鎖で繋がれた、8児の母親事件
オリンピック開催中、前回、米国での開会式の視聴率が史上最低記録を達したことを紹介しました。
■視聴ボイコット?アメリカ人の関心が低下しつつあるオリンピック
開催地、中国でも、オリンピックよりも人々の関心を集めている事件がありました。
鎖で繋がれた、8児の母親事件です。
オリンピック直前の1月、8人の子どもを持つイクメンパパで名の知られていた父親を訪ねたと思われる、中国人のレポーター(ブロガー)が偶然、粗末な古屋の中で、首を鎖に繋がれた女性を発見します。極寒にも関わらず、女性は薄着。話しかける男性の声は、あまりの状況に動揺が隠しきれない様子で、女性に自分のコートをかけてあげました。女性に話しかけるものの、きちんとした答えは返ってきません。
後に、この女性が遠くの町で暮らしていたものの、誘拐され、”嫁”として売られた形で、この村にたどり着いたことが明らかになります。当局は、火消しに躍起になっていましたが、「さらわれた娘ではない」「彼女は精神疾患を病んでいたため、治療のため・・・」と、色々な言い訳をする当地の政府に、中国全土から怒りの声が寄せられていたようです。世論を受けて、この”父親”は逮捕されたとのことでした。
拉致の悲劇:上海の教授が徐州の”拉致村”の村人を毒殺
30年前の事件のドキュメンタリー文書
”この文書は完全なドキュメンタリーであり、著者の劳夫(ラウ・フ)氏は西安局社会保障センターの元所長で、以前は鉄道セクションの課長だった人物である”とする記事が、さまざまな中国語のメディアで取り上げられています。
30年前に起こった事件です。今回の事件が起こったことで、思うところがあったのか、著者が発表したようです。
第1章:誘拐された娘を救い出そうとする両親らと、村人との騒動
著者、劳夫は、”8人の子どもの母親事件”が起こった場所と同じ、徐州の駅で、30年前に自分が目撃したことを語ります。
想像するだけで、ゾッとします。
理解を超えた会話ですが、これが中国での人身売買の現状なのか(事件は30年前のものですが)と思えるのが次の会話です。
ここで誘拐され、人身売買により、無理やり嫁にされた莫華さん(莫教授と呉教授の娘)の”過去の事件”が出されます。
「彼女は自分で産んだ2人の子どもを自分の手で殺めたんだよ」。
この話を聞き、警察官は、唖然としたものの、自分たちの任務は人身売買された女性を救出することであり、その任務を果たす必要があること。今聞いたことは、捜査本部が追跡調査を行う際に、確認するだろうということ。そして、妨害すれば公務執行妨害で逮捕することを村人に告げます。
交渉に失敗したとわかった村長は、ホームにいた村人に合図を送り、部屋の入り口に集合させます。しばらく言い合いになった後、村長が立ち上げり、警察に向かって言います。
ここで慌てたのが、両方の事情が理解できる侯主任でした。警官に、ここはお金で解決した方がいいと勧めます。警官は、莫教授と相談します。怒りで震える、莫教授は「私の娘はこんなにひどい状態で、死にそうなのに、彼らはどれだけ強欲なのか」。この言葉に警察も「正義はないのか!」と。結局、侯主任の説得もあり、娘をいち早く自宅に連れ帰りたかった莫教授は、お金を支払うことにします。
村長と侯主任は、毛蛋とその母親を呼び出し、値段交渉が始まります。「花嫁代は、いくらだったんだ?」という警察の問いかけに、毛蛋は「800元」と言い、彼の母は、「だめだ、3,000元だ」と。この金額にさすがにみんなは驚き、「なぜ?」と尋ねます。
絵に描いたような悪役のセリフです。
莫教授は怒りで震え、涙を流しながら、「何年もかけて、娘を探すために全国を駆け回り、そのために家財を全部売り払ってきたのに、どうして今、ここにそんなに大金があると?」。
筆者によると、当時の彼の月給は百数十元、3千元は大金だったと言います。その時、莫教授が持っていたのは1,500元。それで交渉しようと、侯主任に話しますが、村長は首を横にふり「無理だ」。そこから大揉めに揉めます。途中、村長は、「仕方ない。これ以上、私にできることはない。2,000元で、食事は無料だ。お前ら早く金集めろよ、俺は帰るから」と出ていきます。おそらくこれは茶番劇です。劇場はさらに続きます。
村人を狂気に駆り立てたものは?
ここまでが30年前に、著者、劳夫が遭遇した、徐州の駅での人身売買された娘を取り戻すまでの事件です。
この話だけでも、十分、辛く悲しく、そして、行き場のない怒りをどうして良いのかわからないような話です。しかし、莫華が受けた虐待はもっとひどいものでした。それは”鎖で繋がれた8児の母親”事件と、似ているような部分もあります。
一人っ子政策が行われていた中国で、”女性が足りない”という状況は昔からあったことで、このような事件も実際に起こっていたという話は度々出ています。
李兄さんや毛蛋、村長が悪態づいたように、”他の人もみんながやっている話”なのでしょう。政府にいろいろな制約を押し付けられていた貧しい地方の村の人々にとっては、都市部の人に持つ嫌悪感もあったかもしれません。
文化大革命時代には、都市部の知識階級らがこういった地方に下放されたといいますが、その時に知識階級らが受けた対応は、莫華が受けたような人間扱いとは思えないようなものだったといいます。時代がどんどん変わって行く都市部と違い、ひとところに同じ人々が集まって住む”村”では、文革当時からの価値観(=モラルや人権意識等のかけらもない価値観)が続いていたのかもしれません。
ただし、全てを共産主義の責任とするのも、適切ではないと思います。
昨年、中国河南省を襲った”1000年に1度の豪雨・大洪水”の時に、ショックを受けた言葉が「中国では良い人は長生きできない」というものでした。洪水で建物の2階や3階に閉じ込められた人々を救助にきた、ボランティアの人々は水に浸かった状態でした。そのような状況を確認することも、事前通告をすることもなく、地方政府は、停まっていた電気を流し始めたと言います。洪水は建物や電柱を倒すほどの勢いでしたから・・・水に浸かっていれば感電します。なぜ放電を急いだのかといえば、停電している時間が長いと、地方政府の責任になるからです。
共産主義は、中国人から社会秩序やモラル、人間関係、道徳心・・・等々、たくさんのものを奪い、破壊してきました。だからと言って、全ての中国人がこの物語に出てくる、村人のような人々かといえば全く違います。
著者や侯主任のような人もいれば、救助活動で亡くなった人、コロナの”ヒトヒト感染”を最初に暴露し捕まり亡くなった医師、鎖で繋がれた8児の母親を救おうとして逮捕された人等、人の心を持って闘う中国人はたくさんいます。
村人を狂気に駆り立てたのは何なのか?
このドキュメンタリーには続きがあります。そこにこの問題を考える上での手がかりがあるようでした。
劳夫のドキュメンタリーは、実際には1つの文書としてまとめられていますが、長いので、5つに分けてまとめています。文章の構成はそのままです。
第2章:村長の本音
後日、著者が侯主任から聞いた話では、毛蛋一家が”買った嫁”を諦めたのには、警察が介入したこと以外にも理由がありました。
さらに、あの事件から半年が経ち、筆者は、村長に会いました。
この村長の話だけ聞くと、「莫華はどうして子どもに手をかけたのだろう?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。莫華に何があったのか?彼女の口から出てきた話は、第3章にあります。
ここでは一旦、村長の話に戻ります。
第3章:娘に何が起こったのか?
それから1年後、筆者は侯主任と再会します。筆者は 村長の話をし、最近の村長の様子を尋ねます。侯主任の口から出た言葉は、驚くものでした。村長は亡くなってしまったと言うのです。病死でも事故死でもなく、「毒を盛られた」ことが原因でした。
筆者は、あまりのショックに、口を閉じることができなかったと言います。侯主任は、莫教授が莫華を連れ帰った後の話を始めました。
莫華は、莫教授、呉教授にとっての、たった1人の愛娘でした。 その愛娘から聞いたおぞましい話に、彼らの髪の毛はひと月の間に真っ白になってしまったほどだったと言います。
第4章:妻の旅立ち
莫一家にさらなる悲劇が襲います。
妻の死後の処理は、すべて化学研究所がやってくれたと言います。 莫教授は一日中椅子に座って、 目も開けず、声も出さない廃人のようになっていたそうです。 このような悲しい状況を考慮した研究所は、莫教授は自宅療養扱いにしてくれたと言います。
第5章:家族を奪われた父親の復讐
しばらくすると、莫教授から「気分転換に出かけたい」と申し出があったため、研究所は快諾します。 あとからわかったことですが、この時、莫教授は、研究所から割り当てられた住宅を、遠縁の親戚にすでに転売した後でした。
劳夫の文章はここで終わります。
人身売買の無限地獄
劳夫の文章を読んだ時、”無間道”という言葉を思い出しました。この言葉を知ったのは、香港映画『無間道/(英語タイトル)インファナル・アフェア』(主演:トニー・レオン、アンディ・ラウ)で、”無間道”とは、仏教でいうところの無限地獄。一度入ると抜け出せない、絶え間なく続く苦しみのことを指します。『無間道』はマフィアに入り込んだ警察訓練生と、警察学校に入ったマフィアの世話になったストリートチャイルドの話ですので、女性の人身売買の今回の事件とは全く違います。ただ、観終わった後の衝撃は、このストーリーを読んだ時と同じでした。一緒に鑑賞した友達がいたのですが、”言葉にできない”以前に、感情の処理をどのようにしていいのかわからず、お互いにしばらく黙り込んでしまうくらい・・・。劳夫のドキュメンタリーでも、彼自身が何度か”黙り込んだ”という文章がありました。
怖いなと思ったのが、毛蛋の母親の村への順応ぶりです。もちろん、”買われた嫁”であった彼女にとって、受け入れることは相当の覚悟が必要だったはずです。とはいえ、駅での出来事のあの、ラスボス感と言ったら。地獄を経験したはずの女性が、自分が地獄の執行役になっている辺りに、”無間道”を感じます。自分が虐められるターゲットにならないように、もしくはターゲットから抜け出すために、新たな犠牲者を出すような、”いじめ”によくあるようなことが起こったのでしょうか。
莫華が自ら自分の子どもに手をかけたというのは、やはりそれほど追い詰められていたのだと思います。村人や村長の話の中で、”莫華は凶暴だった”というものがあります。徐州市の”鎖で繋がれた、8児の母親”事件でも、”彼女が凶暴で噛み付くことがあったので歯を抜いた”という話が出ていました。彼女たちが凶暴なのではなく、無気力になってしまう前の、地獄から逃げ出すための最後の抵抗ではないかと思います。
そして、この地獄を無限にしている張本人が、誰にでも忖度する村長だと思います。一見リベラルっぽいことを言っていますが、こういう矛盾を抱えたリベラル・エリートはアメリカでもよく見かけます。
あるリベラル州では、祖先や本人が人種差別を受けていた(る)のだから、街を破壊しても、店の商品を強奪しても仕方がないという市長がいましたし、別のリベラル州の市長は、「万引きが横行しているのは、(10万円以下の万引きを軽犯罪とした法律や、盗んだ人ではなく)警備にしっかり投資しない店側の責任」と謎理論を展開したり・・・。
”嫁を買ってくることは仕方がない”・・・それを仕方がないこととは思いませんが、仮にこれが仕方がないとして、莫華に行った拷問、レイプ、虐待を止めなかった理由にはなりません。
それに”村長が語った話”からは、”村長が語らなかった、村で起こったこと”が想像できてしまいます。村人にとって、莫華は、”子孫を残すためのマシーン”というモノであり、”村の男性の共有物”に過ぎなかったのでしょう。だから、村人みんなで監視する必要があったのだと思います。
犯罪に理解を示すというのは、リベラルでも何でもなく、法治国家という世の中のルールを理解していない、単に謎理論の展開が上手な人というだけです。
こういった態度が、犯罪を助長するのであり、村人たちを”クリミナル・ハイ”な状態にしていったのだと思います。これはアメリカでも起こっていることです。そのようなリベラル州知事、または市長の都市では、犯罪率が上がっています。
”あなたはかわいそうな人だから””社会があなたを助けないのだから”、多少の犯罪は仕方がない・・・そのような考え方は、本来、犯罪に手を染めなくてよかった人までも、犯罪者になるきっかけを与えてしまいます。犯罪者がいれば必ず被害者がいて、犯罪によっては、被害者が加害者に復讐を果たそうとすることで、ここでもまた、犯罪者と被害者を出してしまう・・・。つまり、社会が”無間道”化してしまいます。
どういう理由があっても、人をあやめることはあってはいけない・・・その前提でも、莫教授がなぜ村長の死をもって、”村人への復讐を終わらせよう”と思ったのかは、理解ができるような気がします。莫教授が行ったことを肯定することはできませんが、隠し通すこともできた彼が自首したのは、この事件をきっかけに、このような犯罪に注目を集め、2度と娘のような悲劇が起こらないようにしたいという気持ちもあったのではないかという気がします。
しかし、残念なことに、”鎖に繋がれた、8児の母親”事件のようなことは現在でも起こっているのです。
”8児の母親事件”に立ち上がる人々
”鎖で繋がれた、8児の母親”事件が明るみになったのが1月28日、もうすぐ1ヶ月が経とうとしていますが、中共の婦女連盟等、声を上げるべき団体からの声が上がっていないこと、説明が2、3転した徐州市の調査報告等に、中国市民が怒りの声を上げています。SNSでは、関連動画が投稿できないようになったり、何とか沈静させようとする当局の動きがあり、それがより市民の反発を招き、”きちんとした事件捜査”の要求がますます過熱化しているようです。
中国エリートによる、エリートへの呼びかけ
中国で”エリート”と呼ばれる人の多くはこの1ヶ月間、沈黙を守ってきたようです。しかし、そのエリートたちに呼びかけるエリートの声というものも大きくなってきました。
”8児の母親”は、専門家が行った顔の生体認証により、12歳で行方不明になった四川省の少女、李英と特定され、インターネット上で注目を集めていました。しかし、徐州当局が発表した”8児の母親”は、雲南省の小花梅。矛盾した発表が続いたため、さらに懐疑的な目が向けられるようになっています。 多くのネットユーザーが現地に調査に行ったところ、支援しようとした人が脅迫や威圧を受け、11日には2人が拘束されました。 本土の別の元ジャーナリストが雲南に調査に行ったものの、誰も”8児の母親”が小花梅であることを突き止められなかったと言います。
同記事によると、この投稿は現在削除されています。政府が地元にいる多数の親戚を使って説得したということです。
また、中国本土のジャーナリストの共同調査による書籍『女性人身売買実録』では、1980年代以降、中国における人身売買が産業チェーン化し、”女性の卸売市場”が活況を呈していて、最年少は11歳だということも、明らかになっています。 徐州だけでも、3年間で5万人近くの女性が誘拐されたと言います。
記事によると、徐州市婦女連合会は、微博上で、徐州市の2つの公式見解をリツイートしたこと以外、何もしていないそうです。 そのコメント欄には、ネットユーザーから怒りのメッセージが殺到し、これを受けた、中華全国婦女連合会の微博アカウントは、あっさりコメント欄を閉鎖してしまったと言います。どこも・・・一緒ですね。
中華全国婦女連合会に対しては、中国の人権派弁護士である劉暁原も、作業部会を派遣して調査し、結果を公表することにより、その義務を果たすこと要請する書簡を送ったそうです。
女性の権利をめぐる問題なのに、女性支援団体が立ち上がらないのは、アメリカも同じです。女性スポーツの分野にトランスジェンダー(生物学的男性)の人が入ると、女性選手が全く敵わなくなってしまうことに、沈黙を貫いています。先日、この問題に対して、切り込んだ発言をしてくれたのが生物学的男性の方でした。彼女も女性支援団体に怒りの声を上げていました。
■女性スポーツを破壊する過激派と権利放棄した女性団体に、生物学的男性が切り込む
■アメリカの二極化を止めよ!:トライバル・メンタリティから脱却
中国国内外の大学生が立ち上がる
その投稿はすぐに削除されたようですが、その後、清華大学、中国人民大学、浙江大学、四川大学も共同署名を行い、多くの大学生が”8児の母親”のために声を上げたと言います。この共同署名は、スクリーンショットが残されていますが、投稿できなかったり、投稿した場合に制限が付けられたりしているそうです。
これは小さくない動きです。ニューヨークでは2月15日、フラッシング地区で法輪功学習者が運営する”中国共産党及びその関連組織からの脱退支援”の路上展示ブースで破壊行為がありました。逮捕されたのは、中国系米国人の鄭步秋。
海外での活動であっても、中共は、海外在住の中華系の人や留学生を使って妨害を行います。オーストラリアだったと思うのですが、大学生が香港支援の横断幕を掲げたところ、中共に配慮した大学側が学生らに横断幕を外すように指導したケースもありました。外国語メディアが反共学生に取材しようとした際に、横から妨害する親共産学生の動画も見たことがあります。
リンク先の記事によると、中国人民大学OBで米国在住の時事評論家、郭宝生はラジオ・フリー・アジアに対し、「北京大学や人民大学など中国の名門大学の学生たちの社会的イベントに対する態度は、しばしば上級管理職の注目を集める」としています。また、北京の独立系学者である查建国は、「女性と子どもの誘拐と人身売買は、人間の”最も基本的な道徳の底辺”を超越しているので、世論の共通の怒りを呼び起こした」と話しています。
当局の対応
鍵を握るのは、ファーストレディ?
中共現政権トップの妻のことです。(*名前を出すのは控えています)
彼女は国連教育科学文化機関(UNESCO)女子と女性の教育促進特使を務めている立場上、世界中がこの問題に関心を寄せる中、コメントせざるを得ない状況にいたとされています。
昨年10月のユネスコでの彼女の発言が下記のとおりです。
今問題になっている女児の誘拐、そして人身売買は、女子と女性が夢を実現すると言うレベルではなく、生きるか死ぬか、人間としての尊厳を保てるか?のレベルです。彼女としてはこの問題に触れないという選択肢はなかったのだと思います。
では、ファーストレディーが一声かけたら、問題解決するか?と言ったら、そうもいかないようです。中共のトップも、この問題には触れたくない層が多数いて、意見が分かれている・・・というのが中国ウォッチャーの見解です。
”海外からの注目”というのは、多少なりとも、この問題を動かす力になっているようです。1人でも多くの女性、少女が、元の暮らしを取り戻せますように。