麻婆拳2 鮮血!首刈りトンカツの逆襲!!
「はーい、クンパオチキンお待ち!」
「お待ちどう、モンゴルチキンとフライドライスだよ、スプーンはあっちね!」
簡素なプレート皿に山のように盛られた料理たちが、カウンターに並べるや否や客に奪われていく。スタンドテーブルでは談笑する老若男女、彼らが語らうのは、今日の映画や地元リーグの勝ち負け。そんな日常の楽しみを語らいながら、湯気を立てる中華料理を平らげていく。
騒がしく活気があり、そしてなにより美味しいチャイニーズダイナー「四川1999」は、いまロサンゼルスでイチ押しの中華料理店だ。オーナーシェフ、マオ・ボーの味付けは、どれも気取らずパンチの効いた料理だとSNSで評判を呼び、いまや二号店の噂が出るほどの人気店だ。
「マーボー3つ、みんな待ってるよ、急いで!」
「オーケーホワジャ! 5分でやってやるさ!」
幼馴染のホール長、ホワジャの声にマオ・ボーは笑いながら中華鍋を振るう。一年半前のトンカツ殺人拳との死闘、そして満身創痍で挑んだロサンゼルス屋台村コンテストでの優勝。彼はこの二つの試練を乗り越え、一年前に「四川1999」をオープンさせ、栄光を勝ち取った。
小柄ながらも屈強な身体が狭い厨房内でてきぱきと動く。中華鍋に火を入れ今作らんとするのは、彼のチャイニーズ【伝統中華料理】を代表する、抜群の辛さと熱さがウリの、四川麻婆豆腐だ。
「ヘイ、マオ。いつまでこんな狭いところで鍋を振るってるんだ?」
マイクが瓶ビールを片手に語りかける。この中年の労働者は、オープン以来毎週末通い詰めた「四川1999」の常連だ。
「焦んなって、そのうちビッグニュース教えてやるよ」
「言うじゃねえか、エンゼルスタジアムに出展か?」
「そりゃあいい。ヘルメットマーボーを売り出したらバカ受けだな」
「マオ、マーボーまだでしょ手を止めないで!」
ホワジャが会話を遮り、マオを厨房に戻す。彼女が怒るのも無理はない。すでに店内は満員以上、さながらモッシュピットのようにごった返している。ホワジャは冷蔵庫から5本の瓶ビールを同時に取り出し、瞬く間に開栓する。ホールに向かえばとびきりの笑顔。短めの黒髪を軽やかになびかせ、料理を待つ客たちにするりと瓶ビールを渡す。彼女もまた一流のホールスタッフだ。
マオもまた彼の料理に向き合う。炒めた挽肉に香味野菜。そして中華伝統の「醬」を加え、じっくりと香りを引き立てる。加える豆腐もよく水切りされた食べ応えのある逸品だ。
彼には夢があった。良い物件を探して、ロス市内に大きな新店を作ろう。新店ができた暁には、ホワジャにプロポーズをしよう。二人で支え合い、ロサンゼルスで一番の中華料理店になろう。もうマフィアの小間使いも、抗争もいらない。彼の身体に染み込んだ暗殺拳、チャイニーズ【伝統中華料理】を振るう必要もない。俺とホワジャ、二人でロスで成功を掴むんだ。そんな夢が膨れきったところで、ロス一番の麻婆豆腐が出来上がった。赤くあかく、辛く熱く、とびきり美味い麻婆豆腐が。
しかしその夢は、いまここで崩れ去った。
「はいマーボーお待ちど、お…………えっ?」
マオ・ボーは突然のことに立ちすくみ、ロス一番の麻婆豆腐を床にぶちまけた。麻婆の赤が床と調理服を染め上げた。
麻婆豆腐だけはマオ・ボー自身が配膳するのが彼のポリシーだった。そのポリシーが、これから始まる地獄を見せつける事となった。
鮮血。
目の前のマイクの首が切り裂かれ、血飛沫が舞う。気さくなツィードのジャケットも、よく手入れされたブーツもすべて。紅く……鮮やかな噴水が降りかかる。
鮮血……鮮血!……鮮血!!
マイクだけではない。いまここにいるあらゆる客が、ホールにいるすべての老若男女が、喉を真っ二つに切り裂かれ絶命していくではないか!
マオ・ボーはあまりの衝撃に膝をついた。
床に広がる赤々とした麻婆豆腐が、より鮮やかな赤い血飛沫で塗りつぶされる。
息絶える客たちの喉から、なにかが勢い良く飛びでる。あれは……何だ! こんがりと焼けた狐色の物体、鋭く飛びでるカリカリのブレッドクラムズ! 口内をズタズタに切り裂く油で揚げた鋭利なパンの屑!!
ああ、ああ……これは!
噛み締めるほど沁み出る豚肉の旨味! 歯切れのよいカリカリのパン粉! 極東より伝来せしジャパニーズ【伝統日本料理】!!
「……トンカツ殺人拳!」
「憶えていたか、クソチャイニーズ」
白い男が音もなく現れる。飛び散る血飛沫の中で、シミひとつない白装束は、赤黒く染まる店内で一人、驚きの白さで輝いていた。
何にも染まらない純白の調理着は、まさしくジャパニーズ【伝統日本料理】の戦闘服。その黒き目は高く吊り上がり、この世のすべてを憎むかの如く、憤怒の表情を浮かべていた。
「ロース……ロース・カツ! ばかな、やつは死んだはず!!」
短く刈り上げた短髪、丁寧に剃り上げた口元。かつてロスの貧民街の奥底で死闘を演じ、己れの信念に殉じたジャパニーズ【日本伝統料理】の使い手、ロース・カツそのものではないか!
「兄貴と……一緒にするな!!」
しかし男はロースの名を耳にした途端に怒り狂い、マオ・ボーへ小ぶりなトンカツを投げつける! 荒々しくも正確なサイドスロートンカツがマオ・ボーの身体をざく切りにせんとする!
マオ・ボーは直ちに血と麻婆で染まる床に這い、床を転がり距離を取る。コカコーラの並ぶガラス冷蔵庫が金切音を上げ、ざくざくと切り刻まれる。マオ・ボーはショックに苛まれながらも、長年の修行を経た屈強な身体が危険を回避した。しかし彼の頭脳は、あまりの事態を受け入れられずにいた。彼の脳内で思考がめぐる。
我が四川1999……マイク、今日の客たち……ホワジャ……愛すべきホワジャ…………彼女はどこに……いやまずは……目の前の暗殺者を、どうにかせねば!
「ハァ! 避けやがったな。これならどうだ!」
男の更なる投擲、左右同時モンゴリアントンカツスロー! 絶体絶命のクロスファイア! 2枚の鋭利な殺人トンカツがマオ・ボーを襲う!!
「こんな……ものォ!」
マオ・ボーはカウンターに並んだ小型中華鍋を取り出し、山盛りの料理を投げつける! ショットガンシュリンプ!! ニンニク香る粒揃いのエビを何匹もトンカツにぶつけ相殺! 返す刀で目前に迫る2枚目のトンカツを中華鍋ではたき直前回避!
なんたる豪快な動き! これが火の魔術師と呼ばれた男、マオ・ボーの暗殺拳チャイニーズ【伝統中華料理】!!
「おれはマオ・ボー! 偉大なる四川のボーの血を引くチャイニーズ【伝統中華料理】!! おまえは誰だッ! なぜここに来たッ!」
その姿はもう新進気鋭の料理人ではない。血に染まり小型中華鍋を構えるその姿は、ロスの中華街で密かに伝わってきた、罪深き暗殺拳の使い手のそれである!
「ははッ……なぜここに来た、か」
対する男は一転。憤怒から愉悦の表情を浮かべる。マオ・ボーの殺意をものともせず、つかつかと歩を進める。床全体に鮮血が塗れているにもかかわらず、その白装束に一滴たりとも血痕は見当たらない。むしろ死者の血が男から離れようとするかのように。
「……復讐に決まってんだろ、クソチャイニーズ」
そしてまた、再び男は表情を変える。愉悦から怒りへ。一歩一歩進めるごとに、怒りから憤怒へ。男の足元から湯気がたつ。煮えた油の如く、死者の血が湧き上がる!
「おれはヒィレ、ヒィレ・カツ。死せるロース・カツの弟、江戸浅草の風雷が育てしジャパニーズ【日本伝統料理】!! 言っておくがな、おれはロース兄貴みたいに甘くはないぜ……!」
(続かない)
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