雨と晴れのジンクス

雨と晴れのジンクス_2

アカリは控え室のドアを勢いよく開け、脇目もふらずに化粧台にドスンと座った。鏡越しに、呆気にとられたマネージャーを睨みつける。

「あのさぁ、なんでバイトがその辺ウロウロしてんの?」

マネージャーが全て察した顔が両手を合わせる。

「ごめーん!いや、お茶持って来てくれたのよぉ!あのデコ出てる子でしょ?ファンぽかったけど、まさか話し掛ける度胸があるとは!アカリ様に!はは!」

「…ったく、世間的なアカリは清らかなのよ…。こっちはライブ前でナイーブだってのにさぁ。」

マネージャーは読み掛けのファッション雑誌に目を戻す。長い付き合いで、アカリが歌えばすっかり機嫌が良くなる事を承知している。

「それ笑うところ?アカリ、歌で緊張した事無いでしょ。」

「まだ晴れてないでしょ…空。」

マネージャーが雑誌から顔をあげると、いつの間にかアカリは椅子を回してマネージャーを直視していた。

「うそ?そんな事ないでしょ。ここ窓無いから分かんないけど…。」

「みっちゃん知ってるでしょ?晴れてたら、わたし、分かるから。空気で…。」

アカリは勢いよく椅子を半回転させて鏡の自分を睨んだ。みっちゃんと呼ばれるマネージャーは心配そうに彼女の背中を見つめている。

しばらくラジオの声を聞いた後、アカリが呟いた。

「今日は“ジンクス”多めで行く。曲順変えるから。」

-

アカリが自分の才能に気付いたのは高校生の時、いつも入り浸っていたファミレスでの他愛も無い会話がきっかけだった。

「わたし、雨女なんだよねー。昨日、ゲリラ豪雨すごかったじゃん?カレシと海行ってたんだよね…。」

アカリは退屈そうにケーキをつつきながら親友の愚痴を聞いていた。

「でさ、二週間前のデートも大雨!映画観る前にびしょ濡れでマジ最悪だったわ…ねぇ、アカリ聞いてる?」

分かり易い溜め息をして、アカリは親友を哀れむ表情で見つめた。同級生の彼女とは小学校からの腐れ縁だが、アカリの方が一回り年上の様に落ち着き払っている。小さい頃からハーフと間違われる容姿端麗のアカリと、日本人形かコケシに似ていると評判の彼女は、外見も性格も対照的だが不思議と馬が合った。

「みっちゃんさ、昨日は天気予報で雨って言ってたよ…。それに二週間前って、梅雨あけて無いからね?」

「え…そう…だっけ?はは!」

「ったく…。それでうちの野球部のマネージャーやってんだから信じられないよ…。」

アカリ達が通う高校は所謂“おバカ校”だったが部活動が盛んで、特に野球部は甲子園の常連だった。みっちゃんは野球部の3年生の先輩と付き合っているのだが、それとは別にマネージャーの仕事だけはそつなくこなしている。サポート役に向いてるのだろう。軽音の幽霊部員のアカリは密かに彼女を尊敬していた。一方みっちゃんは、アカリに容姿と歌唱力を活かして歌手になる事を薦めては、ことごとく拒否されて来た。

「あ、てか今度の試合きてよ?野球部にもアカリ大人気なんだからさぁ。みんな張り切るよ!それに、アカリ晴れ女だし。」

「晴れ女?」

「だってさ、うちら小学校の時から遠足とか運動会とか雨ふった事無いじゃん?最近までわたしが晴れ女かなーとか思ってたんだけど、去年の運動会アカリ風邪で休んだじゃん?で、土砂降りで延期。」

しばらく一方的に昔話をした後、みっちゃんは冗談半分の実験を提案した。内容はこうだ。“雨が降るまで路上ライブをやる。20回連続で降らなかったら、デビューを目指す。もし1回でも降ったら、二度と歌手になる事を薦めない。”

アカリはわざと天気予報で雨の日を狙ったが、20日とも晴れた。100日を超えた時、地方新聞に小さく記事が載り、卒業を控えた春先に路上で芸能事務所からスカウトされた。その時、ライブは通算265回目の晴れだった。アカリとみっちゃんは、その頃歌っていた曲を“ジンクス”と呼んでいる。デビューから5年経った今、屋外屋内問わずライブで雨は一度も無い。もうとっくに実験は済んでいたが、二人は何処かで今の成功は晴れが続く限り続くと思っていた。

雨が降ったら全てが終わってしまう様な気がしていたのだ。

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かっぴー(漫画家)
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