アメリカの医療保険の仕組みについてーーUHC社CEO射殺事件の背景情報
アメリカの医療保険とは?(日本の報道に対する補足や修正等)
”日本の健康保険では絶対にあり得ない!”が普通に起きているアメリカの医療保険
United Healthcare(民間医療保険会社)のCEO射殺事件について取り上げた、日本のメディアの報道をたまたま見かけた時に、やっぱりアメリカの医療保険はややこしい仕組みなんだな(ちょっと間違えてるな)と思ったことがありました。
端的にいうと、アメリカの民間医療保険というのは、日本の健康保険に当たるものです。コメンテーターの方の質問を聞いていると、おそらく日本の生命保険についている医療特約を想像しているのかなというものでしたが、ちょっと違います。今、話題になっているのは、健康保険の方です。
もし、日本の健康保険証を使って医療を受けようとする際に、以下のことが起きたらどう思いますか?
病院に行って、保険証を出したら「その保険は、うちはネットワーク外なので、治療費の自己負担学額が20%ではなく、40%になりますよ」と言われる(自己負担額はプランによって異なります)。
専門医での治療費の自己負担額は、20%と決められていたのに、医師から保険会社への事前承認で、医療費の負担を拒否される。
治療中に足を切断し、車椅子が必要になったが、車椅子の必要性を認めてもらえず、医療費が降りなかった(アメリカでは松葉杖も、車椅子も、個人がレンタルや購入等で負担することになっています)。
がんかどうか確認するための検査が必要となったため、医師から保険会社へ事前承認したところ、当該検査が認められるのは、がんの診断が出た時のみとして却下された。
年1回の検査費用が保険でカバーされている、乳がん検査でマンモグラフィーを受けたら、しこりが見つかり、超音波検査を受ける必要が出たが、超音波検査は保険が使えず、全額自己負担で45万円程度だった(検査機器使用代、検査技師代、医師による診断費・・・のような形で、病院と、医師の双方から請求書が送られてきます)。
これらは、私が聞いたことがある話や、今回の事件を受け、アメリカ人がネット上にシェアしている”保険会社による医療費支払い拒否ケース”の一部です。これだけでも、アメリカの医療事情がいかにヤバいかということがわかって頂けるかと思います。
病気を悪化させると、悪評高い”事前申請”システム
そもそもなのですが、患者の支払いに関する信用問題もあり、アメリカのほとんどの医療機関で一見さんはお断りとなります。そのため、かかりつけ医を作っておく必要があるのですが、まず、自分の持つ保険プランと契約関係にある”インネットワーク”の医療機関、医師を探します。医療機関を決めたら、受診の最低でも1週間前には、新規患者を受け付けてもらうための申請を行います。この時に、医療機関は保険会社に、当該患者の保険プランを確認申請し、保険会社からの確認が取れて初めて受診が可能となります。
急に具合が悪くなったけど、これから1週間も待てない!
という時には、もしかしたら、その状況で受付してくれる医療機関があるかもしれませんが、大方、ER(ローン考えるくらいの医療費が請求されることも)か、ERよりも、設備や質は劣るものの、一般的な病気の緊急的な対応をしてくれる、ERよりもう少し安価なUrgent Careにかかることになります。
また、これも保険のプランにもよりますが、専門医(耳鼻科や産婦人科、アレルギー科等、専門分野に特化した医療機関)かかりつけ医(プライマリードクター、ジェネラルなドクター)からの紹介がなければ、専門医の医療費を負担してもらえないということも。この場合、かかりつけ医から保険会社に専門医への受診についての事前承認が行われてます。事件をご存知の方は、今回の事件の3つのキーワードの1つに”Delay”があったかと思いますが、このDelayがこの事前承認のことです。この事前申請には、早くても数日、一般的には1週間、追加書類の請求等があれば2週間以上かかるケースも。承認が降りる間に、病状が悪化したり、急変したりということは結構よくあるケースのようです。中には、手続きの複雑さに心が折れて、治療を諦めるという人もいたようです。さらに、事前承認システムで承認がおりたとしても、これにより絶対に保険会社が支払ってくれるというわけではないようです。
最終的に、医療機関からの資料費請求書が届いた段階で、
保険会社が支払うかどうかは保険会社次第
そのため専門医で治療を受ける時には、医療費の自己負担額の見積書が提示されます。さらにこれはあくまで見積書であり、保険会社が負担しなかった分は、患者個人が負担する旨を了解したという書類にサインをして初めて治療が受けることができるのです。
この事前承認システムによるDelay問題については、以前より、これを問題視し、訴えてきていた医師らがいたようですが、今回、再度、注目されるようになりました。このDelayがいかに医療の妨げになるかは、素人でもわかりそうなものですが、なぜ、このような重要な問題が軽視されていたのかについては、後でまとめます。
会社勤めの人は、ほぼほぼ選ぶことができない保険会社と、保険プラン
私がたまたま見かけた日本のメディアが本事件を取り上げた動画で、アメリカ在住の方が「年間保険料を⚪︎円くらい払っているが、医療費がおりなかった。もっと高い保険料を出せば医療費がおりたかもしれない」ということをおっしゃっていましたが、おそらく彼がご加入されている保険は、個人事業主や、フリーランスの人等誰でも加入できる”Market Place”と言われるカテゴリーの保険ではないかと思います。
一般的な企業に勤めている場合、”会社経由での医療保険の加入”が悪くいえば”義務化”、良く言えば”福利厚生の一貫”となっています。アメリカでの転職は、給料だけではなく、この福利厚生も企業選択のポイントとなります。良い人材を確保したければ、保険内容を良くし、競争力のあるプラン・・・例えば・・・
医療費の自己負担率が0ー10%と低め
保険料の自己負担率が低め(会社がより多く負担してくれる、GAFA等では保険料の100%が会社負担というケースも)
事前承認なしで専門医にかかることができる(ただし、専門医から保険会社に送られた請求書が却下される、または保険会社の負担割合が減額されるケースは割とよくある・・・ことが現在問題に)
にします。
企業にもよると思いますが、大体、入社時に選べるのは、企業が提示した2つのプランのうちの1つです。保険会社は選ぶことができません。今回、CEOが射殺されたUnited Healthcareは、医療費支払い拒否率が業界No.1で有名なところでしたが、会社が加入している保険会社がUHCの場合、従業員がUHCは嫌だと言っても、会社がUHCと契約した内容のプランから選ぶことになってしまうのです。
ちなみに、夫婦とも働きの場合、それぞれの会社で保険加入し、プライマリー、セカンダリーとすることができますが、私の知っている限り、ほとんどの人が夫婦のどちらか良い条件の方で加入する傾向にあります。よほどの理由がない限り2つは入らないのです。
支払い拒否率が高いなら、2つ加入していた方が安全じゃない?
と思いますか?健全な”医療保険”環境にいれば、私もそう考えるかもしれません。しかし、いくら支払ったとしても、なんやかんや理由をつけて支払いを拒否するのが保険会社です。アメリカに住んでいれば保険会社への期待値とはそれくらい低いものになります。
”支払いを少なくすればするほど、利益が出る”
そんな経営をしているのが医療保険会社というのがアメリカ人の共通認識です。
医療保険は使わない前提、つまり、医療機関には極力受診しない方針
だから2つも入るだけ無駄
これがアメリカ人の主流の考え方だと思います。年間保険料の平均は1人の場合、100万円くらいで4人家族の場合、360万円くらいだと言われています。これだけの保険料を払っても、医療費拒否されることもあるのですから、保険は加入拒否できるなら、入りたくないというのが本音。とはいえ、企業で勤務している以上、拒否できないから、税金のような感覚で支払っている・・・という人が結構多いのではないかと思います。それがどこでわかるか?といえば、保険でカバーされている内容について、あまり知らない人が結構な割合できることです。
年1回の無料の健康保険(後日、血液検査や尿検査等、一般的な検査に一部課金してくる傾向)、年2回の歯科検診(歯科用の保険にも加入している場合)、コンタクトやメガネ用の購入補助金(購入金額に比べれば上限は低い傾向)等々が保険でカバーされています。
しかし、大人の場合、年1回の健康診断を受けていない人もいるようで、今回、医療費の支払い拒否されたケースには、健康診断を受けていなかったことを理由に、がん治療をまるっと拒否されたという方もいました。健康診断自体にも、私は不満があるものの、今回は話がそれますので、いずれ・・・。それでも、健康診断を受けていない同僚がいて、そのような話になった時には、私自身は毎年受診していると答えています。
日本の番組の中で、「保険に加入する際に、条件を見てないの?」という疑問が出ていましたが、見ていないのか?と聞かれると、見ていない人が大多数だと思います。理由は、これまで述べてきた通り、加入が義務化されていて、保険会社やプランについて自由に選べるわけではないからです。さらに、この質問は、日本の生命保険についた医療保険特約をイメージしてこそ生じた質問だと思います。私は条件等を読んでいますが、条件として上がっているのは・・・
かかりつけ医受診時、専門医受診時の自己負担率
入院時、ER利用時等の自己負担率
専門医受診時に事前承認が必要か?
ネットワーク外の医療機関への受診時の自己負担率
健康診断等、保険でカバーされている内容
これくらいです。具体的な病名で何がカバーされているか?等の条件はついていません。医療費の支払いについては、保険会社に医療機関からの請求書やカルテが届いてから個別検討される形です。
現在の医療保険は、どう考えても深刻な問題。なのに、なぜ軽視されてきたのか?
大手医療保険会社は、アメリカの大企業の中でもトップ中のトップの資金力があ流からですーータイトルの問いに対する答えは、これで”ピリオド”という感じ。でも、せっかく章を作ったので、もう少し詳しく状況をシェアさせていただきますね。
医療保険会社のCEOに寄り添う記事を連発する、メディア
関連コラムを読んでいただいた方には、繰り返しの発言となり、恐縮ですが、まず、アメリカで一部の人が英雄視している殺人犯に対して、私はやはり問題解決の方法として殺人は選ぶべきではないと考えています。その上で、メディアは何とかして医療保険会社の持つ問題点はできるだけ軽めに、CEOが射殺された方を強調しようとしていることが伝わってきます。そのようなメディアに対する国民の反発も、関連動画のコメント欄等に出ています。
メディアがなぜ医療保険会社よりなのか?といえば、各媒体に支払われているであろう、莫大な広告料と関係なくはないと思います。
ロビー活動により、政治家は今回も動かないのでは?広がる悲観的な観測
医療保険の問題について、これまで真摯に取り組んできた政治家は、おそらくバーニー・サンダース上院議員くらいではないかと思います。バーニー・サンダース上院議員は、無所属ですが、2016年と2020年に大統領予備選に民主党候補として出馬していた人物です。それぞれヒラリー・クライントン、ジョー・バイデンに敗れたわけですが、その理由は、ヒラリーやバイデンに比べれば、全国区での知名度の低さ、そして、彼は”本物レフト”だからです。社会主義者であるバーニー・サンダースを、私は支持はしていませんが、医療保険問題についての彼の考えは、同感するものですし、リベラル・エリートの謎議論に感じるような「おいおい」みたいな感じもしません。アメリカで健全な社会主義は無理だよ〜とは思いますが。
民主党は”共産主義”という思想のない利権団体であり、本当に人類皆平等な世の中になってしまっては困る人たちが集まったグループです。特にビル・クリントンが行ったIT産業に重点を置いた教育改革以降、民主党の支持基盤のメインは、黒人でも、LGBTQ+でも、移民でもなく、”ビリオネア”たちとなりました。そのため、民主党は、資本主義で儲かっている人たちに損をさせるような政策を行うことはできません。医療保険会社も、CEO射殺事件のコラム内で紹介した通り、大儲けしている業界の1つですから、バーニー・サンダースが大統領になられては困るかと思います。
そして、保険会社のロビー活動という点で考えると、資金援助を受けているのは、民主党議員だけではなく、共和党議員の中にもたくさんいると言われています。トランプ政権の1期目の時に、製薬業界に”手入れ”したことで、製薬業界の資金が共和党から消えてしまったという話も聞いたことがあります。そのため、現在、再び製薬業界へのメス入れを計画している2期目のトランプ政権ですが、医療保険業界にまで手を広げられるかどうか・・・。期待薄という悲観的な観測の方が多めではないかと思います。ーーCEO射殺事件の犯人が殺人を企てるに至った背景にも、このような”資金力のある業界は政治家も変えることができない”というような悲観的な見方があったのではないかという人もいます。
”儲けられることこそ正義”のその先
いずれにしても・・・。医療保険業界や、医療業界、製薬会社・・・飛び抜けて儲かっている業界というのは、本当に闇深かです。日本の若いコメンテーター?知識人?等で、”儲けられることこそ正義”みたいな論調の方も見受けられますが、その考えの延長線上にあるのが、アメリカの闇深か業界。資本主義社会ですので、お金を儲けること自体を否定する気は一切ありませんし、給料交渉する私だって、資本主義社会にどっぷり浸かった人間の1人です。ただ、儲け方にも限度があるのではないかと思います。
以前のコラムで紹介した、コロナ騒動中のCEOの荒稼ぎの仕方というのは、異常だと思いますし、患者が必要な医療を必要なタイミングで受けることよりも、自分たちの利益確保を最優先する保険業界の姿勢も・・・。彼らにとっては単なる数字でしかない医療費で、人生が大きく変わってしまう人がいるということに想像が至らないのであれば、本当に残念なことだな・・・と。