CEO職はなぜ狙われるのか?:医療保険CEO射殺事件と、医療保険の闇
”コロナ禍でさらに格差拡大”の背景にある、倫理観が欠如した経営者たち
これまでの話
ユナイテッドヘルスケアというアメリカ最大の民間医療保険会社のCEOがニューヨークで射殺された事件をめぐって、アメリカでは割とありがちな事件にも関わらず、メディアが過剰報道する中、犯人を応援する方向のコメントが溢れるという異常事態が発生。その背景には、患者が必要な治療を受けること妨げるようなサービスしか提供されない、医療保険会社に対する憎悪がありました。
アメリカの闇の1つ:民間医療保険と、CEO射殺事件の過剰な報道の怪
犯人逮捕後、犯人が裕福な家庭で育ちIVYリーグを卒業した、爽やかイケメンだったということで、犯人をヒーロー扱いする声が高まりました。そして、その犯人が犯行現場にあえて残したとされる、キーワードから、2010年に出版されたジェイ・ファインマンの著書で、医療保険会社の問題を暴いた「Delay, Deny, Defend(遅延、否認、弁護)」が注目され、Amazonでベストセラーに。
ヒーローになった殺人犯:医療保険CEO射殺事件の現在と、医療保険の闇
ついでに、医療保険の闇というか、前回の補足です。医療保険プランによって、1年間あたりのDeductible(自己負担の限度額みたいなもの)があるのですが、このDeductibleに達するまでは、医療費は一定金額を自己負担しなければなりません。前回、うっかりDeductibleの説明を忘れていたのには・・・
自己負担の限度額に達して、医療費フリーになんてなったことがないっ!
からです。医療保険を上手に使うコツとしては、大きな費用がかかる治療は年初に済ませておくということ。自己負担限度額に達すれば、その後、その年の医療費はフリーになるかもしれない!っとはいえ、そんなにタイミングよく医療が必要な事由がやってくるわけでもありません。そんなわけで、「自己負担限度額に達したら、100%保証しますよ!」なんて言われても、慢性疾患のない人(家族)が果たして限度額に達することは可能なのか?と思ってしまいます(追い”闇”)。
この自己負担額はプランによって2割か3割なのですが、仮に自己負担が2割であっても、同じ治療を日本で受け、100%自己負担で支払う方が安いです。さらに、治療や検査を受ける時には、保険が適応された場合の見積もりが渡され、金額に納得した上で治療を受けるのですが、実際に保険が使えるかどうか(保険がいくら負担してくれるのか?)は、医療機関が保険会社に実際に請求し、決定された支払額が出るまで分かりません。そもそも事前承認を受けた治療でも、否認されることもあるくらいですので・・・。
というわけで、アメリカでは、医療保険に入っているから、安心して医療が受けられるってことでは全くないというのが医療保険の闇です。この闇があるゆえに、世論が犯人に同情的だというのが前回までの話です。さらに、世論がここまで爆発したのには、アメリカにあるもう1つの闇が関係してきます。それがCレベル管理職ーーCEOとかCFOといった感じで、”C”がつく役員たちに対する憎悪。賃金格差の不公平感についての話をすると、「努力しない人が悪い!」と決めつけた議論展開をする方もいますが、アメリカのCクラス役員たちは、本当にやることが”えぐっ!”のヒトコト。
違法にならないラインをギリギリ攻める・・・のではなく、
違法だと指摘されたら、修正すれば良いと、ラインを超えて攻めてくる感じ
今回は、事件の被害者であるCEOに向けられた憎悪の背景にあるものについてシェアさせていただきます。
従業員の給与維持目的の助成金が、CEOの報酬に
この話で真っ先に思い出すのが、コロナ騒動中のアメリカン航空のケース。コロナによる移動制限のため、航空業界全体の需要が大幅な減少となり、従業員の多くが一時解雇や休業を迫られたことが社会問題となりました。このような状況の中、アメリカン航空は、給与支援プログラム(PSP)から多額の助成金を受けました。このような助成金は、本来、従業員の雇用を守るために使われるものですが、給与の支援をされたのは、まさかのCEOや経営幹部。従業員が解雇される一方で、Cレベル役員たちの高額報酬や、株主への配当も維持されたことで、公正性にかけるという批判を受けました。デルタ航空やユナイテッド航空も同様の非難を受けました。
また、政府支援を受けたのは、航空業界ではなく、ウォルマート等の小売業界や、スターバックスやマクドナルド等の飲食業界でも、多くの従業員が解雇や休業を余儀なくされた中、役員報酬や株主配当を維持していたと言われています。
え?そんなのただのばら撒きじゃない?
と言ってしまえばそれまでなのですが、一応、このプログラムには、従業員の雇用と給与を守るために、助成を受けている間は、”一時休業や解雇を行わない””給与を減額しない(減額幅の上限あり)””役員報酬が過度に高額にならない”という条件があったのですが、そこに穴がありました。
まず、従業員の一時休業や解雇が行われたのは、助成を受ける前。ですので、追加での解雇等を行わない限り、この条件はクリアできます。言い換えると、助成前に大量解雇を行なっておけば、追加での解雇は必要なくなります。
”従業員の給与を減額しない”と””役員報酬が過度に高額にならない”については、まずは、フォーブス誌の記事で、結果の確認を。同誌によると、2020年にCEOと従業員の賃金格差が拡大した企業は68%もあったといいます。
これはどういうこと?というと、”役員報酬が過度に高額にならない”という条件に関する、具体的な制約は、”1年間の役員報酬が2019年の報酬の最高額を超えない”でした。
2019年の報酬の最高額が高額だったら意味ないじゃん。
さらに、役員報酬の多くが現金の給与ではなく、株式報酬やボーナスなどの形で支給されていることが多く、それらも含めると、会社が苦しい時期にも受け取った額の合計は増えていたなんてこともあったようです。
ちなみに、下記は今回の事件で被害を受けた被害者がCEOを務める会社(ユナイテッドヘルスケア)の親会社(ユナイテッドヘルスケア・グループ)のCEOの報酬の中身。給料はネイビーの部分で、株式やオプション等による支払いが大部分をしめています。
さらに、役員報酬は、業績と連動した給与システムになっているところも多く、業績の回復とともに、真っ先に役員報酬が増額されたなんて企業も・・・。この結果、コロナ騒動のどさくさに紛れて格差がさらに拡大としたわけです。”努力の成果”かどうか?と言われたら、ある意味、とにかく自分の懐に利益を回す努力はしているのかもしれませんが・・・。
このようなことは、医療業界でも行われました。特に目立ったのが、HCA Healthcareなどの、大規模病院チェーン。政府の支援金を受け取りながらも、一時解雇や休業させたり等、従業員の削減を進めたり、給料の削減を行ったりした一方で、Cレベル役員の高額報酬は維持させたことで多くの批判を受けました。
当時、コロナ患者の診察にあたる医療従事者は、”ヒーロー”だとされていました。感染外来でなくとも、体調不良の原因としてコロナ感染の疑いがあるかもしれない患者の対応にあたる、医療の現場で働く従業員たちなのですから、せめて雇用や給与の面では安定したものを保証するべきではないでしょうか。そのために政府資金が投入されたはずです。しかし、そのような資金を、なぜだか、安全な場所にいて仕事をするCEOたちの高額報酬の維持のために使われていました。こちらも一応の制限がついた助成金ですので、正式に”違法”と認定されない程度の倫理違反を犯して獲得したのだと思います。
コロナ騒動期の医療保険業界が受けた、助成金の間接的な恩恵
航空業界を始め、多くの批判を受けたコロナ騒動期の政府助成ですが、医療保険業界はどうだったか?といえば、直接的な支援金の対象とはなっていなかったものの、医療業界全体に対して行われた資金注入の恩恵を、間接的にしっかりと受けています。例えば、先ほどのPSPも従業員に支払われる給与だけではなく、福利厚生等の待遇も変えないことが条件でしたので、これには従業員が会社を通じて加入している医療保険も含まれていました。州によっては保険料負担に対する助成金を出すところもあったようです。・・・それくらい、企業にとっても(もちろん個人にとっても)、保険料の負担というのは、小さくないものだったわけですが(心の声:言い換えると、ぼったくり保険料で、保険会社はどんだけ儲けているんだか)。多くの企業が経済的に困窮したコロナの時期にも、企業が受けた助成金により、医療保険業界は、この保険料収入をしっかり確保することができました。
実は余剰利益も発生していた、コロナ騒動期の医療保険業界
さらに、この時期の医療保険業界は、騒動の影響を良い方向に受け、余剰利益まで発生していたようです。何かといえば・・・
コロナ以外の医療機関が全てクローズされ、
緊急度の低い医療は全て延期されてしまった
緊急性のない患者を扱う医療機関や歯科医院等が完全にクローズされていたのは、おそらく最初の数ヶ月間だったと記憶しています。当時、マスクや医療用手袋等の医療従事者をウイルスから守るPPE(個人を守る備品や装備)が不足していたので、コロナ治療に従事しない医療機関を閉めることで、治療の最前線に立つ医療従事者を支援しよう!というのがその理由でした。
ということは、
この期間の医療費支払いは激減していた!
PPEが十分に行き渡るようになってからも、当時は、患者側もできるだけ病院には近づきたくないという気持ちがありました。病院側も極力、患者との接触を減らす方向だったのか、引き続き、治療や検査の延期傾向は残っていたように思います。
収入が維持できて、支払いが少なくなれば、利益増加!
にもかかわらず、保険料の引き下げ等の十分な還元があったわけでもなければ、相変わらずの「Delay, Deny, Defend(遅延、否認、弁護)」戦略で、医療費の支払いは、しぶる傾向・・・。さらに、そのCEOらは、ちゃっかり報酬アップしているときたら・・・。
生涯年収!?と思わせる、医療保険会社CEOたちの年収
CEO WORLDが2023年5月に発表した記事によると・・・最も高額な報酬を得た医療保険の CEO: 6 人の CEO が2022年、過去最高の 1 億 2,300 万ドルを稼ぎました!とのことで。下記がそのトップの6人の給与です。
ちなみに、今回、殺害事件の被害者となった、ブライアン・トンプソンCEOはユナイテッドヘルスケアグループの保健部門のCEOで、下記のトップ6に出ているCEOはグループ全体のCEOになります。1ドル100円で計算しても、ものすごい金額です。
数字が大きすぎて、よくわからない!という方(=私)は、下記のグラフをご覧ください。このグラフは、コロナ騒動が始まった2020年から昨年までの総報酬額をグラフ化したものですが、緑(ユナイテッドヘルスグループ)とオレンジ(CVSヘルス)のCEOの報酬がコロナ騒動中に急上昇しています。この期間は、多くの保険加入者は、経済的困難に直面していた時期。
”保険料は下げない””医療費は支払わない”上に、
この役員報酬の増加具合はなんだ!
と、思うことは、ごく当たり前のことではないでしょうか。
緑:ユナイテッドヘルスグループ、紫:エレバンス・ヘルス、オレンジ:CVS ヘルス、ピンク:シグナ、黄色:センテネ、紫:ヒューマナ
コストシフティングで、一般従業員が支えていた相手は、CEOだった!?
さらに、ユナイテッドヘルスケアとCVSって、どこかで名前見たよな?と思った記事が下記です。Healthcare Diveというサイトの今年10月21日付け記事「上院の報告書は、メディケアアドバンテージ保険会社が予測技術を使って請求を拒否したことを非難」。事件が起こる前に出た記事です。
記事によると、「保険会社は2019年から2022年にかけて、アルゴリズムツールを活用してMA受益者の請求拒否を急増させた」というのですが、ここに上がってきていた3社、ユナイテッドヘルスケア、CVS、ヒューマナのうち、前2社のCEOの報酬が2020年以降、急増した企業でもあるのです。
報告書によれば、老人ホーム、入院リハビリ病院、長期病院の患者への保険適用を拒否するケースが最も多かったとのことですが・・・。元々このMAは、保険料を無料または低額に抑えるために、連邦政府の資金を投入しているので、言い換えれば、他の保険に比べ、保険料の未払いが圧倒的に少なく、かつ、保険料が低額(無料)であることから、顧客の獲得もしやすい保険だといえます。その保険での医療費支払いを否認する方向でAIを活用したとすれば・・・
イージーで、楽々高利益が獲得できるおいしいビジネス♪
医療保険会社が利益増できた理由は、このイージービジネスだけではなかったと思いますが、これもきっと、経営者としての手腕を見せた実績の1つとなっているのではないでしょうか?
私は日本人だからか、どうしても、性善説をどこかで信じているところがあります。前回のコラムで、ユナイテッドヘルスケアの支払い否認率の高さは、承認プロセスとして組んだアルゴリズムに問題があったと言われているものの、それが意図せぬアルゴリズムだったかのような書き方をしてしまいました。でも、このような記事を目にすると・・・会社を通して加入する医療保険の承認プロセスについても、あえて否認率が高くなるように設計したのかもしれませんね・・・。
さらに、この記事の何が腹立たしいかといえば、MAに加入する層を儲けのターゲットにした点。元々メディケア(高齢者や特定の障害者向け)やメディケイド(低所得者向け)の支払い否認率は、会社を通じて加入するエンプロイヤー保険や、自由に加入できるマーケットプライス保険(フリーランスや自営業の人が主に加入している保険)の否認率よりも低かったのです。
メディケアやメディケイドが10%程度に対し、
後者は15%〜35%(最も高いのがCEOが被害者のユナイテッドヘルスケア)
アメリカの医療業界全体で言えることですが、大前提として、支払いができない人のために、支払いができる人が支払う”コストシフティング”という考え方があります。医療費が高いのは、低所得者層から医療費が回収できない前提で、その分のコストを乗せた医療費を設定し、支払える人から支払えない人の分も回収するためです。
ある程度の収入がある人は、このコストシフティングに意義を唱えることはしません。これは社会のシステムとして受け入れるべきことで、それに意義を唱えるのは、スマートではないような印象を与えるという感じでしょうか。これはトランプ支持だと表立って言えない”隠れトランプ支持者”の心理と同じようなものを感じます。
メディケアやメディケイドは、何らかの支援が必要な層が加入する保険。この保険の加入者が必要な医療費は、できるだけ保険で賄ってあげるべきです。となると、ここで取り損なった利益を、後者の保険に加入する一般国民から搾り取ろうという魂胆(コストシフティング)から、私たちの医療費請求の否認率が高くなってしまうのではないか、と。
よくよく考えると、資金援助が必要な前者には、政府資金が投入されているので、この考え方では、「貧困層、高齢者、障がい者が保険会社に支払えない分の資金を、政府と一般国民がダブった形で補填している」ことになり、おかしな話です。それでも、”社会の仕組みとして、コストシフティングは当たり前”というアメリカで生活をしていると、このおかしな話を「しかたがないこと」と納得してしまうようになっていきます。ところが現実に目を向けてみると、
必要な医療を受けるのに、金銭的な支援が必要な層に対しても
医療費請求を積極的に否認する方向に舵が切られていた
のです。
社会の中で支え合うために、コストシフティングは仕方ない
そのように無理やり納得していたことが実は
自分たちが生活を削ってまで支えていたのは、全米トップクラスのCEOたち
こんなことは今までもわかったことでした。それでも”理不尽な医療保険システム”を受け入れるフリをしていたのが普通のアメリカ人たちだったのではないかと思います。そんなアメリカ人の多くが、事件をきっかけに、理不尽なものは理不尽だと言い始めたというのが現在の状況です。
理解を超えること
さらに、さらに。本当に理解を超えるのは、このようなリベラル・エリートたちの多くが慈善事業にも熱心だということ。念のため、これは特定のどのCEOがというわけではなく、あくまでも一般論です。
あらゆる手を使って、”搾り取ったお金”を、今度は、慈善団体に寄付をする・・・というのは、一体どういう思考回路だとできるのでしょう?
ものすごく嫌味に聞こえると思いますが、単純に・・・ひたすら不思議でなりません。医療が必要な誰かの医療費支払いをいかに支払わずにすむかというゲームをしている人格と、金銭的な支援が必要な人に躊躇いなく大金を渡す人格と、様々な人格を持ち合わせているのでしょうか?
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繰り返しになりますが、どんな問題であれ、殺人という方法を取るべきではありません。それに殺人犯を応援するというのは、私は賛成できません。ただ、そのような犯人のサポーターたちが”異常だ”というのであれば、医療保険業界や、CEO職を取り巻く”闇”についても、同じくらいの熱量で”異常だ”と言ってほしいと思います。