先を見越した戦いとトップバッターでも慌てない冷静さ。令和ロマンがM-1グランプリ2連覇を果たした要因

 M-1グランプリ2024決勝。ホームページに記載されていた戦前の予想では、前回王者の令和ロマンと前回準優勝のヤーレンズによる優勝争いが最も高い人気を集めていた。それに次ぐ3番人気は真空ジェシカ。前評判の高い上記の優勝候補がはたしてどこで登場するか。決勝戦の行方を左右する大きな見どころのひとつだった。

 トップバッターのくじを引いた阿部一二三さんはコンビ名を確認したその瞬間、明らかに驚いた表情を見せた。司会の今田耕司さんと上戸彩さんの両者も同様の反応を見せたが、このリアクションで誰が選ばれたのかを、おそらく観戦者全員がピンときたと思われる。

 開かれた名前は令和ロマン。前回トップバッターから優勝を果たしたディフェンディングチャンピオンが、2大会連続でその役を務めることになった。

 面白い漫画は第1話から面白いと言われるが、今回のM-1がまさにそんな感じだった。波乱に富んだ衝撃の「第1話」からのスタート。トップバッターに選ばれる確率は10%で普通にあり得る話ではあるが、それにしても驚かされた。

 松本人志さんが不在の今大会。決勝を前に筆者が最も注目していたポイントは、いかに高い緊張感を生み出すか、ということだった。

 従来であれば松本さんがいるだけで事足りていたことだった。この人の存在、及びその審査やコメントが大会のムードをピリ辛く引き締める大きな役割を果たしてきた。だが、大幅に入れ変わった今回の審査員に松本さんに代わる人は見当たらなかった。そうしたなかで始まった今大会だが、先に結果を言えば、こちらの心配は杞憂に終わった。緊張感を高める存在が実は審査員側ではなく、出場者の側にいたこと。そのことに始まってからふと気づかされた。その存在こそ、トップバッターに選ばれたファイナリスト、前回王者・令和ロマンだった。

 史上初の大会連覇がかかるコンビ。令和ロマンはある意味で審査員より重厚感のある存在だった。その2人がまさかの1組目に登場したことで、大会のムードはいきなり佳境を迎えたような高い緊張感に包まれることになった。

 だが一方、誰がトップバッターに選ばれたら盛り上がるかを考えると、答えは自ずと令和ロマンに辿り着く。前回王者がトップバッターに選ばれたことは、大会全体を振り返ると、まさに最高の順番だった。「1組目 令和ロマン」でなければ、おそらくだが今大会はここまでの出来にはなっていなかった。そんな気がする。

 「トップバッターは不利」とは散々言われてきたお笑い賞レースの通説だが、今回の令和ロマンに限っては例外だった。トップバッターこそ最もよい順番だっだ。前のグループと比較されない真っ新な状態だったことで、逆にプレッシャーなく伸び伸びとできた。そうした印象を受ける。さらに言えば、2本目に披露したコント漫才より、名字を題材にした1本目のしゃべくり漫才のほうが、よりトップバッターには合っていた。もしこのネタの順番を変えていれば結果は違っていたかもしれない。

 続く2番目にはヤーレンズ、そして3番目には真空ジェシカが登場。この順番もまた見る者に少なからず驚きを与えたはずだ。前回のファイナリスト、そして冒頭でも述べた今回の優勝予想の上位3組が揃って1組目から順に登場することを想像した人ははたしてどれほどいただろうか。

 ヤーレンズは運悪く令和ロマンの余韻に飲み込まれてしまったが、真空ジェシカは地力を発揮。令和ロマンには1点及ばなかったものの、通過の見える高得点を叩き出した。

 序盤の3組が終わった時点で、令和ロマンの通過はほぼ決まったように見えた。優勝候補のライバル2組の上に立ったことが何より大きかった。この後、令和ロマンが3組以上に越される(4位に転落する)姿は想像できなかった。

 だが1組、令和ロマンを超える可能性がある、決勝前に筆者が好感触を得ていたコンビがいい順番に残っていた。マユリカ、ダイタク、ジョックロックと落ち着いた流れが続いた7組目。初出場バッテリィズのネタは、令和ロマンに勝るとも劣らない爆発を生み出した。

 初出場、大阪吉本所属、ほぼ無名、そして7組目。そんなバッテリィズを見て想起したのは、M-1グランプリ2019で優勝したミルクボーイだった。当時の優勝候補・かまいたちを倒し、大会最高得点を記録した5年前の王者がこの時脳裏に蘇った。

 序盤に登場した優勝候補が高得点を記録した後、無名のダークホースがそれ以上のネタで大会をかき回す。展開はいまなお名勝負と名高い2019年大会にどことなく似ていた。

 準決勝でも目にしたバッテリィズの1本目は、細部にアレンジを加えた決勝でも抜群に面白かった。タラレバになるが、このネタを2本目(最終決戦)に使えていれば優勝していた可能性は十分あったと思う。

 だが、そんなバッテリィズ以上に個人的に惜しく見えたのは、9番目に登場したエバースだった。記録した848点は、2位・令和ロマン(850点)、3位・真空ジェシカ(849点)に次ぐ4位。初出場の今回は暫定ボックスに座ることなく敗退が決定したが、これほどまで敗者に見えないコンビもまた珍しかった。文句なし。ネタはそれくらい面白かった。令和ロマン、真空ジェシカとの差はあってないようなもの。足りなかったのはほぼ運のみ。今大会一の美しい敗者。思わずそう断言したくなる。

 バッテリィズの直後に登場したママタルト(8番目)にはさすがになす術がなかった。そして最後に残ったトム・ブラウンもその結果はなんとなくだが想像はできた。スタイル的に9人全員から高得点をもらえるタイプではない。となれば、3位に食い込むのは難しい。結果は6位(823点)だったが、その“らしさ”だけは最後に十分見せつけた。こう言ってはなんだが、むしろ後ろに影響がない10番目でよかった。そうした言い方もできた。

 迎えた最終決戦。結果から先に言えば、令和ロマン(5票)、バッテリィズ(3票)、真空ジェシカ(1票)。お笑い界に金字塔を打ち立てる偉業、令和ロマンが大会史上初の2連覇を達成した。

 2連覇達成があまりに凄過ぎて気付かなかったが、改めてよく見れば、最終決戦の票数は思いの外、割れていた。

 ファーストラウンドは2位通過。さらには4位エバースとの差も僅か2点だった。圧勝か苦戦か。どちらかと言えば後者に近い。令和ロマンは決して楽ではなかった。危ない気配も全くのゼロではなかった。何かが少しでもズレていればその優勝はなかったのかもしれない。

 だが、それでもフラットな目で思う。令和ロマンが優勝に相応しかった、と。横綱相撲でライバルと新参者をものの見事に寄り切った。そうした印象のほうが強く残る。

 令和ロマンが最終決戦で披露した2本目は準決勝で披露したもの、すなわち、今回の決勝進出を決めたネタだった。他のコンビが押し並べて準決勝のネタを(決勝の)1本目で披露するなか、前回王者は今回も勝負に出ていた。

 先を見越して強いネタを後に残す。かつてのマヂカルラブリーを彷彿させる、とても勇気がいる判断だ。ここが勝敗を分けたポイント、準優勝バッテリィズとの違いだったように思う。1本目は点数通りバッテリィズのほうが上だったが、2本目はほぼ互角。だが、1本目との比較で言えば、令和ロマンの2本目のほうが明らかに1本目を上回っていた。一方のバッテリィズの2本目は、ほんの僅かではあるが1本目より弱く見えた。そんな印象を受けた。

 バッテリィズの2本目、世界遺産を題材にしたそのネタは、彼らが前回の準決勝で披露したものとほぼ同じものだった。前回の準決勝で落選した既存のネタ(バッテリィズ)と、今年の10月頃にできたという今回の準決勝を突破した新ネタ(令和ロマン)。この違いが最後に両者の勢いに差を生んだ、とはこちらの見立てだ。

 2年続けてのトップバッターはさすがの本人たちも想定外だっただろう。だが、それでも慌てた様子は見られなかった。普段通り。むしろトップバッターという立場を逆に上手く利用した感じさえある。ネタ、立ち振る舞い、コメント。そのどれをとっても冷静沈着。まるで自作自演とでも言いたくなるほど、舞台はまさに彼らの独壇場だった。

 大会2連覇も含め、こんなコンビはこれまで誰も見たことがない。多彩な笑いを続々と繰り出す華々しい次世代のスーパースター。次回は出場しないとのことだが、はたして今後、2人はどのような芸人人生を歩むのか。令和ロマンから目は離せない。

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