卵のころから褒められる(IVF体験記①)
私は二人の男の子の母をやっています。
4年の不妊治療の果てにIVFで授かった子どもたちです。
元々は当時住んでいた地域のレディースクリニック2軒で3年間の治療をしましたが、かすりもせず
車で1時間のところにある不妊治療専門病院に転院し、1回の採卵、2回の移植で運良く二人を授かりました。
この辺のことはまたいずれ書けたらいいなと思いますので、今回は省略しますね。
専門病院に転院した時には、長期間のタイミング療法と人工授精のためのホルモン治療等の繰り返しで、心身ともに疲弊していました。
年齢も35歳になっていましたので、1回チャレンジしてダメだったらもう諦めようかなと考えていました。
11月に初めての採卵を行いました。通っていた病院は薬で採卵数を多くするということはせず、自然に採れる卵子を使うという方針でした。
そのため、採卵できた卵はわずか4つ。
そのうち3つが受精して、2つが胚盤胞まで育ちました。
当時病院から提示されていた資料を読んだところ、新鮮胚での移植よりも凍結胚の移植の方が着床率がわずかに高かったのです。
それでも病院からは、新鮮胚移植を当初提案されましたが、少しでも着床率が高い方が良いと夫と話して、凍結胚を移植してもらうことにしました。
病院のフォローができないため、年末の移植は行っていなかったので、年明けに移植することが決まりました。
年明けて、数回の検査の後に移植日が決まり朝から病院へ行き、コーディネーターさんに、今回移植する胚盤胞(長男)の説明を受けました。
「融解した胚盤胞はハッチング処理する必要もないほど、もう半分飛び出してきてますよ」
「とっても元気で綺麗なタマゴちゃんです」
「可愛いですね」
私はその時、すごく感動したことを覚えています。
普通妊娠が出来ずに、何度も涙してきましたが、IVFでは受精卵の状態からめちゃくちゃ褒めてもらえる!!
人生の中で受精卵を褒められる人なんてそう多くはないでしょう。
普通妊娠できなかったけど、生まれてくる前から、着床する前から褒めてもらえるなんて幸せな子だなぁと思いました。
妊娠中には、里帰り予定だった熊本県を大地震が遅い、国道が土砂崩れで埋まり病院に行けなくなったりして急遽静岡で産むことになったりと予想外なこともありつつ、
生まれる前から褒められまくったその幸せなタマゴは無事に着床し約9か月後に元気に生まれてきました。
男の子二人の子育ては毎日がドタバタでクタクタで、時々茫然としてしまうこともありますが、卵のころから褒められてた子どもを育てさせてもらっていることを感謝しています。