その落ち着いた喋りに一見の価値あり。ヤーレンズに感じるブレイク期のオードリーの面影
この芸人は誰? と、あまり馴染みのない芸人が思わず目に止まったとき、筆者がまず知りたくなる(調べたくなる)のはその所属事務所だ。次に芸歴と年齢。コンビならばその結成年、ピン芸人ならば以前にグループ(コンビやトリオ)での活動歴があるのかなど、詳しい経歴を(興味の度合いによって)その都度調べるのが個人的な慣例になっている。
テレビで活躍が目立つ芸人、いわゆる人気者たちを事務所別にあえて強引に分けるとするならば、「吉本興業所属」か「それ以外」かの2つになる。少なくとも僕的には。この欄でもこれまで幾度となく吉本系、非吉本系なる言い回しを使ってきたが、その待遇や芸風なども含め、それだけこの両者間には大きな違いがあるとは筆者の考えになる。
ギャラ事情などのそれぞれの事務所の待遇はあまりよくわからないが、その芸風の違いは案外わかりやすかったりする。「吉本には絶対いないタイプ」の芸人、及びそうした類のネタは、素人目にも割と簡単に判別できることがある。
例えば三四郎(マセキ芸能社所属)を初めて目にした時、どこの事務所かはともかく、少なくとも吉本所属ではないだろうと思った。いまから10年くらい前の話だが、そのブレイクのきっかけとなった小宮浩信のキャラクターに、いわゆる吉本系の匂いは全くしなかった。
バラエティ番組で見せるキャラやトークなどが気になる場合も多々あるが、ネタで言えばやはりM-1グランプリやキングオブコントで目にした時が最もわかりやすい。
最近で言えばM-1グランプリ2021のファイナリスト、ランジャタイ(グレープカンパニー所属)だ。こう言っては何だが、一目で「吉本じゃない」と判断できる。それくらいネタは独自性に溢れていた。ランジャタイの2人は元々はNSC(吉本総合芸能学院)の出身だが、もしそのまま吉本に留まっていたとすれば、おそらく現在のように活躍することはできなかったのではないか。少なくとも世に出られたとは思わない。あるいはその芸風が多少なりとも変わっていた可能性がある。吉本からは絶対に現れなさそうな、非吉本系だからこそ輝く唯一無二のコンビとはこちらの印象だ。
そんなランジャタイの流れで述べたいのは、同じく独特なスタイルを持つコンビ、トム・ブラウン(ケイダッシュステージ所属)になる。
トム・ブラウンがブレイクしたのは彼らが初めてM-1の決勝に進出した2018年以降。先述のランジャタイより少し前の話だ。M-1の決勝進出は1回のみ。そんなトム・ブラウンがM-1で再びその存在感を示したのは、記憶に新しい昨年の敗者復活戦だった。
M-1グランプリ2023敗者復活戦。激戦を制し決勝に復活を果たしたのはシシガシラ(吉本興業所属)だった。だが、大会後、そんな勝者以上に話題を攫ったのが、他のコンビからはまず拝めない斬新なネタを披露したトム・ブラウンだった。
敗者にもかかわらず、勝者(シシガシラ)以上の輝きと弾けっぷりを見せた美しい敗退。トム・ブラウンここにありと、多くのお笑いファンにその存在をアピールする事に成功した。
かつての合体漫才もそうだが、トム・ブラウンのネタも彼ら以外できそうにない(やらなさそうな)、いい意味で唯一無二の独創的なネタだ。いわゆる非吉本的、ランジャタイ的と言ってもいい。
ランジャタイやトム・ブラウンのようなコンビは、彼らが所属する吉本ではない「他事務所系」のまさに代表的な存在だとはこちらの認識になる。
近年のM-1では上記のような非吉本系コンビの活躍がとりわけ際立って見える。ぺこぱ、錦鯉、モグライダー、ウエストランド、真空ジェシカ。もう少し遡ればメイプル超合金、カミナリなどもその仲間に加えられる。いずれも一癖も二癖もある、独自の味わいに満ちたネタだったとはこちらの印象だ。
これまで述べた非吉本系の芸人の多くは、最近では俗に「地下芸人」と括られる場合もある。吉本のように事務所が運営するお笑い専用の劇場を持っていないため、小さなライブハウスなどを主戦場に活動する芸人。上記で名前を挙げたグループのほとんども元々はその「地下芸人」だった。
そうした非吉本系芸人のために作られたのが「K-PROライブ」で、2年前のアメトーーク「K-PROライブ芸人」(2022年4月21日放送)にはアルコ&ピース、三四郎、モグライダー、ウエストランド、ランジャタイらがその紹介メンバーとして出演していた。
こうした非吉本系の芸人の多くは、所属事務所こそ異なれど、他事務所間の交流がおそらく多いのだろう。横のつながりが太いというか、それなりに仲間意識が強そうに見える。彼らが出演するバラエティ番組を見れば、仲がいいというか、そうした様子は手に取るように伝わってくる。先述の「K-PROライブ」に加え、先月筆者が鑑賞したグッドラックプロモーションが運営するお笑いライブ(通称「早坂営業」)も、非吉本系の芸人が数多く出演する、彼らのつながりを深める機会となっているはずだ。
アルコ&ピース、三四郎、ウエストランド、ランジャタイ、トム・ブラウン、メイプル超合金、カミナリ、ぺこぱ、錦鯉、モグライダー、真空ジェシカ……。この他にもハナコ、どぶろっく、かが屋といったキングオブコントで活躍した芸人を加えれば枚挙にいとまがない。ここ10年くらいの間で売れた非吉本系の芸人。世代的にも近く、お互いがそれなりに親密な関係にありそうなグループになる。
さらに遡れば、サンドウィッチマン、ナイツ、オードリー、U字工事、ハライチなどが、2000年代後半のM-1で活躍したいわゆる非吉本系コンビの代表格だ。ほぼ同じ時期にブレイクしたためか、それこそお互いに関係性の深そうなグループに見えて仕方ない。冠番組や営業などで共演する姿を見ていると、思わずそう言いたくなる。
トレンディエンジェル(2015年)、銀シャリ(2016年)、とろサーモン(2017年)、霜降り明星(2018年)、ミルクボーイ(2019年)、マヂカルラブリー(2020年)と、大会が復活した2015年〜2020年までの6大会は全て吉本所属のコンビが王者となっていたM-1グランプリ。この6大会のなかで決勝の最終決戦(上位3組)まで進出した非吉本系のコンビは、2019年に3位に輝いたぺこぱ(サンミュージック所属)ただ1組。その翌年に彼らが大ブレイクしたことは、これまでの流れを踏まえればある意味当然という気がする。
M-1をきっかけに一躍大ブレイクしたぺこぱ。だが、あれから4年と少しが経過したいま、当初あった勢いはもはやどこへやらだ。少なくともいまより上の階段を上る気配は全くない。ブレイク時の貯金はすでに使い果たした感がある。オードリーのごとく、高いところまで飛ぶことはできなかったという感じだ。
もっとも、ぺこぱが頭打ちになりそうなことは、すでにそのブレイク時からこちらには何となく見えていた。理由は様々あるが、ざっくりと言えば、話があまり面白くなかったから、となる。テレビやラジオなどでそのフリートークをこれまで何度か視聴してきたが、「お、やるな」と思わず言いたくなる、そうした芸人特有の話術や耳に残るフレーズなどをほとんど見たことがない。
松陰寺太勇とシュウペイ。悪く言えばどちらも普通。話にエッジが効いていないので、期待感を抱きにくいのだ。「この人が口を開けば絶対何か面白いことを言いそうだ」という、そうした雰囲気というか、ムードを纏うことができなかった。
ぺこぱには“若林正恭”がいなかった。もう少し詳しく言えば、そもそも2人のうちどちらがオードリーでいうところの“若林役”なのかがイマイチわかりにくい。ぺこぱもオードリーと同じく、キャラクターを全面に押し出した、いわゆるキャラ漫才でM-1を沸かせたという点でよく似ている(ついでに言えば、両コンビともに先輩芸人のTAIGAを師匠(?)に持つところも共通しているが)。
ネタを作っているのは松陰寺なので、彼がオードリーにおける“若林”、いわゆるコンビの頭脳になるわけだが、その芸名やビジュアルなども含め、ネタのなかでも一応キャラがある。“春日”的な要素も少なからず担っているわけだ。だが、一方の相方シュウペイにもそれなりのキャラがある。彼のほうがどちらかと言えば“春日”に近いわけだが、時折そのキャラに似合わない変にまともな面を見せる時がある。こちらも完全に“春日役“になりきれているわけではない。とはいえ“若林”ほどの力はないので、その立ち位置はとても中途半端に見える。
「頭脳」と「馬鹿」、「できるやつ」と「ポンコツ」ではないが、こうしたキャラや役割がはっきりしているほうがコンビとしていい関係に見えることはたしかだ。
錦鯉(2021年)、ウエストランド(2022年)。トレンディエンジェルからマヂカルラブリーまで6代続いた吉本所属のM-1王者だが、それに待ったをかけたのが、吉本ではないこの2組になる。どちらのコンビにも共通して言えるのは、それぞれの役割がはっきりしていることだ。錦鯉でいえば、長谷川雅紀(馬鹿)と渡辺隆(頭脳)。ウエストランドの場合は井口浩之(できるやつ)と河本太(ポンコツ)という具合に、芸人としてのキャラがそれぞれ鮮明なのだ。彼らと同時期にブレイクしたモグライダーも同様に、ともしげ(ポンコツ)と芝大輔(できるやつ)という感じに、キャラクターがそれぞれしっかりと立っている。このようにキャラがはっきりとしていれば、笑いの取り方やスタイルがスッキリする。ボケ役、ツッコミ役ともに輝きが増すわけだ。
ぺこぱの躍進があるところまでで止まった理由は、本人たちの実力もあるが、その後に現れた非吉本系のライバルたちが強かったことも見逃せない。モグライダーはもちろん、ウエストランド(特に井口)もその優勝前の2021年頃からすでにぺこぱを上回りそうな勢いは十分見せていた。その逆転は僕的には十分想像することができた。
面白い人は必ず売れる。時間はかかったが、錦鯉、モグライダー、ウエストランドなどはまさにそう言いたくなる存在だ。
昨年のM-1グランプリ2023。優勝したのは吉本所属の令和ロマンだった。このまま順調に活躍すれ未来のダウンタウン級の存在になるのではないかとは筆者の見立てになるが、そんな令和ロマンと決勝で名勝負を演じたのが、アウトサイダーと目されていたケイダッシュステージ所属のコンビ、ヤーレンズになる。
昨年のM-1で決勝の舞台を踏んだ非吉本系のコンビはヤーレンズ、真空ジェシカ、モグライダーの3組で、その中で唯一の初出場がヤーレンズだった。3年連続3回目の真空ジェシカ、そして人気者のモグライダー。彼らに比べればヤーレンズの下馬評は圧倒的に低かった。ところが蓋を開けてみれば結果は準優勝。それも4票(令和ロマン)対3票(ヤーレンズ)という、優勝まであと一歩というギリギリの戦いを彼らは演じて魅せた。その前評判や知名度を踏まえれば、前回のM-1で最も株を上げたコンビ。少なくとも僕の中ではそう位置付けられている。
決勝に進出する直前、その1年前くらいからだろうか。ヤーレンズになんとなくだが上昇気流を感じていたのはたしかだ。「ラヴィット!」(TBS)に何度か出演したり、ツッコミ担当の出井隼之介は1人でアメトーークCLUBの企画に出演したりと、ブレイクの兆しは若干見え隠れしていた。だが、それはあくまでも感触程度に過ぎなかった。少なくとも「絶対に売れる」と思ったわけではない。しかし、M-1準優勝から2ヶ月ほどが経過したいま現在、各所での露出が目立ってきたヤーレンズを見ていると徐々にこちらの思いは確信に近付いている。「これはよさそうだ」という、芸人的に優れたムード、その纏う雰囲気のことだ。
ひと言で言えば、同じ事務所の先輩・オードリー的な匂いである。
ともにM-1の結果は準優勝。それも優勝の可能性がそれなりに高かったという点でも共通する。だが、それ以上に共通しているものとしてこちらが強調したいのは、どちらのコンビも話(トーク)が面白いということだ。
話術に優れている。先日(2月28日)放送された「あちこちオードリー」を見てそう思った。MCのオードリーと、ゲストに彼らと同じケイダッシュステージ所属の後輩であるトム・ブラウンとヤーレンズを迎えた3組による、深掘り系のトーク番組である。
お互いに繋がりの深い、同じ事務所に属する芸人を集めたこうした企画は大抵面白い。この放送も視聴する前から面白そうな匂いはプンプンと漂っていた。だが、実際に視聴して感じた面白さはこちらの期待以上だった。
オードリーとトム・ブラウンがどれくらいやるのかはすでにある程度こちらもわかっている。知りたかったのはヤーレンズの2人がどのくらいやれるのかだった。こうした本格的なトーク系の番組で目にするのは初めてだったが、その出来栄えはほぼ文句なし。関係性の深い者同士という間柄だったこともあるが、それを差し引いてもめちゃくちゃ面白かった。他の番組でも十分通用するレベルにあるとは率直な感想になる。
コンビではボケ担当の楢原真樹も悪くなかったが、個人的に推したくなったのはツッコミ担当の出井だ。ケレン味のない淡々とした喋りから繰り出すトークは、シンプルな味わいにもかかわらず面白味に溢れている。その落ち着いた佇まいに、自信の程や期待感を感じさせた。
想起するのは少し前のモグライダー・芝や錦鯉・渡辺など、テレビに出始めた頃は相方の影に隠れ気味だった、いわゆるトークセンスに優れた実力者たちだ。ヤーレンズ・出井も彼らといわば同じ系譜にいる。キャラのある相方以上に活躍しそうな、キレのある話術を武器とするしたたかな芸人とでもいおうか。
さらに褒めすぎを承知で言えば、同じ事務所の先輩でもあるオードリー・若林だ。ヤーレンズ・出井には、いまや大出世した先輩若林に通じるムードを少なからず感じる。今後ジワジワと評価を高めていきそうな本格派のタイプ。現在37歳だが、この年齢からでも階段を上る芸人は近年数多い。悲観的になる必要は全くない。
出井に若林的な香りがするとは先述したが、では一方の楢原が春日的かと言えば、見た感じ意外とそうでもない。トーク力も含め、芸人的なセンスに優れたこちらも正統派に近いタイプに見える。コンビ2人ともがいわば若林的な要素を備えている感じだ。そこにまだ底が割れていない魅力がある。オードリーとはまた違った道を進むのではないかと、今後の活躍に目を凝らしたくなる。
ヤーレンズも上記で述べたいわゆる地下芸人の1組。昨年末のM-1準優勝により、近年活躍が目立つ地下出身の非吉本系の1組に彼らもまた加わることになった。吉本所属の令和ロマンが優勝したことで他事務所系の流れは一旦止まったかに見えるが、このヤーレンズは十分期待できると僕は思う。少なくともぺこぱより断然いい。「オードリー」になれるかはわからないが、いまのところ感触は悪くない。5年後、どのような存在になっているか、想像することができないコンビ。楽しみである。
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