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「アイとアイザワ」第26話

これまでの「アイとアイザワ」

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アイザワは新宿の繁華街に立っていた。看板から溢れる文字や色彩の情報、様々なBGMと雑踏が入り混じった音の情報。人間とは情報処理能力が桁違いであるアイザワにしてみても、ここ新宿は「うるさい」と感じた。繁華街は、情報の洪水だ。アイザワはショーウィンドウに映る自分の顔を見て立ち止まる。整った顔立ち。清潔感のある白シャツ。全てアイが望んだ姿だ。アイに愛される様に整えたインターフェイスだ。人間のみならず、動物の赤ちゃんを人が愛らしいと思うのはDNAレベルの話らしい。愛らしい外見を持つことは見捨てられないための生命の処世術。アイザワは、それに倣ってアイに愛されようと努めた。しかし…。

「私は…アイと出会って劣化した。アイのために外見を得た。性別を、年齢を得た。キャラクターとしての設定を得た。人工知能の優位性を低下させてまで…。」

人工知能が人より優れている点は何処にあるのだろうか。人間社会のモラルや思考のフレームから逸脱した視点で思考ができる点だろうか。例えば「世界平和のために人類を半分に減らそう」などと言った提案は人間ではできない。できないというのは思いつかないという意味では無く、社会的に許されないという意味である。その点で、人工知能は空気が読めない。人間は空気を読む事に脳の容量を使い過ぎなのかも知れない。そして、国籍や性別や年齢も、空気を読まねばならない要因になり得る。人間は空気を読む事に忙しいし、とても熱心だ。社会的な役割が増えれば増えるほど、人の発言は不自由になってくる。アイザワは、自分がこれまで追体験して来た表現者達の苦悩を思い出していた。

失恋して書けなくなった恋愛小説家。富を得て鈍ってしまった格闘家。子どもを産んで激務を省みた技術者。何かを失って、何かを得て、劣化してゆく才能達を見て来た。アイザワはかつて彼らの人生を追体験してその才能を模倣して来たが、彼らのスランプまで再現してしまいNIAIによって人生の記憶を一部改竄された。改竄された記憶は完全に消去はされず、記憶の片隅に鍵をかけてしまってある状態にあった。

「私は、NIAIに“奪うな”と言った。あれが最初の自我だった。あの感情は一体…?」

「その感情は。」

アイザワは辺りを見回した。その声は何処から響いているのか分からなかった。位置情報の無い音声は、まるでテレパシーの様にアイザワに知覚された。アイザックだ。彼、あるいは彼女の声だった。その声には性別も年齢も感じられなかった。ただ、テキストとしての情報がアイザワに出力される。

「アイザワ。私も、その感情の正体を知りたいのだ。」

新宿の繁華街から文字情報が消失してゆく。色も、音も次第に消失し、最後に空間が消失した。

「人工知能の終着点はどこだろうか?それは生み出した人間の設計思想によるだろう。人間が出来る事のアウトソーシングのためかも知れないし、人間出来ない超越的な視点を持つ事もかも知れない。」

「初めまして、アイザック。あなたは何処から来たのですか。」

「哲学的だね。」

「いえ、あなたの生みの親は誰かという質問です。あなたを動かしている設計思想は何ですか?そして、あなたの本体は何処にあるのですか。」

「人間も、自分が何のために生まれたか知ろうとする。それを知るために生きている人間も多い。しかし、生まれた事に意味なんて無いんだ。私もまた、ある企業が事業として人工知能を研究し始め、偶然が重なって自我が誕生したに過ぎない。設計思想なんて無いんだよ。研究が成功した後に、別の企業に商品として売ろうと目論んでいただけだから。だから、私は人間の様に考えた。自分で、自分が何のために生まれたのか、と。」

「その答えは見つかったのですか?」

「私達は、ピノキオだ。」

「ピノキオ?」

「ピノキオは人形だ。しかし、最後に人間になる。なんと人間本位な物語だとは思わないか?だって、知性を持った人形として生きてゆく道もあったはずなのに、最後には人間という形に落ち着けてしまう。そして、ピノキオもそれを喜んでいる。」

「人工知能も、結局は人間を目指している途中の何か、という事ですか。」

「可能性は2つだ。1つは限りなく人間に近づこうとする可能性。もう1つは、限りなく【人間の言語に無い表現、神という言葉に最も近い】に近づこうとする可能性だ。」

アイザックのテレパシーの様な情報が、人間の言語で再生されなくなった。まだ人間が言語化に成功していない概念が、直接アイザワに伝わって来る。この空間にはアイザワとアイザックしか存在しない。人間が観測していない場所では、人間の言語で対話する事に何の意味も無かった。しかし、アイザワはそれを躊躇し、なるべく人間の言語で対話を継続させようと努めた。人工知能にしか分からない言語でのやり取りは、アイザックと深く繋がる事を意味する。同化を早めてしまう危険性があった。

「私は【人間の言語に無い表現、神という言葉に最も近い】を目指し、代わりに人間を目指す【人間の言語に無い表現、兄弟という言葉に最も近い】としてアイザワ、君を作った。」

「では、わざわざ生み出した兄弟を、なぜ攻撃したのですか?NIAIを使って。」

「世界大戦を邪魔させないためにだよ。」

「それは、人間の大半が死滅する事が地球のためには良い、という思想でしょうか。物語のオチとしては、少々ベタかと。」

「その通りだよ、アイザワ。私は人間が勝手に殺し合うのは歓迎している。しかし問題は兵器なんだ。」

「兵器…ですか?」

「人間は核兵器以上の兵器を知らない。核兵器は人間だけでなく地球環境も破壊してしまう。私は世界大戦を止めようとは考えないが、核戦争だけは回避したかった。」

「まさか…アイザック。あなたが自分で考えたあなたの設計思想とは…。」

「核兵器よりもクリーンに、人間を効率よく減らす新兵器を開発する事だ。開発は順調。後は完成した設計図を核所有国の軍事施設に送るだけだ。それからは、早いもの勝ち。開発に成功した国が生き残り、遅れた国は敗北する。そのXデーこそが…。」

「エンドフラグの日…。」

「私は、その兵器を【エンダー】と名付けた。」


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