雨と晴れのジンクス

雨と晴れのジンクス_1

「お前、それなに?」

「傘…ですけど。」

七月末日。各地の娯楽施設は子ども連れで溢れかえるものだが、ここ横浜の小さな遊園地は少し違っていた。確かに元よりメジャーな遊園地とは違った懐かしい赴きがあり、カップルに人気の場所だ。古くとも立派な観覧車は横浜の夜景を一望でき、未だ観光名所となっている。が、今日の客層はどれとも違っていた。お揃いのロゴが入ったTシャツを着た平均年齢30歳の地味目の男性ご一行。平たく言えば、オタク達によって占領されていた。

「馬鹿かね、君は?え?何年アカリストをやってる!」

リーダー格のオタクが20代前半の若いオタクを叱咤する。

「え…?…何かマズかったすか…?」

「バカもん!モグリか君はぁ!いいかい、アカリのファングッズのカタログ。見たか?」

まるで部下を諭す上司の様にアカリスト(アカリファンの通称)のリーダーが続ける。

「ファングッズの数は今や100を超える。ボールペンからマグカップ、小型冷蔵庫まである!…ちなみに僕は完売品も含めてコンプリートしているが。」

「あ!もしかしてファングッズの傘を使えと言う…?」

「バカー!バカバカー!!逆だぁ!!」

遠くでポップコーンを持った子どもがアカリスト達を指差したが、すぐに両親に回収されて行った。

「アカリグッズには、傘が無いんだよ。ありそうだろ?普通。だって冷蔵庫だってあるんだ。傘くらい。」

「そう…ですね?」

「彼女はインディーズの時のアダ名があるんだよ。“スーパー晴れ女アカリ”と。メジャーになってからのファンは知らないだろうがね。」

「あぁ!聞いた事あります!ヤンマガのインタビューで言ってた!確か路上ライブ時代、ほとんど晴れだったって…」

「ほとんどじゃない。全部だ。」

「えぇ?」

「路上ライブは毎回ブログに書いてたから確かだ。アカリの過去265回の路上ライブで、雨が降った事が無い。たったの一度も。」

若手アカリストが空を見上げる。

「今日…台風来てますよ…ほら、僕ら以外もう帰るし…。」

まだ昼だと言うのに西の空が暗い。ドス黒い雨雲がじわりじわりと観覧車目指して近付いて来る。

「信じるんだ、若きアカリストよ。アカリのライブで、雨は降らない。絶対に。」

「はぁ…」

-

遊園地に普段はヒーローショーをするステージがある。そこまで大きくは無いが背景に観覧車と東京湾をたたえてのライブは壮観だろう。もちろん、天気さえ良ければ。

「ア…アカリさんですよね!?」

アカリが明るめの長い髪を揺らして振り返ると、高校生くらいの女の子が潤んだ瞳で見つめていた。遊園地のバイトだろうか。震える手にはキャンパスノートを握りしめている。

「わたし、大ファンなんです!あの…恋する太陽…だ、大好きです!」

アカリはバイトの女子高生をじっと見つめて、一歩近づく。

「嬉しい!私も、あの曲は特に気に入ってるの!」

女子高生の顔がパッと晴れた。大事に持っているノートを優しく受け取ると、慣れた手つきでペンを走らせた。

「本当は関係者しか入っちゃダメな所だから…サインは内緒だよ?」

髪を結い上げたおでこをアカリが指でつつくと、顔を真っ赤にして深々とお辞儀をした。

「あの!ずっと聞きたくて…アカリさんの書く詞って、“晴れ”とか“青空”って言葉よく出てきますよね…何か意味が…?」

アカリは少しだけ驚いた顔をして、くすりと笑った。

「…おまじない…かな?ジンクスみたいなものよ。」

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かっぴー(漫画家)
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