稲葉剛 参考人が参議院 厚生労働委員会で現金給付の拡充と生活保護制度の改善を意見陳述

 2021年5月6日、稲葉剛 氏(一般社団法人 つくろい東京ファンド 代表理事)が参議院 厚生労働委員会「社会保障及び労働問題等に関する調査」(新型コロナウイルス感染症対策に関する件)に参考人として出席し、生活困窮者支援の現場の状況、現在の福祉政策の問題点と必要な政策について意見陳述を行った。


■ 稲葉剛 参考人 意見陳述(参議院 厚生労働委員会 / 2021年5月6日)

 本日は貴重な機会を与えていただき、ありがとうございます。私からはコロナ禍における生活困窮者支援活動の現場からの報告とそこから見えてきた公的支援の課題についてお話したいと思います。

 5月3日と5日に私たちが開催した「ゴールデンウィークおとな食堂」には、2日間で約660人もの方々が来られました。コロナ以前、こうした食料支援の現場に来られる方のほとんどが中高年の単身男性でしたが、今では10代、20代の若者、女性、お子さん連れ、外国籍の方など、世代や国籍、性別を問わず、さまざまな方が支援を求めて集まるようになっています。私はこれまで27年間、生活困窮者支援の活動を続けてきましたが、これほどまでに多く、多様な方々が困窮している状況は、バブル崩壊、リーマンショックを含め、過去に見たことがありません。

 この一年間、民間で生活困窮者支援に関わる私たちは、「貧困の現場では緊急事態が発生している」、「社会の底が抜けている」と言い続けてきました。しかし、各地の炊き出しに集まる人の数は増え続け、日々、最悪の状態を更新し続けています。

 首都圏の40以上の団体でつくるネットワーク「新型コロナ災害緊急アクション」では、メールフォームによる相談窓口を開設し、この一年間で600件以上の相談に対応するとともに、「所持金が数十円しかない」「今晩から野宿をせざるをえない」といった緊急性の高い相談にはスタッフが駆けつけて支援をするというアウトリーチ型の支援活動を続けてきました。
 コロナ禍の長期化に伴い、経済的困窮だけでなく、精神的にも疲弊しきっている方からの相談が増える傾向にあり、死ぬことを考えていると話す20代、30代の若者からのSOSが増えています。

 私は昨年春以降、貧困の急速な拡大に対応するためには、最後のセーフティネットである生活保護を徹底的に活用すると同時に、その手前の支援策を大幅に拡充する必要があると訴えてきました。

 しかし、政府は昨年に一度、10万円の特別定額給付金を支給しただけで、社会福祉協議会の特例貸付を拡充することで急場を乗り切ろうとしました。コロナの長期化を踏まえ、特例貸付が今年2月に200万円まで増額されたため、現在、貸付の2つのメニューの総額は8400億円を超え、申請件数は209万件を超えています。その結果、現場では何が起こったのでしょうか。

 「関西社協コミュニティワーカー協会」が全国の社協の職員1184人を対象に実施したアンケートには、次のような職員の声が寄せられています。

 「貸付以外の支援施策が未だ打ち出されないことが、相談現場で苦しい」

 「延長まで借り切った人や、年齢的に就労に繋がらない(そのそも仕事が少ない)人たちにどう支援していけばいいのか、悩む。また苦しい状況の人に借金をさせている、これが福祉なのか疑問に思う」

 「金銭面での支援が必要なのであれば、貸付ではなく給付という形を検討してもらいたい。」
 「今のままでは、生活ができず貧困によって亡くなる方が増えそうで心配です」

 「コロナの影響がこれだけ長期化することを、国のリーダーや識者を含めて誰も知り得なかったのかという疑問がある。」

 コロナ禍における政府の最大の貧困対策が給付ではなく、貸付であったことについて、現場の職員が最も矛盾を感じているのです。
 また、「丁寧な相談支援ができないジレンマ」を全体の76%の職員が抱えており、生活保護につなげようとしても、福祉事務所の窓口で拒否されるので、今後の支援に悩んでいるという声もありました。

 社協の貸付については、借り受け人と世帯主が住民税非課税世帯であれば償還を免除するという方針が示されていますが、この収入基準は厳しすぎるので緩和すべきです。また、家賃の負担を少なくするためにか家族と同居して家計は別にしているという若者らが、償還免除の対象から外されてしまう危険性もあります。

 私の知り合いの社協職員は「貸付の利用者、ほかのカードローン、クレジット、リボ払い等も満額まで借りている人が少なくない。社協の貸付を実際にほかの債務の返済に充てている人も多いと思われる。自殺者が多かった時代は多重債務による生活苦が主な原因だったが、その再来がもう目前に来ているという感覚がある」と危機感を語っています。他の先進国と違い、現金の給付ではなく貸付で対応しようとした弊害はあまりに大きいと言わざるをえません。

 最後のセーフティネットである生活保護は、昨年秋以降、申請者数が増えていますが、今年1月の申請者数は前年同月比で7.2%増と、微増にとどまっています。民間の食料支援に集まる人がコロナ以前と比べ、倍増しているのと対照的です。
 生活困窮者が増えているにもかかわらず、生活保護利用が進まない背景には、3つの要因があると考えます。

 1つ目は広報の不足です。厚生労働省は昨年12月より公式サイトにおいて「生活保護の申請は国民の権利です」という広報を始めましたが、ネットでの広報には限界があります。一部の政治家が主導した過去のバッシングによって浸透したマイナスイメージを払拭するためには、テレビコマーシャルや駅の広告など、様々なツールを活用した広報をおこなう必要があります。マイナンバーカード並みの予算を投入して広報を展開してほしいと望みます。

 2つ目は、各地の福祉事務所による水際作戦です。
 今年2月、生活に困窮して住まいを失った20代の女性が横浜市神奈川区に相談に行ったところ、生活保護に関する虚偽の説明をされ、追い返されるという事案が発生しました。神奈川区は後日、謝罪をしましたが、同様の水際作戦は各地で頻発しています。
 新型コロナ災害緊急アクションには、「若いから生活保護は無いと言われた」、「もっと仕事を真剣に探しては、と言われた」、「住民登録がないからダメといわれた」等、違法な追い返しをされたという相談が相次いでいます。
 こうした水際作戦をなくすために、生活保護のオンライン申請を導入すること、各自治体の窓口で相談者が手に取れる場所に申請書を置くことを求めます。

 3つ目に、制度上のハードルがあります。
 最大のハードルである扶養照会については、今年4月以降、申請者の意向が一定程度、尊重される運用に変わりましたが、まだ現場では徹底されていません。さらに一歩進め、申請者の同意がなければ、親族に連絡をしてはならないということを明記した通知を出してほしいと思います。

 また、車の保有や申請時の預貯金額などの資産要件も大幅に緩和し、生活保護の利用者数を政策的に増やしていくことが求められています。2013年以降、引き下げられてきた生活扶助基準も元に戻す必要があります。

 生活保護の手前において、もう一度、一律の給付金を支給する、住居確保給付金の支給期間を撤廃して、普遍的な家賃補助制度へと改編するなどの現金給付を思い切って拡充すると同時に、生活保護そのものも利用しやすくする、という両面作戦を行わなければ、現下の貧困拡大には対応できません。
 また、難民申請中で仮放免中の方を含め、制度から排除されている外国籍の方々の医療や住まい、生活を保障する支援策をおこなわなければ、いのちの問題に直結すると大変、危惧をしています。

 「自助も共助も限界だ」、「今こそ、公助の出番だ」と、私たちはこの一年間、叫び続けてきました。
 しかし、生活困窮者支援の現場では、依然として「公助」の姿が見えません。政府は一体、どこにあるのでしょうか。
 この国に政府が存在している、ということが現場からは見えないのです。

 いま、この瞬間、家を追い出されて、路上に追いやられる若者がいます。
 いま、この瞬間、おなかをすかしている子どもがいます。その子どものために炊き出しに並ぶ親御さんがいます。
 そして、いま、いのちを断つことを考えている大勢の人たちがいます。

 その人たちに向けて、「日本には、政府がある。人々のいのちと暮らしを守る政府がある」ということを行動で示してください。
 「貧困に苦しむ人々の声を聴く政治がある」ということを今すぐ行動で示してください。

 私からは以上とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。

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[ 動画 ] https://youtu.be/y6sGbHyPZuk?t=856
[ 引用元 ] https://twitter.com/inabatsuyoshi/status/1390216436186943490

[ 補足 ]
※ 一部の政治家が主導した過去のバッシング: 自民党の「生活保護問題に関するプロジェクトチーム」に所属していた国会議員による生活保護バッシング。


■ 関連動画

2021年5月6日 参議院 厚生労働委員会 稲葉剛([ 参考人 ] 一般社団法人 つくろい東京ファンド 代表理事)
https://twitter.com/NthKokkai/status/1390210497056706560

2021年5月6日 参議院 厚生労働委員会 石橋通宏(立憲民主党)
https://twitter.com/NthKokkai/status/1390210671216783361

2021年5月6日 参議院 厚生労働委員会 倉林明子(日本共産党)
https://twitter.com/NthKokkai/status/1390210844709908480

2021年5月6日 参議院 厚生労働委員会 福島みずほ(社民党)
https://twitter.com/NthKokkai/status/1390210887777017859

2021年5月6日 参議院 厚生労働委員会 福島みずほ(社民党)
https://twitter.com/NthKokkai/status/1390211495129018369

2021年5月6日 参議院 厚生労働委員会 打越さく良(立憲民主党)
https://twitter.com/NthKokkai/status/1390210932157022209

2021年5月6日 参議院 厚生労働委員会 田島麻衣子(立憲民主党)
https://twitter.com/NthKokkai/status/1390211321975644162


■ 稲葉剛 氏(一般社団法人 つくろい東京ファンド 代表理事)

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【 報道 】

■ 『「コロナではなく貧困に殺される」困窮者支援現場から聞こえる悲鳴 この瞬間にもSOSが…「五輪開催即刻中止を」の声』(週刊FRIDAY / 2021年5月7日)
[ 記事 ] https://friday.kodansha.co.jp/article/178809
[ Twitter ] https://twitter.com/FridayDigi/status/1390585539972067328

■ 「自助も共助も限界を迎えている 生活保護を利用者本位に」(稲葉剛 / 岩波書店「世界」 2021年6月号)

[ 書籍 ] https://www.iwanami.co.jp/book/b583100.html
[ 記事画像 ] https://pbs.twimg.com/media/E01KNx2VgAEFF1T?format=jpg
[ Twitter ] https://twitter.com/inabatsuyoshi/status/1390849468229062663


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