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「はじめの挨拶」左ききのエレンDOPE|特別編

今年、左ききのエレン10周年。

2015年に読切版「左ききのエレン」を描いた時、私はただの会社員。
自分が漫画家になるとは夢にも思っていませんでした。

「頭の中にあるストーリーを全て描こうと思ったら50巻以上かかってしまう。」だから、時系列をシャッフルして描きたい部分を走馬灯の様に抜粋して10冊程度にまとめようと考えたのが、原作版の第一部でした。結局今は「全部やると50巻以上かかる」と言っていたものを馬鹿正直に片っ端からやろうとしてる訳ですが、今年は連載当初から描きたかった、あるテーマに挑戦してみようかと思っています。

ドラマチックに描かれ無かった「普通の仕事」

お仕事漫画は一筋縄ではいきません。

創作の題材を選ぶ時には、料理しやすく食べやすい部分、つまり過食部がどれだけ取れるかが重要です。例えばスポーツであれば、試合はドラマがあるので最も美味しい部分でしょう。苦しい練習シーンは成長を描くために少量使えば良いスパイスになりますが、まるまる全てを使うとくどくなりそうです。警察官ものは犯人を追い詰める逮捕シーンが熱く描けそうだし、裁判官ものは法廷シーンに見応えが作れるでしょう。そういった「勝負のシーン」がある職業であれば、過食部は多く取れそうです。

でも、ほとんどの仕事は、そこまでドラマチックではありません。机で頭を抱えていたり、取引先に向かうため移動していたり、ほとんどの時間をそう言った地味な時間が占めています。それは一見して、美味しく食べられる部分は少ないと分かるでしょう。

左ききのエレンで描いている広告業界は、華やかに見られやすい業界ではあると思うのですが、それでも「勝負のシーン」はなかなかありません。手に汗握る緊急オペも無いし、スカッとする判決シーンもありません。

それでも私は、プレゼンテーションをワールドカップくらい熱く描きたかったし、社内政治を白い巨塔くらいドロドロに描きたかった。ただの仕事をジャンプの漫画くらいバチバチに描く事ができれば、それは「天才になれなかった全ての人へ」向けられた唯一無二の物語になると思ったんです。

これまで「オーディション」「撮影」「プレゼンテーション」あたりは上手く描けた自負があります。

ただひとつ、まだしっかりと描けていない要素があります。
それが「プランニング」企画立案です。

企画は、凡人にもチャンスがある。

22年前、私は人生を変える本と出会いました。

「企画の教科書」というその本は、稀代のヒットメーカー、放送作家おちまさと氏の著作で、その名の通り企画職を志す若者必携の本。

高校時代の私は、その本をベロンベロンになるまで読み込みました。

突き抜けた武器を持ち合わせていなかった私は、漫画家や映画監督にはなれないだろう。でも、放送作家やアートディレクターにはなれるかも知れない。才能といった不明瞭なもので競うのでは無く、鍛え方が存在するフェアな世界。企画の世界は、私の目にそう写りました。

余談ですが、アートに対するデザインもそれに近いものだと思っていたんですが、デザインの世界はキッチリと才能が必要でした。それに気がつくまで10年かかってしまった。

私は武蔵野美術大学・視覚伝達デザイン学科という、泣く子も黙るエリート街道ど真ん中の出自ではあるのですが、自分がデザイン畑かと聞かれれば否と即答します。

そりゃあもちろん、大手広告代理店のデザイナーにまでなったのだから、その年代の日本トップ50くらいには居ただろうけど、デザイナーとして業界に残せたものなどただの一つも無いのだから、結局はその程度です。私は、どうひっくり返ってもデザイン畑出身とは名乗れません。

デザインも結局、道半ばで辞めてしまった。私が10代の頃から絶えず続けてきたものは、企画しかありません。

あの日から今この瞬間に至るまでずっと、私の中で「企画」は特別な響きを持つ言葉です。私が人生で一番考えた三文字は「漫画」では無く「企画」だった。天才になれなかった自分が志す事を許される、手を伸ばせば届くかも知れない憧れだったんです。オレには、企画しか無い。

企画は、あらゆる仕事の基礎にある。

企画力はデザインやコピーにも関わる、極めてベーシックな能力です。スポーツにおける筋力に近いかも知れません。筋力が無関係なスポーツはほとんど無いでしょう。

大学3年生の頃、恩師に「将来は企画職に就きたい」と相談したら鼻で笑われました。企画というものは全てに関わるのだから「企画の仕事がしたい」というのは「仕事の仕事がしたい」というフレーズくらい意味を成さないのだと。それでも、自分は企画を武器にしたかった。それくらい企画しか無いと思ったし、自信がありました。

競技人口が多ければ多い程、その領域は競争が激しくなります。料理は競技人口が多いから、料理人の世界もさぞ厳しいでしょう。営業も競技人口が多いだろうから、日本一の営業なんて相当なものに違いありません。

そして、私が思う最も競技人口が多いものが、他でも無い企画です。企画は仕事と同義である、考えると同義である。であるならば、企画で一番になれれば、その人は人類最強のビジネスパーソンを名乗れるでしょう。そして、その競技に参加するために必要な学歴も資格もありません。

企画を、面白く漫画にしたい。

話を元に戻します。

私が最も情熱を注いできた職能は、デザインでもコピーでも漫画でも無く、もっと根底にある企画でした。現在はそれを拡大解釈して原作者を名乗っています。私は漫画の企画が得意だから、漫画原作者を名乗っているのに過ぎないのです。心は、あの頃と同じくプランナーです。

企画ほど多くの人に関わりのある領域は他にありませんが、一方でここまでドラマチックさに無縁な仕事も他にありません。これまで、幾度となく調理には使えないとされてきた骨とか油とか目玉とか捨てていた部分を拾ってきましたが、企画はその中でも最も面積が大きく、最も味がしません。ほとんど頭の中で起こるものですから、ドラマが非常に作りにくい。そのくせ、時間はたくさん消費する。それが企画フェーズです。

結論から言うと、左ききのエレンを10年描いてきて、ようやく企画が描ける気がしたんです。いや、嘘です。本当は今でも描けるか分かっていません。それでも第三部は、三橋VS朝倉を描くための生まれた部で、第三部を始めてしまったからには、いつかは絶対に描かなくてはならない。

本当は昨年末に始めようと思ったんですが、これから少なくとも1年はこのスモールビジネス編を描くのですから、オリエンテーションが年を跨ぐのは良くないと思いました。今年の仕事初めから仕事納めまで、一気に読者も作者も集中が途切れずに通しでやれたら最高だなと。ただひとつの案件を、漫画で徹底的に描き切る事ができれば、左ききのエレンでやりたかった大きなものが達成できるのでは無いかと思っています。

本日の更新をテキストのみにしたのも、スモールビジネス編を多くの人にリアルタイムで追って欲しいと思ったからです。あの、今日が5日以降だったら普通に漫画を公開していたと思うんですが、さすがに2日から本編は始められないと。休んでんじゃないよと思ったかも知れませんが、世間も仕事初めしていない中で光一達の仕事だけ始めるのもどうかと思いまして。皆さんが働き始めた頃合いに、光一達のコンペもスタートする予定です。

このスモールビジネス編は、とにかく企画という最も地味な所をとことん描きます。そして、それを絶対に面白くします。面白く描く事が、天才になれなかった全ての人を讃歌する事だと信じて。

終わりに

今日初詣に行ってから、ずっとこの文章を書いてるんですが、もう日付が変わるのでこの辺で更新します。

とにかく、これまでで最も難易度の高い章になると思います。情報量も多くなるでしょう。その代わり、キャラクターは全員よく知ってると思います。新キャラはほとんど出てきません。

これまで培ってきた漫画に関する経験値を総動員して、最後まで描くのでお付き合い下さい。

左ききのエレン「スモールビジネス編」よろしくお願いします。


<毎週木曜0時更新>

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