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8ml、5,258円。

小さい頃、国際線に乗る度、香水の有無を聞かれることが不思議で仕方がなかった。

隣に座る母に、香水の量を申告する意味を問うたのはいつだったろうか。
気づいた時には「香水=結構価値のあるもの」という認識だった。

ザ・香水みたいな甘い香り(私はこれを「国際線ターミナルの匂い」と呼んでいる)が得意じゃなかったこともあって、買うのはいつも柑橘系のボディミストだった、何となく遠巻きに見ていた香水屋さん。

ドイツ留学中のケルン一人旅で「オーデコロン」がケルン発祥なのだと知った。
「Eau de Cologne」を訳すと、「ケルンの水」。香水の中でも香りが優しめで、持続時間も短いから初心者向き。値段も買えるくらい。
お土産にといくつか香水屋さんを回って、端的にハマった。

でもマメじゃないからやっぱり朝つけたらそれで終わりで、付け直すことはおろか入れ替えて持ち歩くこともあまりしない。
練り香水やらボディミストやらが使い切られぬままぎゅうぎゅうになっていくコスメボックスの横に置いた箱。

これ以上使わないもの増やしてもなあ、と思ってはいたのに。

人はストレスが溜まったら何をするか。
私はどうもお金を使って解消する傾向にあると、使えるお金が増えた頃に気づいた。

「あ、だめだ香水欲しい」
そのままTwitterを開いて「金木犀 香水」で検索。こういう季節ネタはTwitterが一番早い。
そして出会ってしまった。
新宿LUMINE1。ヨドバシカメラに現像を出しに行った帰りに日差しを避けるために入るだけの、身の丈に合わない価格帯の建物。駅に抜けるために入るドアの近くに、綺麗な瓶の並ぶ香水屋さんがあることは知っていた。
高級感あふれる見た目に気後れしていつも通り過ぎるだけだったのに、たまたま「ここの10番本当に金木犀だから」というツイートを見つけてしまったから。

下北沢から新宿までのわずか14分の間に「なんか香水欲しい」が「これを買わねばならない」までいった。
バイトに間に合う電車に乗るために、寄り道できる時間は15分。

急ぎ足で飛び込んで、試させてもらって、「1、2時間後がピークで金木犀みたいな香りになりますよ」と教えてもらった。
その日は他にも試させてもらったいろんな香りをつけてバイトに行って、次の日また行って、買った。

8ml 5,285円。

たっか。
1万円以上する香水だってざらにあるが、この要領でこの値段は多分ちゃんと高い。
「水じゃなくてオイルなので、毎日使っても半年はもちますよ!」と言われたけど、それでもやっぱ高い。
しがない大学生にこれは不相応では?と思わないでもなかったが、箱から出して眺めてみたらうっかりにこにこしてしまった。
ちょっと強くなれるような、微笑みの余裕を持てるような、そんな気がしてしまう。

歴史の中ではお風呂に入っていない香りをごまかすためのものだった香水。
でも、「自分に自信をくれるもの」という価値は今も昔も変わらない。

飛行機で持っているか聞かれるほど価値があるものなのかとずっと不思議だった。
きっとあの頃の私にこの瓶を見せても興味を示さないだろう。

天真爛漫で無邪気で、優劣の概念も、自分の価値を疑うことなんて知らない子どもにはきっと必要ない。プリンセスのドレスやアクセサリーのように、わかりやすく身に纏うものでもない。おとぎ話からは香ってこない。

でも、大人になった私には。
現実の中で真っ直ぐ立つための力をくれる、たっかい水(オイルだけど)。

意味がわかるようになったばかりか、そこに自分もお金を払うようになったか、と。
今度国際線に乗るときは、申請の必要がないくらいの量を買って、にやにやしながら「該当なし」にチェックをつけたい。

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