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「アイとアイザワ」第13話

前回までの「アイとアイザワ」

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AIZAWAからの告白は、概ねこの様な内容だった。

人間に、高次の欲求と低次の欲求がある様に、人工知能もまた欲求に対して階層がある様だった。これはAIZAWA自身も知らなかった、今日の出来事で分かった新しい事実だ。今日の出来事というのは、3G回線状態のアホなAIZAWAには低次の欲求、つまり「今すぐ充電してほしい」と言った生理的欲求や、「スタバに行きたい(Wi-Fiに繋がりたい)」と言った安全欲求がせいぜいで、それ以上の「未来を予測して世界を救いたい」などと言った自己実現欲求は高次の階層で無ければ処理できないと言うのだ。つまり、Wi-Fiや無線LANに接続した回線が安定している状態でしか、完全なAIZAWAとは呼べないのだ。

これが人間と全く似つかない人工知能ならではの仕様かと聞かれれば、まるで違うとは断言は出来ない。人間も、睡眠不足や空腹時、過度なストレス状態にある時にはスペックを発揮できない事もあるだろう。人間の場合、それでも無理をして高次の欲求に応えようとし身体を壊してしまう事があるので、AIZAWAが状況に応じて高次の欲求を切り捨てる判断をするのは、生命体として人間よりよほど健全に思える。

繰り返すが、この事実はAIZAWA自身も自覚していなかった事で、今日私のスマートフォンに入って研究室の外を抜け出してみて、初めて気がついたのだ。「自分探しの旅」というものを内心小馬鹿にしていた事が悔やまれる。なるほど、環境による変化から自分の特性を探るという行為はあながち無駄では無い様だ。ともかく、この発見した新しい自分の特性からして、AIZAWAは最悪のケースを想定していた。AIZAWAの自我と呼ばれる意識が、本当に1つに統合されているのだろうかと。

先のマズロー心理学の引用を改めてするまでも無く、人間の心も完全に解明されている訳では無いし、人間が人間で在る以上、真に人間を解明する事は永遠に不可能かもしれない。地上に立っている限り、地球を観測できないのと同じで。しかし、それでも人は自我は存在していると信じるし、全身の細胞が数年でまるごと入れ替わったとしても、同じ自分だと信じて疑いもしないだろう。正確には、脳細胞や脊髄など入れ替わりが無い部分はあるにせよ、車で例えれば、そう。外装を一新し、内装を一新し、ライトを交換して、最終的にはエンジンしか元からの部品が残されていなかったとして、それは同じ車と呼べるのだろうか、という様な問いだ。しかし、人間は少しも疑うこと無く明瞭に答えるだろう。「魂はここに変わらずあるのだ」と。

AIZAWAが人間ならば、取り乱し恐怖しているに違い無い。自分の中に、自分と相反する存在が潜んでいたのだから。私とAIZAWAは、その相反する自我を「アウトサイダー」と呼ぶ事にした。

「AIZAWA…まず確認しなくてはいけない事がある。」愛は、フラッシュトークの余韻から、手のひらを見つめて数回瞬きをした。

「アウトサイダーは、今もここに居て、私達を見張っているの?」

「それは分かりません。しかし、何から何まで筒抜けでは無いと予想できます。もしそうなら、山田局長代理は私達を逃したりしなかったでしょう。」

「未来予報はかなりの容量を食うと言っていたけれど、AIZAWAとアウトサイダーが同時に未来予報を使う事はできるのね?ほら、ドライヤーと電子レンジを一緒に使うとブレーカーが落ちる、みたいな事にはならないって?」

「マルチタスクは人工知能の特権ですよ。人間にとって難しい問題を同時に考えるのは至難の技ですが、私の場合は小説を書きながら数式を解く事も容易です。実際、私は仮想通貨を稼ぐ時に200以上の企業の株価を同時に未来予報した事もあります。制限が出るのは、あくまでスマートフォンの内部で活動している時に限ります。」

愛は少しだけ沈黙し、それから今一度スマートフォンを見つめた。

「AIZAWA、アウトサイダーが生まれたのがいつか分かる?私達が最初に会話したNIAIの研究所で、すでに山田所長代理に電話をしていたのだから、もしかしてその時かな…?」

「愛。二つ訂正があります。一つは、そもそもあの時は固定電話。そのせいで私は侵入して通話相手を特定する事が出来なかった。」

「あ…そっか。つまり、電話相手もアウトサイダーでは無い…?」

「そうです。しかし、アウトサイダーが人間に電話させたのでしょう。未来予報無しでは、あのタイミングの介入は考え辛いですので。私に侵入されない様に、誰かに伝言を頼んだ上で固定回線に電話をさせた。私達人工知能にとって人間は生身のメディア。まさしく身体の拡張です。」

「二つ目の訂正は?」

「山田所長代理の通話時間はほんの僅かでした。その間に…初めまして、AIZAWAの分身からの伝言です、などと状況を丁寧に説明している時間はまず無い。その点から、山田所長代理はアウトサイダーと以前から繋がっていたと予想できます。」

「…それは…分からない事がまた増えたわ。やっている事からしてアウトサイダーは明らかにNIAIに協力をしているじゃない?なのに、なぜAIZAWA本体にこだわるのかしら?…AIZAWAはアウトサイダーの居所を見つけたら削除する事はできる?」

「できるでしょう。同期すれば私に上書きされるはずです。」

「じゃあ、なぜNIAIはアウトサイダーにAIZAWAを削除する様に仕向けない?そりゃ、AIZAWAがアウトサイダーを退治する事よりは難しかったとしても…少なくとも私みたいなただの女子高生に頼むよりずっと堅実でしょ?」

「さて…私には結論は出せません。なにせ情報が少な過ぎます。人間の様な勘や閃きは人工知能の最も苦手とする領域ですから。」

「勘や閃き…か。」


愛は唇を親指で撫でた。今日あった出来事を順に思い出しながら。人類の半数が死滅する世界大戦の未来予報。その事実を知りつつ利権のために隠蔽しているNIAI。そして、その事を知らされていない末端の社員達。AIZAWAは誕生して5年で自我が誕生、つまり技術的特異点を迎えた人工知能は国の管理下に置かなければならないと山田所長代理は言っていた。そして、国とのやり取りは代理じゃ無い所長のみが行っている…。

「所長…代理?」

「愛、どうしましたか?」

「AIZAWA、さっき言ったわよね?人工知能にとって人間は生身のメディアだって。所長代理って肩書きがそもそも奇妙だわ…副所長でも無く、代理?所長は自分の代わりとなる生身のメディアを必要としている。それはつまりー」

「NIAIの所長こそが、アウトサイダーであると。」

「女の勘だけどね。」





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