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ある生物達の物語 〜黒連月編①〜
ご挨拶 ~黒蓮月の物語~
机の上にあった紫色の小瓶が風でころころと転がって床に落ちた。
開いた窓から虫の音が微かに聞こえ、月明かりが差し込み、スゥーと冷たい風が吹くと思い出す事がある。
あの日、あの人に会わなかったら今こうして此処にはいない。
そして、あの人はもういない。
仕事を終えたこの夜長に小さい頃の思い出を書き留めようと思います。
母の記憶
私が産まれてきたのは初夏だったように思う。
覚えている最も古い記憶は、まぶしい日差しで鼻がくすぐったくなるような日に薄ぼんやりとした視界の中、菫色の瞳がキレイな母親が私を見つめ優しく背中を撫でてくれたこと。時々、子守唄のような歌を私たちに歌うように話しかけたこと。私の他にも兄弟か姉妹がいたこと。
「三日月の夜に生まれた若草と菫の子は素敵な子
月見草の咲く原っぱで満月の夜に歌うと
お願い事がひとつ叶うわ 覚えておいてよい子たち」
母の声は柔らかく優しく響き、子守唄は可愛いメロディーだった。
たまに誰かが訪ねてきていた。
仲が良さそうだったので母の友達だと思っていたけれど、後になって母より少し年上のおばさんだと分かった。
母は産後の肥立ちがあまり良くなかったのか誰かが運んでくれたご飯を食べていた。私は誰かが運んでくれたミルクを飲んでいた。
ある日、少し動けるようになった私たちに母が
「ちょっと待っててね、良い子たち。この場所から離れないで静かにね。」
と部屋を出て行った。
今思うと、外から大きな音が聞こえることが多くなり、ここから移動してもっと良い寝床を探しに行こうとしていたのかも知れない。
母が出ていった後、私は部屋の隅に置いてある木箱に登って遊ぶことにした。
ピョンとジャンプして木箱に登ると少し高い壊れた窓から真昼の月と青空が広がっていた。外の世界はどうなっているのかなと想像して不安と心が躍る気持ちが入り混じった。
しばらくして昼寝をしていた兄弟のひとりが目を覚まし泣き出したので、
「ママが静かにって、泣いちゃだめ。」と兄弟に言ったけれど、つられて他の兄弟たちも泣き出して部屋中に鳴き声がうわーんと響いた。
早く帰ってきてママー
と叫びそうになった時、外からガッシャーンッと物凄い音がした。
「アニキぃ、いるんじゃないですね。お目当てがぁほらっこれみくださいよ。」
「ああ、鳴き声がこの中からするな。お前捕まえる道具持ってきたか。」
部屋の外から甲高い声と低い声が聞こえた。
黒連月①母の記憶 to be continued