器の呼吸
NHKで放送された番組の感想をつらつらと、うつらうつらな夜ふかしとともにまとめてみたい。
『AI美空ひばり あなたはどう思いますか』
簡潔な説明としてはこんな感じだろうか。
美空ひばりという昭和を代表する歌手がいた。
美空ひばりが亡くなったのは1989年、時代が平成に移ってまもなく。
時は流れて2019年は令和初のNHK紅白歌合戦において、またはその2年前より、AIで美空ひばりの歌声を再現するプロジェクトが始動した。
プロジェクトは2019年9月放送のNHKスペシャルを経て同じ年の紅白歌合戦へ着々と進み、その結果多くの人々に向けてAIで再現された美空ひばりの歌声が届くこととなった。
そしてそれは大きな反響を呼んだ。
そこから今回の番組へと話が戻ってくる。
実際に大きな反響はあったのかは具体的な数字も挙げられずにわからないのだけれども、(正直、noteのハッシュタグはまだまだ掘れる件数ではある)少なくともわたしにとってはビビッドな話題であり感銘を受けた。
一石を投じて、その波紋をきちんと読み解く機会を設ける。
その変化にテレビ世代とネット世代の橋渡しを担う制作者らの意気込みを感じた気がしたのだ。
投げっぱなしや押し付けにはならず、多様な意見を集約した番組を放送していたと思う。
言葉の通り、この番組の視聴後も明確な答えは得られない。
VTR出演した著名人の意見や切り口はばらばらであって、それこそ十人いれば十人分の賛否が発生するテーマなのだと知ることができる。
つんく♂に関する箇所だけは少々踏み込むなあと気に掛けたけれど、後々は概ねしっかり攻めて視聴者のニーズに合わせた作りになっていた。
少なくともわたしは明快さを求めていたわけではなく、色んな意見の集合から、「では、どのように考えるべきか」のヒントを得たかったはずだから、とても満足している。
圧巻は番組の総括部分。
ビートたけしは今回のプロジェクトを有人飛行の初フライトに例えていた。
前のめりになって将来はAIツービートの漫才も見てみたい、ああだこうだのいちゃもんを付けたいのだと照れ隠しでまとめてみせた。
大友良英はAIの脅威と向き合うわたしたちの勝負所を指し示した。
音楽という分野に限っては、それじゃ我々は完全なるAIによって再現された盆踊りを観たいのかと自問自答に活路を見出した。
山口一郎は今回のAIで肝要なのはツールと魂(ソウル)であると解いた。
個人的にわたしの好きな受け売りである「水溶性の魂」とも通じる話だっただろうか、AIに灯る熱量を自分自身にも言い聞かせているようだった。
その面々の後に一つの実例を挙げた人物がいた。
渋谷慶一郎という音楽家。
AIのアンドロイド指揮者と人間のオーケストラ共演プロジェクトを立ち上げたこともある方だそうだ。
彼はその時のアンドロイド指揮者とヴァイオリニストの考察を話していた。
息の合わないミリ単位の相違、その原因は奏者から見える指揮者の呼吸が全く読めない箇所にあるという。
そんな中にも偶然は起こるもので、アンドロイドに上下する肩の運動をプログラミングした途端、ヴァイオリニストは告げた。
これならいける、指揮者が呼吸しているように見えるから、と。
わたしたちは無意識下にある呼吸を忘れがちだけれど、失わずにいるからこうして生きていける。
その息遣いが、血管の伸縮が、神経の伝達が、筋肉の連動が、表情が、発声の一つ一つが呼吸となって、歌声となる。
呼吸とは笑いだ。
呼吸とは驚きだ。
哀れみだ、憤りだ、安らぎだ。
そのことを忘れがちだけれど、失わずにいる。
器の呼吸。
息遣いもプログラムされたAI。
また一歩、人間らしさへと歩み寄る。
ビートたけしの予測どおりにAIの歌声が初フライトから月面の到達まで叶うとき、わたしたちはどんな呼吸をしているだろう。