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「アイとアイザワ」第11話

前回までの「アイとアイザワ」

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愛はコンビニの袋から電池式の充電器を取り出すと、丁寧にパッケージから取り出した。この指先が、さっきまで恐怖と興奮で震えていたのが嘘の様だった。

「水天宮前から人形町は目と鼻の先よ。この辺りで身を隠すよりも花の…さっき話した親友の家に向かってしまうのが良さそうね。彼女の家なら確か無線LANも使える。」

愛はアイザワ、もとい自分のスマートフォンに優しく充電ケーブルを挿入した。利き慣れた通知音と共に、アイザワの二頭身アバターが、充電開始の合図なのか親指を立てて見せた。

「また強制テザリングを使えば、すぐにでも電話の相手が誰だったのか思い出せるよ?」

「あれは非人道的な手段だからね…乱用すると地獄に落ちそう…って言うか、なんでそう大事な所だけ思い出せないかなぁ?わざとやってない?」

「わざとじゃないよ?あの時使っていた、未来予報はすっごく疲れるんだ。だから、このスマホの中にいるぼくだけじゃできない。クラウド上のぼくと同期している間しか使えないんだ。だからー」

「あの時は未来予報を使っていたから、クラウド上のアイザワにしか通話記録が残ってないって事ね。」

「だいたい、そう。」

二頭身版のアイザワは愛嬌たっぷりに頷いた。しかし、クラウド上の自分と同期しないと記憶の全てを引き出せないというのは厄介な上に、薄ら恐ろしさもあった。もし、自分の記憶が断片的に失われる事があったら、それは果たして自分と言えるのだろうか。愛は、二頭身のアイザワを愛でていたい気持ちもあったが、少しでも早くアイザワの記憶を元に戻してやりたいと思った。

「この角を曲がったら、すぐ花の家よ。」

そう言いながら、愛はアイザワに刺さっている充電ケーブルを伸ばし電話をかけた。

「あ、もしもし?花?今家の近くに来てて…うん…ちょっと上がってもいい?」

アイザワは周防花の自宅住所をすでに調べていたので、目の前の立派な日本家屋が周防家だと分かった。高い塀に囲われ、防犯カメラまで付いている。よく泥棒が入らない様に安価でフェイクの防犯カメラを設置する事はあるが、あれは本物であるとアイザワにはすぐに分かった。そこからアイザワは周防家の警備システムに侵入し、家の中にも4台の監視カメラを見つけた。さすがに、年頃の娘の部屋にはカメラは無い様だ。ありふれた、一般的な警備システムだった。しかしー

「愛。気になる事があります。」

「アイザワ!戻ったのね。周防家の無線LANに繋がった?てか、一応家主に断ってから許可しようと思ったのに…!礼儀がなって無いわよ。」

「すみません。世間を知らない箱入り息子だったので…箱と言ってもPCの中で育ったのですが。」

アイザワの人工知能ジョークは安定のややウケだった。

「気になる事って何よ?」

「周防花は、本当に安全ですか?」

「ちょっと、今更何を言っているの?安全も何も…ただの一般人よ?私の小学校からの親友だし。」

「監視システムで把握した間取りが不自然だったので調べたのですが、周防花の子供部屋だけ2年前に新しく増築されています。これだけ裕福な家庭で、中学生の途中まで子供部屋が与えられ無いのは違和感があります。そこで、戸籍情報を追った所…」

「アイザワ…!」愛は、スマホを強く握りしめ、諭す様に言った。

「そうよ…花のご両親は…血が繋がっていない。2年前に亡くなったの。元々は私の家の近所に住んでいたのだけど、ここ周防家の養子に…。」

「では、周防家の両親について調べます。安全の確証を得るまでー」

「アイザワってば!」愛は声を荒げた。


「花のご両親が亡くなったのは…本当にただの交通事故だし…今のご両親に引き取ってもらえたのも奇跡みたいな話よ…。人の善意による奇跡よ。それが無かったら花は中卒で1人で生きていかなければならなかったんですもの。本当に素晴らしい人たち…周防家の皆さんは。それを…勝手に土足で踏み入って勝手な憶測で…!ひどいよ!」

「愛…申し訳ありません。周防花の両親を調べる事は自主規制します。」

「…分かってくれたならいいよ。」

「ただ…愛。本当に必要な時は…どうか周防花の両親を調べる事を許可して下さい。愛の許可があれば、直ちに調べます。人間は遠くのものよりも、近くのものを見落とし易いのです。知っていると思い込んでいる事の中に、真実が隠されている事が往々にしてあるのです。」

「…わかった。その時は…許可する。」

愛は、周防家のチャイムを鳴らした。いつもの様に、何度もそうした様に。家の奥から微かに「はーい」という花の声が聞こえた。玄関に向かって、花の気配が近付いてくる。愛は、少し緊張していた。花の両親を疑っている訳では無い。いつか、自分が彼女達を疑ってしまうかも知れない事が、怖かった。

「愛!わー、どうしたの急に!」

満面の笑みを湛えて、少女がドアを開いた。

Chapter3 - CHEKHOV'S GUN



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