笑う動物たちに癒やされた日々
仕事に悩みモヤモヤしていたとき、癒やしを求めて動物園に通ったことがある。ふだん目にすることのない非現実的な動物が集められた動物園は、目の前の現実と向き合えなかった私にとって、格好の避難所だった。
自然に近い形で作られた園ほど、癒やし効果が高かったように思う。
私がほぼ月イチのペースで通っていたのは、自宅から電車で1時間ほどだった多摩動物公園だ。起伏の多い広々とした山林に、「アフリカ」「オーストラリア」など出身地別にグループ分けされた動物たちがいた。
動物と観客の間がオリではなく、コンクリート製の深い堀で遮られているため視界が広く、ストレートに動物を見ることができた。動物のほうもこちらがよく見えるのだろう、ヒトに関心を示すものが多かった。
個性的な動物がたくさんいた。まずアムールトラ。特にメスのシーちゃんは華やかなスター性があって、やんちゃ。カメラを向けるとよくポーズをとってくれた。キッとこちらをにらんだかと思うと、長い舌をぺろんと出して大あくびをしたり、端正な横顔をこちらに向けて遠い目をしてみたり。
見ていて飽きない。
岩の斜面を利用した放飼場には小さな池が設けられていて、暑い日はそこで水浴びをする姿も見られた。勇猛果敢なトラがしずしずと水に入り、「いい湯だな♪」とばかりに目を閉じてじっくりつかる。面白いったらなかった。
2013年に登場したモウコノウマも、見られている感覚に敏感で、じっと見ていると、こちらをそっと見返す個体が多かった。私のお気に入りは、体色が薄くておとなしく品のあるメス、Pちゃんだった。園に行くたび長時間見とれた。
その視線があまりにねちっこかったのか、一度群れのオスに威嚇されたことがある。頭を低くしたまま、つま先で地面を強く蹴りながら、私のほうへずんずん突進してきたのだ。
私は柵の外側だから安全なのだが、荒ぶるオスは柵にぶつかりそうだ。と、そこへPちゃんが来た。彼女はオスと柵との間にサッと割って入り、オスの肩に鼻をこすりつけるようにしてなだめ、オスを押し戻したのだった。
驚いた。私にはとてもできない芸当をさらりとやってのけたPちゃんに感心した。
正面からしっかりと目を合わせてくる動物もいた。オスの体が金色に輝いて美しいゴールデンターキンだ。ある日の雨上がり、群れの中で最も大きいオスが、私に目を据えたまま鼻の穴を広げ、ふぉーふぉーとにおいをかいだ。そばにいたメスとそのコドモも我も我もと加わり、あっという間に3頭がアタマをすり寄せ、ふぉーふぉーとなる事態に。
なかなかやめない彼らを見て、いったいどんなにおいが私から放たれているのか、気になって仕方なかった。
動物園通いは数年続いた。園にいる間は何も考えなかったし、帰宅してからは園で撮りだめた写真のチェックに余念がなかった。
そんななか、私の仕事に対する意欲は次第にしぼみ、新天地を求める気持ちが育っていった。
そして、私は仕事を辞め、東京を離れた。
それからもうだいぶたったが、動物たちのことは今もよく思い出す。私がいようがいまいが、淡々と満ち足りて毎日を過ごしているであろう彼らを。