【質の高いケアを実現】認知症ケア研修:基礎知識、実践、家族連携、倫理まで網羅(全5章)②
第2章「心を通わせるコミュニケーション術」
はじめに
第1章では、認知症という病気の基本的な理解を深め、利用者様への尊敬と尊厳の重要性を確認しました。この第2章では、その土台の上に、認知症の方とより深く心を通わせるための実践的なコミュニケーション術を掘り下げていきます。
認知症の進行に伴い、言葉によるコミュニケーションが困難になることは避けられません。しかし、コミュニケーションは言葉だけではありません。表情、声のトーン、身振り手振り、そして何よりも大切な「つながろうとする気持ち」を通じて、私たちは深いレベルで関わることができます。
この章では、認知症の方とのコミュニケーションにおける課題をさらに詳細に分析し、その背景にある心理的な要因を理解します。そして、具体的なコミュニケーション技術、非言語的コミュニケーションの活用、そしてご家族との連携を通じて、利用者様一人ひとりの心に寄り添い、より質の高いケアを提供するための知識とスキルを習得することを目指します。
1.認知症の方とのコミュニケーション、より深く理解するための課題分析
前章で触れたコミュニケーションの課題を、さらに掘り下げて考察することで、より効果的な対応策を見出すことができます。
(1) 同じことを何度も繰り返す(保続)
課題: 単なる繰り返しにとどまらず、背景にある心理的な要因を理解する必要があります。
詳細な背景:
不安や混乱: 見慣れない状況や変化に対する不安から、安心を求めて同じ質問を繰り返すことがあります。「今からどこへ行くの?」という問いかけは、見通しの立たない状況への不安の表れかもしれません。
記憶の固定化: 直前の記憶が失われやすく、過去の記憶に頼ろうとする結果、同じ話題や質問に戻ってしまうことがあります。
注意の持続困難: 会話に集中することが難しく、話の流れを追えずに同じ質問を繰り返してしまうことがあります。
コミュニケーション手段の限定: 言葉での表現が難しくなり、最も慣れ親しんだ質問やフレーズを繰り返してしまうことがあります。
より具体的な解決策:
安心できる言葉かけ: 「大丈夫ですよ、〇〇さんと一緒ですよ」「〇〇さんは安全な場所にいますよ」など、安心感を与える言葉を添えましょう。
状況の説明: 「今から〇〇へ行きますよ。〇〇をする予定です」など、これから起こることを具体的に説明し、見通しを持てるようにサポートしましょう。
五感に訴える情報提供: 言葉だけでなく、カレンダーを指差したり、外出の準備を見せたりするなど、視覚的な情報も組み合わせることで理解を促します。
注意をそらす工夫: 繰り返しの質問が続く場合は、好きな音楽をかけたり、一緒に簡単な作業をしたりするなど、意識を別の方向へ向ける工夫をしてみましょう。
(2) 話の内容がまとまらない、理解しにくい(錯語、滅裂思考)
課題: 断片的な言葉や意味不明な発言の背後にある感情を理解することが重要です。
詳細な背景:
言語機能の障害: 言葉を選ぶ能力や文法的な構造を組み立てる能力が低下している可能性があります。
思考の混乱: 思考の流れがスムーズでなく、関連性のない事柄が混ざり合ってしまうことがあります。
感情の表出: 言葉ではうまく伝えられない感情(不安、寂しさ、怒りなど)が、断片的な言葉や叫びとして表出することがあります。
より具体的な解決策:
感情に焦点を当てる: 言葉の意味を理解しようとするだけでなく、「何かご心配ですか?」「寂しい気持ちですか?」など、相手の感情に寄り添う言葉をかけましょう。
非言語的なサインを読む: 表情、声のトーン、身振り手振りに注意を払い、言葉以外のメッセージを読み取るように努めましょう。
肯定的な解釈: 意味不明な発言であっても、否定したり無視したりせず、「何か伝えたいことがあるんですね」「お話しようとしてくれているんですね」といった肯定的な姿勢を示しましょう。
想像力を働かせる: 断片的な言葉や状況から、相手が伝えたいこと、感じていることを想像してみましょう。完全に理解できなくても、理解しようとする姿勢が大切です。
(3) 興奮したり、怒り出したりする(BPSD:行動・心理症状)
課題: 感情の爆発の背後にある満たされないニーズや過去のトラウマを理解する必要があります。
詳細な背景:
生理的な不快感: 痛み、空腹、便秘、睡眠不足などが原因でイライラすることがあります。
環境への不適応: 騒がしい場所、眩しい光、急な変化などがストレスとなり、興奮を引き起こすことがあります。
自己肯定感の低下: うまくできないことに対する frustration や、周囲からの否定的な反応が怒りにつながることがあります。
過去の経験の再燃: 過去の辛い記憶やトラウマが、特定の状況や言葉をきっかけに呼び起こされることがあります。
より具体的な解決策:
原因の特定と除去: まずは生理的な不快感を取り除く努力をしましょう。環境要因を見直し、落ち着ける空間を提供することも重要です。
安心できる環境の提供: 静かで落ち着ける場所へ移動したり、好きな音楽をかけたりするなど、リラックスできる環境を整えましょう。
パーソナルスペースの尊重: 興奮している時は、無理に近づかず、ある程度の距離を保ちましょう。
言葉による鎮静: 「落ち着いてくださいね」「大丈夫ですよ」といった優しい言葉かけは、安心感を与えます。
具体的な行動による鎮静: 手を優しく握ったり、肩にそっと触れたりするなどの身体的な接触が、落ち着きを取り戻すきっかけになることもあります(ただし、相手との関係性や状況を考慮する必要があります)。
記録とチーム連携: どのような状況で興奮しやすいのか、どのような対応が効果的だったかを記録し、チームで共有することで、より個別化された対応が可能になります。
(4) 返事が曖昧、反応が薄い(無為、緘黙)
課題: 反応の背後にある意欲の低下や抑うつ状態を見過ごさないことが重要です。
詳細な背景:
意欲の低下: 認知症の進行に伴い、意欲や関心が低下することがあります。
抑うつ状態: 認知症に伴って、うつ病を併発することがあります。
情報処理の遅延: 質問を理解したり、言葉を選んで返事をしたりするのに時間がかかっている場合があります。
過剰な刺激: 周囲の騒がしさや、立て続けの質問など、過剰な刺激によって疲弊している場合があります。
より具体的な解決策:
時間をかけて待つ: すぐに答えを求めず、ゆっくりと時間をかけて返事を待ちましょう。
オープンな質問を避ける: 「今日はどうですか?」のような抽象的な質問ではなく、「今日は何かしたいことはありますか?」「何かお手伝いできることはありますか?」のように、具体的な行動を促す質問をしましょう。
肯定的なフィードバック: わずかな反応や言葉に対しても、「ありがとうございます」「教えてくれて嬉しいです」など、肯定的なフィードバックをすることで、相手の意欲を引き出すことができます。
無理強いしない: 反応がないからといって、無理に話させようとしたり、行動させようとしたりするのは避けましょう。
専門家への相談: 抑うつ状態が疑われる場合は、医師や専門家への相談を検討しましょう。
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