ひとりで作る、一人前ごはんの楽しみ
私はひとり暮らし歴40年余り。年季が入っているわりに料理はぜんぜん得意じゃない。でも、自分のごはんを作るのはすごく楽しい。誰にも文句を言われず、自由に好きなだけ作って食べられるのがうれしいのだ。
子どもの頃、家族で食べる食事は私にとって苦行だった。威圧的で口うるさい父と向かい合って食べなくてはならなかったからだ。「いただきます」を言ってから、「ごちそうさま」を言い終えるまで、気が抜けなかった。
父は「ひざをくずすな」とか「ひじをつくな」とかの小言をいうより先に身を乗り出して、父専用の大きな箸で私のアタマを叩いた。箸の太くて重いほうを先にして持ち替え、勢いよく振り下ろすから痛かった。
食べ残しても怒られるので、おなかいっぱいでも口の中に詰め込んで食事を終わらせ、台所でこっそり吐き出したこともある。
早く好きなものを自由に食べたい--。
その夢がかなったのはひとり暮らしを始めた18歳のときだ。おさんどんをしたことのなかった私は、何をどう食べればいいかわからなかったが、知りたいとも思わなかった。関心がなかったのだ。
ひとり分なのだから、と言い訳しつつ、買い食いばかり。菓子パンや調理パン、植木鉢サイズのカップに入ったアイスクリームなどをたっぷり食べた。実家では食べられなかったものだ。ときどきバナナやリンゴなど、そのまま食べられる果物もプラスした。幸せだった。
野菜はそのままかじれるキュウリや、炒めるだけでOKの冷凍ミックスベジタブルくらいしか買わなかった。私は記憶にないのだが、叔母が私のアパートを訪ねたとき、私はキュウリを炒めていたらしい。それを聞いた姉は「いくらなんでもキュウリを・・・ハハハ」とけっこう長い間、私を笑っていた。
そんな私が料理好きに変身したのは、友だちに「黄金比率のたれ」を聞いてから。しょう油1、みりん1、酒1に対し、砂糖を適宜足すだけ。このたれでタマネギと鶏肉を煮て卵でとじ、ごはんにのせると世にもおいしい親子丼になる。豚肉や牛肉にも合うし、野菜や魚の煮物もこれで作れるので、おかずの幅が広がった。
パンと違って胃にもたれやすいお米は敬遠していた私だったが、丼物を作るためにごはんを炊くように。ごはん食だとパン食よりも多くの食物繊維がとれるせいか、お通じが良くなった。
今は朝食セットを考えるのが楽しい。卵は目玉焼きか炒り卵か。添えるのはハム、ベーコン、はたまたウインナーのどれにするか。
トーストは、マーガリン→ケーキシロップ→シナモンシュガーの順でのせるシナモントーストがブーム。甘さとかすかな塩味がかなでるコク。そして、鼻先をかすめるシナモンの香りが、邪気を払ってくれそうで爽快なのだ。
昼・夕食のおかずはひき肉だ。丸めてミートボールやハンバーグにしたり、餃子の皮で包んだり。ピーマンに詰めるときは片栗粉を混ぜると、ふんわり焼けると同時に、しっかり詰まった感が出ておいしいこともわかった。
気分の改善にも役立つようだ。材料をサクサク刻んだり、シャカシャカ混ぜたり、ジュージュー焼いたりするのに集中していると、心が軽くなってきて嫌なことに振り回されなくなる。できたてをほおばれば、元気も出てくる。
だから私は今日も、ごはんのメニューを検討中。「何にしようかな」と考え始めたところから、楽しさは始まっている。