御茶ノ水は「ぼっちざ少年少女」の憧れに溢れていた話。
年の瀬の昼下がり。
ここのところ歯科治療に多額の金を貢いでいるため、将来が少々心配になるほど懐が寂しい。が、寒い冬を暖めるように、少しずつ財布の中の札が厚みを取り戻してきたので、俺はかねてから気になっていたエフェクターを探しに御茶ノ水(オアシス)へと向かおうと思い立った。
着いた。楽器屋はいつ来ても心躍る場所だ。
手始めにイシバシ楽器に入店。
(うへぇ。あのギターが家にあったら、1ヶ月くらいは定時ダッシュするな。)などと、ふらふらと店で適当な妄想に耽っていた時だった。
中学生くらいの男子が、例の黒のレスポールを恥ずかしそうに指差し、店員に指示を出していた。店員はそれを手に取りチューニング。男子はまたもや恥ずかしそうに、居心地悪そうに、その様子を眺めて固まっていた。
やれやれ。けいおんブームの再来だ。
「ぼっち・ざ・ろっく」というアニメはご存知だろうか。友達のいない女子高生がバンドを組むという、いわゆる青春軽音アニメだ。そのヒロイン(ぼっちちゃん)がもっているギターが黒のレスポールだ。
実は俺も友人に勧められて見てみたが、まんまとハマってしまい、最終回では少しだけ泣きそうになった。少しだけ。
あれをみてバンドがしたくならない人いる?
…ともかくこういうシチュエーションに俺は弱い。
何というのか、共感性羞恥というのか。自分もこういう経験を何度もしてきたから、その子の気持ちがダイレクトに伝わってくる。
「分かるぞ。少年。俺も欲望に対して遠回りをしてしまうタチだから。」
欲しいものはすぐそこにあるのに、遠回りを何度も何度もしてようやく辿り着いた先で、恥ずかしながら勇気を出して手に入れる。きっと君もそうだったんだろう。
何とも言えぬ気持ちになったため、そそくさとぼっち少年のいた店から出て次の店に入るも、今度はぼっち少女とエンカウント。親御さんは退屈そうに黒のパシフィカを持っているぼっち少女を眺めている。
(パシフィカはぼっちちゃんがアニメ最終回に買ったギターだ。)
ギターは触ったことがあるのだろう。覚えたての拙いコードで懸命に奏でるその音は、ぼっちちゃんへの憧れを示していた。
またもや何とも言えぬ気持ちになったが、少女の憧れに聞き耳を立てて、所狭しと並ぶ機材を見ているふりをしていた。
ここでようやく俺は俺の本来の目的を思い出した。
「そうだ。俺はエフェクターを買いに来たんだった。」
その子のためにも俺は「ぼっちざろっくって何ですか?」とでも言いそうなベテランを装い、ぼっち少女に気づいていないふりをし、俺も俺の欲しいものを探そうとふらついていると、ついさっきまで聞き耳を立てながら見ているふりをしていた機材の中に、それは紛れ込んでいた。まったく見えていなかった。
ぼっちざ少年少女に負けないよう、勇気を出して店員に声をかけ、一通りの試奏と機材に関してのコミュニケーションを行い、「これください。」と言うことができた。魂の分割10回払い。現状の懐と数ヶ月先の懐を見据えられて偉い。
手に入れたのは「Ampero Ⅱ Stomp」
性能や音は調べ尽くし、自分のペダルボードに「イマジナリーエフェクター」として既に組み込んであったので、現実で手に入れても「買っちった」感はあまりない。だってイマジナリーでは既に手に入れてたから。
店を出て電車に乗り、家路を辿っている時に今日のことを思った。
きっとぼっちざ少年少女も、イマジナリーではぼっちちゃんになりきり、黒のレスポールやパシフィカを弾いていたであろう。
だがいいかい。ぼっちざ少年少女よ。
「だれかを崇拝しすぎると、ほんとうの自由は、得られないんだよ。」
と、ムーミン谷のスナフキン氏がおっしゃっているように、君はぼっちちゃんではない。ぼっちちゃんへの憧れという枠を超えて、手にしたそのギターのことを好きになってほしい。そうすれば今日までは知る由もなかった出会いが未来できっと待っているよ。
いろんな音楽や人に出会って、ほんとうの意味でギターが好きになった頃には、ほら、君も憧れのぼっちちゃんのように、誰かのギターヒーローになれているよ。
まだ寒く長い冬。かじかむ指で今日もギターを細々と弾いています。
暖かさがもどる春先に、行き場を無くしたギター達が店頭に溢れかえることがありませんように。