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カゴメ・カゴメ・スーサイドバタフライ

こんなにも暗い夜は初めてだ。
地下8階の底の底、人が遺棄した洞穴の底。XY軸方向に延びる、地下鉄という暗礁地帯。
初めて立つDESの外の世界は、湿気と塵埃にまみれていた。

こんなにも深い夜は初めてだ。
広域光条の輝きも、東京市民のIDも。手にあるものすべて通じぬ、地下鉄という汚染地域。
区民課にまわされて初めての仕事が、最後の仕事になろうとしていた。

肺が痛む。曝露し、侵された呼吸器が悲鳴をあげる。
アイボルトは尽き、屈折機器は用を為さず四肢を掴む。もはや成すすべのないおれを、湿った凪が、冷たい闇が、細く長い指が、たしかに包む。

こんなはずじゃなかった。
市役所職員として、共に学んだ友人たちと、清潔で安全な生活。
それが、どうだ?
逃げ場のない地下で最後を看取るのが、こんな見窄らしい少女だなんて。

燐光が灯る。か細い爪が頬をえぐる。耐光線ゴーグルごしに視野がブートし、赤青にトンネルが像を描く。泡のように不確かなトンネルを。

赤青の蝶がはばたく。淡い光がまばらに舞い、鱗粉が残像を産む。電線蝶と燃料蝶。世界の夜を再定義した二匹の蝶。
赤と青の群れが、おれと、痩せこけた少女を不確かに照らす。

ああ、おれはもうすぐ死ぬんだ。痩せた少女に抱えられ、為すすべもなく。
それなのに、おまえはなんだ。独りで何もできない癖に、なぜおれを掴む。ひどく、痛むほどに。

その細い腕で何ができる?
その傷ついた指で何ができる?
その擦りむいた膝で、汚れた服で、みだれた髪で、輝く目でなにが……おい、それはなんだ。

痩せこけ、窪まった眼が輝く。
虹彩の外周をたどる赤き円環と青き円環。二色の眼差しが、つよく紫に照らす。
その輝きはこの世を焦がす強い意志。闇を燃やし夜を照らす新時代の目。
いまおれは見た。光を見た。
この世界を覆う、断絶の蝶を焼きつくす……絶対の光を。

(続く)
#逆噴射小説大賞2019 #ビールメタル

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