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地方におけるスタートアップの真の課題を、北海道目線で考えてみる。

はじめに

株式会社POLAR SHORTCUT(ポーラー・ショートカット)の大久保です。普段は札幌で、スタートアップ投資(シードVC)やU-25世代向けの起業家育成の取り組みを行っています。

5月末に行われる日本全国の地方を盛り上げるキープレイヤーを集めた(クローズドの)祭典で、「地方×スタートアップ」というテーマで課題提起をすることになりました。
そこで、約2年間にわたる札幌での活動を踏まえ、地方におけるスタートアップの在り方や課題に関しての考えをまとめてみました。地方への期待が高まりつつあるいま、興味がある方はぜひお付き合いください!

なぜ、地方でスタートアップを支援するのか?

まず前提の確認ですが、「若い世代が起業すること=スタートアップ」ではありません。「スタートアップ」とはあくまでも『エクイティ(株式)による資金調達を行い、事業計画上の赤字を許容しながら、短期間での成長を志向する経営モデル』のことを指します。
実際に関わっている人間からすると、スタートアップモデルでやるべき事業はほんの一握りですし、別にエクイティで資金調達することが偉いわけでもありません。
短絡的に「起業=スタートアップだ!」という文脈に偏りすぎると、それは起業家を不幸にするリスクを孕むため、注意したいところです。

では改めて、なぜ「地方でスタートアップ」なのか。それは、スタートアップというビジネスが「スケーラビリティ(拡大可能性)が大きく、持続的な高収益構造を比較的保ちやすい」事業形態であり、「地方に良質な雇用を創出できる(可能性がある)存在」だからだと私は考えています。

北海道に住んでいると、頻繁に「地方から人が流出してしまう」という課題を耳にするのですが、札幌市においてはこの理由はシンプルで「地元企業の給与水準が低いから」だと思っています。極論、年収が東京より高くなるような企業がたくさんあれば、大幅な人材の流出は起こらないはず。
東京ではスタートアップの年収は既に大手企業の年収を超えているという話もありますよね。

政策観点から見た、北海道における「スタートアップ創出を支援する意義=エコシステムのゴール」を整理すると、それは「デジタル技術や新産業領域テクノロジーを活用して、北海道における新産業を創出し、高利益体質の事業特性により、良質な雇用を創出すること」なのではないかなと思います。

地方×スタートアップの文脈でよく語られる課題、それは本当に正しいですか?

地方×スタートアップの文脈で「課題」だとよく言われる論点ですが、実際にはちょっと違う、ズレているなあと感じることも多いです。今回はより深く切り込み、本当の課題って何なんだろうか?と考えてみたいと思います。

<地方の課題と呼ばれる嘘?①:資金の出し手がいない>

「地方にはリスクマネーの出し手がいない」という話。これはよく言われますが、本当にそうかなあ?と感じます。
北海道であれば当社ファンドがありますし、東北にはMAKOTOキャピタル、九州にはドーガンベータ、中国・四国エリアにも最近は瀬戸内キャピタルが新たに組成されたりという動きも。
また、北海道のなかを見ても最近は、Skyland Venturesから若手起業家がWeb3領域で資金調達をしたり、他にも非公開ですが、東京のシードVCや著名エンジェルから資金調達している道内のスタートアップがちらほら出てきています。
コロナ禍を経て、場所の制約が無くなったいま、地方だからエクイティの資金調達ができないとか、不利な立場だということはありません。
資金調達できない理由は、地方の企業だからではなく、単に投資家目線で「魅力的な事業でないから」に過ぎません(ちょっと厳しいですが事実)。

2月に札幌で行われたSkyland Ventures主催のWeb3イベント。地方にいながらにして、東京の有力VCと出会うことだってできます。

<地方の課題と呼ばれる嘘?②:地方では良い人材の採用ができない>

「地方では良い人材の採用ができない」という話。これもコロナ禍を経て、リモートワークが当たり前になったいまでは、違和感がありますね。
事実、当社ファンドの投資先であるお菓子ベンチャーが、東京進出にあたりMeetyで副業で関われる人材の募集をしたところ、相当のレベルの応募者がかなりの数集まりました。
札幌に拠点をおく、NFT×ふるさと納税の事業に取り組んでいるWeb3スタートアップ"あるやうむ"も、日本全国の地方からイケてる人材を集めて、フルリモートで活動していると聞きます。
この点も結局、地方では「スタートアップを起業する」という事実だけで、メディアやまわりの人から持て囃されるけれども、人材を採用するというフェイズでは、その事業の社会的意義や成長性そのものをシビアに評価されるので、魅力が見えない事業には人が集まらないというだけではないでしょうか。

地方でスタートアップを創出することの真の課題

それでは地方にある真の課題とは何なのでしょうか?
それはすごくシンプルで、唯一かつ最重要な課題は「起業家の数が少ないこと」です。
まわりにロールモデルが少ないこともあり、起業というカードが人生の選択肢に入ってこない人がほとんどです。
ですから、次世代の起業家を生み出すために「地域にとって適切なロールモデルを、中長期的にどのように形成していくか?」を戦略的に考えていくことが非常に重要です。

また、ロールモデル形成の観点で言うと、地方でのスタートアップ創出を議論する際、「研究開発領域の大学発ベンチャー」に話が偏ってしまうことも問題だと思っています。

北海道で言えば、北海道大学発のバイオ・メディカル系ベンチャー…. そういった領域でユニコーン候補を育てていくことももちろん重要です。
ですが、北大医学部発ベンチャーから一つもの凄いユニコーンが生まれたとしても、普通の人が「よし!医学部に入ってベンチャーやろう!」とはなりません。同じ環境に辿り着く難易度が高すぎます。
それよりも、より自分にとって身近な、例えば「お菓子屋」が資金調達して、巨大なスタートアップになる….というサクセスストーリーのほうが、多くの人に夢と可能性を与えられるのではないかと思っています。
(参考:当社投資先のお菓子ベンチャーのnote)

研究開発系のディープテックと呼ばれる領域だけではなく、一次産業のDXや北海道発の食ブランド、Web3領域、老舗中小の第二創業型スタートアップなどなど、幅広いジャンルで起業のロールモデルを語れるようにならないと、「エコシステムとしての起業家層の厚み」はなかなか増していかないだろうなあと感じています。

話を現在に戻すと、とはいえ地方に起業家の数が少ないのは事実。ベンチャーキャピタル(VC)としては、だから投資できないと嘆いても仕方ありません。
最近は自分なりの答えとして、「業界の事情やオペレーションに詳しく、そのなかでの非効率さや不合理に憤りを感じている人と一緒に、共同創業型で事業を考える」という取り組みに時間を使っています。

既に立ち上がっている起業家に投資するのでなく、「起業家になれる可能性がある人を探し、起業家になる道を提案する」という新しいスタイルです。
このスタイルでの事業立ち上げが(もうすぐ!)日の目を浴びれば、もっともっと地方発のスタートアップの可能性が開けるのではないかと感じ、頑張っているところです。

定期的に新規事業のディスカッションを進めています。

地方におけるVCの仕事は、東京のように「たくさんの起業家や事業アイディアのなかから、可能性のあるものを探し、見極め、投資する」というスタイルとは少し違って、もっとインキュベーターに近い仕事です。
これだ!と感じた起業家と一緒に、事業アイディアを考え、磨き上げる。単にお金を投資して終わりではありませんし、ベンチャーキャピタリスト自身に、相応の事業開発経験や経営経験が求められます。

なにより、ユニコーンだとかWeb3だとか、何やら凄そうな世の中の動きを横目に(しっかりと情報のキャッチアップはしつつ)、粘り強くエコシステムを育てていく気概が求められます。

札幌・北海道のスタートアップ・エコシステムをより良くしていくために。

ここからは地方発スタートアップを創出していくために、こういう取り組みが必要だろうという具体的な提言をしていきます。
関係者は関係者なりに頑張っているのも承知ですが、今回は敢えて問題提起をしていきます。本気で変化を起こしたい関係者の方がいれば、ぜひディスカッションをさせていただきたいですね!

<これが足りない①:行政によるスタートアップ関連支援額が圧倒的に少ない!(おカネの話)>

最近は行政の方から「行政ができる・やるべきスタートアップ支援とはなにか?」というテーマで話を聞きたいと言われることも多いですが、答えはシンプルで、圧倒的にお金です。とにかくお金を出してくれるのが一番重要ですと、最近は明確に言うようにしています。
(ですがだいたい、お金の面はハードルが高いので、それ以外でなにかないですかね〜と返されます笑。簡単なところから始めるのも重要ですが、中長期的には一番インパクトが大きい領域から逃げずに、メスを入れてほしいところです)

具体的に話をしてしまうと、行政のスタートアップ関連支援額、なんと福岡市は71億円です(さらに福岡県からも22億円の支援があるとのこと!)。
それに対し、仙台市は5億円、札幌市もおそらく仙台レベルでしょう。

福岡はどうしてスタートアップがそんなに盛り上がっているのか?という質問もよくいただきますが、シンプルに10倍以上の金額を投資していれば、そりゃあ成果も圧倒的にでますよね….。もちろん根付いた文化の違いや歴史的経緯とかも要因としてはありますが、結局はトップの覚悟とやる気の問題だというのがよーくわかります。

<こんな補助金がほしい!という提言>

せっかくなので行政に対して、補助金の具体的な提案をしておきます!どなたか見ている自治体内部の方がいればぜひご検討をお願いします。

スタートアップは常時お金がないのですが、補助金で出せるような、いわゆる数百万円から2,000万円くらいまでの規模感の資金が生死を分けるタイミングは2つ。創業直後とシードラウンドです。
なので、スタートアップの実態を踏まえるのであれば、補助金もこの2つのタイミングに特化したものであるべきです。

まず、創業直後の補助金。このタイミングで利用できるものとして、札幌市はかなり良い補助金を最近作ってくれました。
スタートアップ立地促進補助金というやつで、登記前に必要事項を申請すれば、ざっくり50万円の補助金がいただけます。
会社を退職して起業すると、大抵の人は収入がゼロか大幅減になるケースが多く、それにも関わらず日本の現行制度では失業手当ももらえないです。日本人の起業家を増やしたいのであれば、失業手当の給付条件を早急に見直したほうがいいと思うのですが、全然そういう議論は出てこないですね。
そういう時期に、50万円の補助金は本当に嬉しい。2-3ヶ月分の生活費が捻出できます。

シードラウンドでアクセルを踏むために使えそうな補助金は、現状、札幌・北海道にはありません。何ができるかを、一緒に考えていきたいところ。
ここに関しては、先日知った北九州市の補助金の条件が参考になりそう(良さそう)だったのでご紹介します。

北九州市の取り組みは、スタートアップSDG'sイノベーショントライアル事業というもので、市が認定したベンチャーキャピタルから出資を受けて事業化を目指しているスタートアップ企業等に対して、最大で2千万円を補助する事業とのことです。
良いなと感じたポイントが、「市が認定したベンチャーキャピタルから出資を受けている」ことが条件となっていることです。この条件が付帯することで、実質的にはスタートアップじゃないよね、という企業を除外することができ、さらに成功確率がある程度高い企業に対してだけ、リスクマネーを投下することができます。

シードラウンドでのスタートアップの資金調達状況は一般的に、エクイティ(株式)による調達が1,000-2,000万円、金融公庫からの創業融資で500-1,000万円。これら総額1,500-3,000万円の資金を元手に、一定の売上が見える事業進捗まで進めないと、その次の資金調達ができません。
札幌で多くの地方スタートアップを見てきましたが、多くの企業はこの壁を超えられず、低空飛行になっているのが実態です(この実態も多くの支援者には正しく理解されていないかも)。
このラウンドで、1,000-2,000万円ほどでも補助金でブーストできれば、地方スタートアップの生存確率が大きく変わるのではないかなと思います。
(先日、札幌市の担当の方とお話した際、この話にちょっと興味をもっていただけたので、この後の展開に期待です…笑)

4月のスタートアップ・スタジオ協議会のキックオフイベントで、仙台市や渋谷区、北九州市のスタートアップ支援の取り組みについてお話を伺ってきました。

<これが足りない②:スタートアップ勤務経験者の数が圧倒的に少ない(人材の話)>

具体的に語りすぎました笑。話を補助金以外に戻しましょうか。次は人材の話です。札幌では、スタートアップの掛け声は大きいものの、実際にスタートアップで働いたことのある経験者(起業家でなくメンバーとしてでも)が圧倒的に少ないです。

スタートアップでの勤務経験は、大手企業での新規事業経験とは全然違って、ゼロからの顧客開拓、メンバーの退職当たり前、赤字当たり前、会社は半年おきに倒産しそうになる…とハードシングスの連続です。そういう経験をした人は……もうスタートアップで働きたくなくなるか笑、自分で起業してみたいと考えます(アーリー以降で入社した人であれば、もっとマトモな状況だと思いますが)。
起業家よりも先に、スタートアップ勤務経験者が増えることが、エコシステムとしては重要だと思うんですよね。スタートアップ勤務経験者こそ、成功する起業家候補に最も近い人材だと思います。

一つ具体例を話すと、札幌には有名スタートアップの札幌支社が2つあります。マネーフォワードとスマートキャンプです。元マネーフォワード執行役員・北海道支社長の平野さんは、(現在は既に退職されていますが)札幌のスタートアップ界隈でも強く存在感を発揮していますし、スマートキャンプは札幌支社が中核事業であるBALESのオペレーション拠点になっており、支社長を始めとして、メンバーにも面白そうな人材がいたりします。彼らもそのうち、札幌で起業してくれるんじゃないかなあ(妄想)。

スタートアップ人材(起業家候補やCXO候補の人材)を札幌に呼び込むという観点では、札幌市の誘致事業として「比較的大きな規模のスタートアップを積極的に札幌に誘致してくる」ことも打ち手として面白いと思います。起業家を増やすとか、北海道発のスタートアップを今から育てていくよりはよほど即効性が高く、カルチャーを変革できるのではないかと。
札幌市ではスタートアップ支援と、企業誘致・移住促進は管轄部署が異なるようですが、戦略的に連携した動きを作っていきたいところ。

地方スタートアップ・エコシステムとしての、札幌・北海道の強み

足りないことは多いですが、札幌・北海道ならではの強みというものももちろんあります。先日仙台市のスタートアップ支援担当の方と情報交換をした際に、浮かび上がってきた強みを最後にご紹介します。

<強み①:官学ではない「民間企業」主導の積極的な支援活動>

東北のスタートアップ・エコシステムでは、仙台市などの行政と東北大学を中心とした「官学」が主導するエコシステムづくりが進んでいるそうです。一方で、北海道では民間企業の積極的な動きが印象的だという声をいただきました。
確かに、パッと思い浮かぶだけでも、
・D2Garage(Onlab Hokkaidoの運営、Sapporo Incubation Hub DRIVEの運営)
・サツドラホールディングス(EZOHUBの運営、えぞ財団の発起人、QUALITY HOKKAIDOの設立)
あたりは、スタートアップ支援の文脈で積極的に動いています。こういった核となる地域の民間企業があるのは貴重で羨ましいそう。

札幌のスタートアップ黎明期を支えてきたのは、北海道新聞社とデジタルガレージの合弁会社であるD2Garage。筆者もこちらのコワーキングオフィス「DRIVE」を拠点に活動しています。

<強み②:複合型カンファレンス「NoMaps」の存在>

米国オースティンで開催されるSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)の北海道版をつくる、というコンセプトからスタートした「NoMaps」は、ビジネスカンファレンスと映画祭や音楽祭が複合した、札幌・北海道を舞台としたクリエイティブコンベンションです。
福岡にも類似のイベント「明星和楽」が存在しますが、新しいコンセプトの取り組みを発表する場が地方にあるということは、それがない地域から見ると、大きな魅力として映るそうです。
そういえば、NoMapsの主催者も官学ではなく、クリプトン・フューチャー・メディア(初音ミクの会社)という民間企業ですね。

<強み③:地元大手民間企業の世代交代(40代前半の有力経営者の存在)>

札幌・北海道では、いま地元大手企業の経営者の世代交代が始まってきており、前述のサツドラホールディングスの富山社長、石屋製菓(白い恋人の会社)の石水社長、セコマ(セイコーマート)の赤尾社長など、先代社長からその後継者である40代前半世代へとバトンタッチが始まっています。
これらの新しい経営者は当然、デジタルサービスやスマートフォンなどを日常的に、ビジネスでもプライベートでも活用しており、自身の感覚にあった業務DXを違和感なく進めていくことができます。
北海道にいると、世代交代による前進をかなり実感できますが、他のエリアでは、後継者自体も50代で、世代交代したあともなかなかDXが進まないことが課題になっている地域もあるとか……。本当に地域によっていろいろですね!

さいごに

こういうエコシステムっぽい話って、抽象度が高くなりがちなテーマなので、今回はできるだけ具体的に話をする!ということを意識してnoteを書いてみました。
実際にローカルに拠点をおいてコミットしている&スタートアップの苦難を実体験として知っているからこその、リアリティがある情報をお伝えできたのではないかなあと思います。
noteでの情報発信はコミュニケーションのはじまり。これを読んで、もっと詳しく知りたいとか、いやいや違うと思うよ、みたいに思った方はぜひディスカッションをしていきたいですね。

また、起業したい方や、起業かはわからないけど業界のこういうところに課題感を感じている…という方がいれば、ぜひご連絡ください!
Mail:info@polarshortcut.jp
Twitter:@OkbNori

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