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アンチフリマアプリ


気がついたらもう皐月も過ぎ去る。あっという間に交流戦。気がついたらオールスターが目の前。


ポメラを触る時間がない。大学生は忙しい。アイディアはたくさんあるからノートに書き殴っている。それが物語として象られる日は来るのだろうか。


練習に全く集中できない。練習室に籠もっても練習にならない。音符が頭に入ってこない。どうしたものか。割り切って家に帰って早く寝たところでリフレッシュにもならない。髪を切って気分転換でもしようか、と思ってもホットペッパーを開いて終わる。それなら鍼でも。相変わらず左半身は終わっている。そもそも本の買いすぎでお金がない。その本を読む集中力もない。ただ積み上がっていくだけ。今に始まったことでもないが。


コロナ禍が始まった頃、部屋の片付けをした。不要品を某フリマアプリを使って売った。そこから物を売り買いする生活が始まった。

機材が多かっただろうか。イヤホン、オーディオインターフェース、MIDIキーボード。ベース本体や、エフェクター、アンプ。パソコン関係の機材、服や雑誌まで。様々な物を売っては買った。

お金を使うことを躊躇しなくなっていた。

「気に入らなかったら売ればいいや。」

買って、届いて、気に入らなかったらその箱のまま売りに出したことも何度もあった。

本当は大切だったはずのものも、気づいたら手元から無くなっていた。気づかぬうちに無くしてしまったものがたくさんあった。

初めて自分で働いたお金で買ったウォークマンも、長いことバイト代を貯めて買ったベースも、中学生の頃親にねだって買ってもらったヘッドホンも。お気に入りだったはずの洋服も。何もかも。気がついたら、おれの手元には何も残っていなかった。大切なものを全て無くしてしまっていた。

売り買いをするようになって数年経ったある日、購入者にいちゃもんをつけられたのが嫌になりアカウントを消した。


もう、おれには何も残っていなかった。

楽しかったはずのバイトも辞めた。大学も通えなくなって辞めた。好きだったはずの人も、お金も、友達も、大切だったはずのものも、全て無くしてしまっていた。敢えて持っているものを挙げるとするのなら、病気と猫くらいだろうか。

ずっと部屋に籠もってアニメを見ていた。他に何もできなかった。何も考えることができなかった。


不意に部屋の片隅に目を向けると、目が合った。満身創痍のコントラバス。

一人暮らしをしていた部屋に置きっぱなしだった。表板が割れていた。ソケットが膨張してエンドピンが動かなくなっていた。駒も反っていた。昔は、もっと沢山楽器があって賑やかだったはずなのに、今はひとりぼっち。なんだか申し訳なくなって修理に出した。10万弱取られた。泣いた。

引き取りに行った日、元々付いていたエンドピンがケースの中に見当たらず、尋ねたら「え?いるの?」的な反応をされた。必要です、と答えたら店の奥をがさがさ探して持ってきた。もうここには来ない、と思った。高校生の頃わざわざ買った物だったから、簡単に処分されては困るのだ。他人から見ればゴミなのかもしれないけれど、おれにとっては大切なものだから。大切なものなんて、そんなものでいいのだ。

おれのコントラバスは安物だ。もっと上質なものなんてごまんとある。鼻で笑われてしまうような楽器かもしれないけれど、おれにとっては大切なもの。それでいい。


エレキベースが手元に無くなってしまったから小銭をかき集めて買い直した。もう失いたくないから、と思ってクセのないフェンダー・ジャズ・ベースを買った。今でも全く出番がない。


半月ほど前、コントラバスを修理に出した(またかよ)。代わりに学校の楽器を借りた。ジストニアが爆発した。痛み止めを飲んでいるはずなのに、左手が痛くて弾けなかった。尋常ではないほど痛くなってしまった。諦めて合奏の授業はエレキベースを使った。

退院して、弾いた。あら不思議。痛くならない。痛くなっても薬さえ飲めば問題なし。そもそも弾けなくなるほど痛くならない。このコントラバスと少しは仲良くなれた証拠かな、と思った。そんなことないのだろうか。


7年ぶりに野球のチケットを買った。勝てるといいな。楽しみ。

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