【HSP録④】だから僕は会社員をやめた〜適応障害発症そして休職へ〜
こんばんは。
今日も読んでいただきありがとうございます。
たまに「なんでこれ(HSPとか適応障害の投稿)書いてるんだろう」って考えることもあるんですけど、
まあ今日も書いていきます。
今回は前回の続きですが、特に前回の読んでなくても支障はないんじゃないですかね?
(一応貼っとく。)
ざっくりおさらいすると、新人で初めて配属されたのがパワハラ上司と2人のプロジェクトで、ストレスでだんだん動悸や吐き気がやばくなってきたって感じです。
今日はその続き。(今日も1000文字まで書きます)。
止まらない動悸と吐き気、そして自殺願望
プロジェクト配属から1ヶ月で、上司のパワハラもエスカレート。
それと比例して、僕の心と身体もおかしくなっていきました。
まず朝に電車で会社に向かってる時の鬱感がやばかったですね。
「あーこの電車事故って、ここにいるみんなで死ねたらどんだけ幸せなんだろう」
って本気で考えてました。
会社について就業が始まったらまた動悸がおかしくなるし、定期的にくる吐き気もあったので、ひどい時は1時間に一回くらいはトイレに駆け込んでました。
そんな感じで割と死にそうになりながら日々を過ごしていました。
ですが、パワハラ上司はもちろん、他の社員も気づいていなかったのか、見て見ぬ振りをしていたのかわかりませんが、特に心配されてたとかはなかったですね。
(自分の身は自分で守らないといけない。)
夜は夜で自殺のやり方をググって、どうやったら痛みなく死ねるのかを考えてました。
もう限界、消えて無くなりたい
そんな感じで日々を過ごしていると、記憶も飛び飛びになり、正常な判断力は無くなっていきました。
かなり強い抑うつ状態の中をさまよっていました。
今でこそ冷静に振り返ることができますが、当時は
「この苦しみから解放されるには死ぬ以外にないのかもしれない」
という選択肢しか考える余裕がありませんでした。
休職の決め手となった出来事
そんな感じを1ヶ月くらい耐えた後、ある日いつもの様にパワハラ上司からの公開説教が始まりました。
その日はいつもより機嫌が悪かったのか、
「正確に言ってくださーい」の10連コンボを浴びながら、
吐き気を我慢して立たされていました。
30分くらい経過した時に頭の中の何かがプツッと切れた感覚がありました。
(「あ、もうだめだ」)
そこからの記憶はあまり鮮明ではありませんが、家に帰ってから突っ張り棒にタオルを巻いて、首を吊りました。
しかし、突っ張り棒が外れて転げ落ち、死ぬことはできませんでした。
今日はここまで
あー、今日は休職までたどり着けませんでした。
なんか内容がセンシティブなだけに、共感性が強い方がこれを読んで落ち込んでしまったら申し訳ないなと感じました。
でも、これは4年前の出来事だし、僕は今はめっちゃ前向きに生きられています。
だからもし、「今にも消えて無くなりたい」と考えている方が奇跡的にこの記事にたどり着いてくれたら、1つだけお願いがあります。
どうか死なないでください。
逃げてもいいので、生き延びてください。
そしていつかまた元気になったら、一緒にたたかいましょう!
以上です。また次回!
ではでは!