象だ。
今回も決勝で審査員を務める野田クリスタル(マヂカルラブリー)が優勝した2020年大会以来、4大会ぶりとなる出場資格(芸歴10年以内)の撤廃。そもそもの話になるが、3年前、なぜわざわざそのようなルール(芸歴制限)を設けてしまったのか。当初から疑問だった。どちらかと言えばベテランに押され気味だった当時の多くの若手に、少しでも活躍の機会を与えたかった。おそらくこれが目論見だったのだろう。だがその結果、大会のレベルが著しく低下したことは誰の目にも明らかだった。
霜降り明星の2人と広瀬アリスさんを司会に抜擢。大幅に刷新された審査員や舞台セットなども含め、新たに生まれ変わったR-1グランプリとなった過去3大会。その汚点というか、なかでも出来栄えが酷かったのは、新生R-1となった初回のR-1グランプリ2021決勝だろう。優勝したゆりやんレトリィバァを悪く言うつもりはないが、もう少しキチンとした形でその優勝する姿を見たかったと言うのがこちらの本音だ。優勝にあまり重みを感じなかったというか、結果的にドタバダした大会に巻き込まれてしまった感がいまなお強く残る。
その翌年、バカリズムと小籔千豊を新たに審査員に迎えたR-1グランプリ2022決勝。優勝したのは毒と皮肉なネタを自作の曲に乗せて歌う歌ネタ芸人、お見送り芸人しんいちだった。大会直後からの1年間、その優勝トロフィーを常に持ち歩くなど、悪役的なキャラを武器に存在感を示すことに成功。消えることなくよく頑張ったというのが、いま振り返って思うこちらの感想になる。
そして記憶に新しい前回大会R-1グランプリ2023決勝。人気者のコットン・きょんを破って優勝したのは、ダークホースの田津原理音だった。先述のお見送り芸人しんいちをよく頑張ったと言いたくなる理由は、この前回王者の露出があまりにも少ないことと深く関わっている。
前回のR-1決勝からおよそ1年。その間に筆者が田津原理音の姿をテレビで目にしたのはせいぜい2、3回だ。もちろんその理由は様々あるのだろうが、いわゆるメジャーな賞レース優勝者の活躍がこれほどまで目立たないことがこれまであっただろうか。M-1グランプリ、キングオブコント、THE W、THE SECONDと並ぶ、現在の5大お笑い賞レースのひとつでもあるR-1だが、ファイナリストはおろかその優勝者でさえ活躍できなければ、大会の権威は失われかねない。今回のR-1のルール改正は、この前回王者の活躍度の低さが原因であることは明白だ。
さらに理由を推察すれば、大会の底上げ、戦いのレベルを上げる目的ももちろんある。過去3大会、芸歴10年を越えたいわゆるベテランを除外した結果、その内容はお世辞にも高いとは言えなかった。2021年大会は先述のように内容も運営もお粗末そのもの。2022年大会はまだマシだったが、昨年の2023年大会もレベル的にゴールデンタイムでの全国放送はギリギリという感じだ。個人的にはファイナリストのネタよりもバカリズムの審査のほうが気になるくらいだった。内容的にも昨年行われたその他の賞レースに比べれば断然劣る。去年第1回が行われたTHE SECONDのほうが面白かったのはもちろん、サルゴリラが優勝したキングオブコント、令和ロマンが優勝したM-1とは雲泥の差があったことは言うに及ばず、だ。
芸歴制限を解除したことにより、今回予選ではかつての大会を盛り上げてきたベテランの姿がそれなりに多く目についた。おいでやす小田、ルシファー吉岡、ヒューマン中村、バイク川崎バイク、紺野ぶるま、マツモトクラブ、サイクロンZ、SAKURAIなど、準決勝にはここ数年大会から締め出されていた懐かしい顔ぶれが戻ってきた。また準決勝までは残らなかったが、岡野陽一、レイザーラモンRG、ヒコロヒー、みなみかわ、稲田直樹(アインシュタイン)など、ホームページに目を向ければ近年活躍が目立つ実力者も多く参加していたことがわかる。
出場者の顔ぶれを見る限り、今回はそれなりの大会レベルにあると考えるのが自然だろう。というわけで、筆者は今回2年ぶりにR-1準決勝の有料配信に目を通したくなったというわけだ。
R-1準決勝。もちろんつまらなくはなかった。だが、けっしてそこまででもなかった。あえて厳しく言えばそうなる。M-1やキングオブコントの準決勝を10とすれば、せいぜい5〜6。これまでのR-1よりは断然よさそうだが、例えばM-1みたいな弾けるような展開を期待できるかと言えば、正直難しいと答えるだろう。
活躍が期待されたベテラン組も全体的に出来栄えは総じてイマイチだった。戻ってきたベテラン組から今回決勝に進んだのはルシファー吉岡ただ一人。人気者のおいでやす小田は特段惜しくもなく落選したという感じだ。
今回のファイナリスト9人のなかで最も名前が売れているのは、俳優としても活躍するいまや賞レース常連の女性ピン芸人、吉住だろう。THE Wとの2冠を狙う、言わずと知れた実力派だ。その他のファイナリストも全国的にはともかく、比較的にそれなりに名が通った芸人は多い。準決勝で出来が良さそうだった人が少なからず選ばれたという印象だ。
多くのベテランが戻ってきたことで平均的なレベルが上がったことは確かだ。だが、今回それ以上に大きかったルール改正は、ネタ時間がこれまでの3分から4分に増えたことだろう。これによりネタの選択肢、幅が広がったことは間違いない。ネタに深みが出たと言ってもいい。手数が増えたことで、より実力が反映されやすくなったという印象だ。特に王道の一人コントをする先述のルシファー吉岡や吉住のようなタイプにとって、このネタ時間の増加はおそらく喜ばしいことだったはずだ。彼らのネタがこれまでよりよく見えたことは事実だ。
ネタ時間の増加。そして繰り返すが、芸歴制限の撤廃。今回のR-1における大きな変更点は主にこの2つ。ネタ時間を延ばした分、決勝の放送時間もこれまでより30分長くなっている。運営側が可能な限りの条件、環境を整えたというのが率直な印象だ。言い換えれば、今回こそは「不出来」の言い訳をしにくい状況に自らを追い込んだと言えよう。今後の大会のことも踏まえれば、今回の決勝の出来栄えにはとくと目を凝らしたくなる。
何の前触れもなく突如出場制限(芸歴10年以内)を設けたにもかかわらず、それをわずか3年(3大会)であっさりと撤廃。まるで何事もなかったかのようにかつての姿に戻ろうとする姿は、こう言っては何だが、あまり格好のいい話ではない。言わば自らの失敗を認めているようなものだ。変に芸歴制限などせず、ネタ時間をもう少し増やし、カリスマ性の高い審査員(例えばバカリズムのような)を招いて緊張感のある審査ができれば大会はもっとよくなるとは、何を隠そう、以前から思っていたこちらの意見だった。ルールがコロコロ変わるという、そうした大会自体の迷いやブレこそ、R-1の評価がイマイチ高まらない大きな要因だとは率直な感想になる。
ルールをかつてに戻したR-1に引き返す道はもはやない。思わずそう言いたくなる。3月9日(土曜日)に行われるR-1決勝はそうした意味でも注目だ。栄冠を手にするのは誰か。それはもちろん気になる。しかし、正直なところ、その優勝者の顔に特段の興味が沸かない自分がいることも事実だ。
こう言っては何だが、誰が優勝しても、お笑い界に何か大きな変化が起きそうな気はあまりしない。もっと言えば、準決勝を視聴してその合格者(決勝進出者)が発表されてからというもの、今回のファイナリストにあまり関心が持てずにいる。
その理由は簡単だ。筆者が今回のR-1準決勝で最も面白いと感じた芸人がファイナリスト9名のなかに選ばれていないからに他ならない。
ウエストランド・井口浩之。なぜ彼が今回のファイナリストから落選したのか。個人的には理解に苦しむ。
ネタの内容をざっくりと言えば、R-1グランプリという大会の歴史やその関連内容を皮肉する、毒舌系の一人漫談。R-1に参加しながら、あえて大会そのもの(運営側)に毒を吐くと言う、逆転の発想というか、シンプルながらも画期的なネタにこちらは目は奪われた。今回の準決勝でダントツに面白かったとは率直な感想だが、その内容が運営側にとって気に入らなかったのかはわからないが、ファイナリストに井口の名前はなかった。
井口は言わずと知れたM-1グランプリ2022の王者・ウエストランドの顔だ。今回準決勝に進出した芸人のなかでは唯一、M-1というビッグタイトルを持つ芸人。粗品(霜降り明星)、野田クリスタル以来、史上3人目のM-1とR-1の「2冠」を目指して芸歴制限が撤廃された今回のR-1に出場したわけだ。
R-1に10年という芸歴の制限が設けられたとき、今後「2冠」を狙える芸人は当分は現れないだろうと僕は思っていた。粗品と野田に続く芸人はもう出てこないだろうと。ところがその制限がなくなるやいなや、1年2ヶ月前のM-1王者が突如として目の前に現れた。思わず笑ってしまう切れ味抜群のネタを引っ提げて、だ。
井口のネタを見ている時、ここまで「2冠」の文字が現実味を帯びるとは正直思わなかった。それくらい面白かった。準決勝が終わってすでに2週間以上経っているが、大袈裟に言えば、今回視聴したR-1準決勝で印象に残っているのはほぼ井口のネタだけだと言ってもいい。できればもう一度見たいネタ。決勝でもその姿を見たかったとは、いまなお抱くこちらの思いになる。
準決勝の審査員間で、井口のネタはいったいどのような評価だったのか。その詳細を知りたくなる。今回の準決勝の審査員にお見送り芸人しんいちが選ばれたことに対して大会に提言したのはおいでやす小田だが、井口の落選も含め、その準決勝の審査にこちらは首を傾げたくなる。しつこいようだが、今回の準決勝で最も面白い、勢いを感じたのが井口の漫談だ。全体の1番ではないにせよ、上位9人から漏れる内容では全くなかった。さらにはとてもわかりやすいネタだったというのも、加点したい大きな要素と言ってもいい。
兼近大樹(EXIT)、アゲみざわ信子(ぱーてぃーちゃん)、中野なかるてぃん(ナイチンゲールダンス)など、それなりに旬な若手も目についたが、彼らをまとめて倒す破壊力が井口にはある。格が違だろと思わず言いたくなった。
落選してなお「井口強し」を印象づけたR-1準決勝。本人も述べているが、M-1を圧倒的な力で優勝したにもかかわらず、世間的に井口の評価はまだまだ低い。先日、筆者はウエストランドの漫才を生で見る機会があったのだが、改めてその実力を思い知らされる今日この頃だ。
井口の落選を払拭するような内容を決勝で期待したいものである。