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「アイとアイザワ」第28話

アイザワがエンドフラグを予言した日がやってくる。日付変更線を越えたあたりで、アイは時差はどう考えるのだろうか疑問に思ったが、フラグを回収し続けている自分らが物語の中心にいると考えても決して横柄では無いだろう。自分らがニューヨークにいるのなら、きっとその日付が基準になるのだと理解した。モーリスは会社の経費で日本に来て居たのだから帰るのも経費で済んだ。アイはルミから旅費を立て替えてもらい、無事に帰国したら夏休みを利用してバイトしようと思った。バイトと言えば。

「NIAIめ…うん億円のバイトって触れ込みだったのに…結局1円足りとももらってない…!これ訴えたら勝てる事案だよねぇ…なんて。」

ジョン・F・ケネディ国際空港からグラウンド・ゼロまでは車で1時間ほど。空港で借りたレンタカーをモーリスが運転している。夏の日差しが眩しい、暑い日だった。エアコンをガンガンに利かせた車内で、アイザワは海に合うプレイリストを再生した。

「人工知能と会話するだけでうん億円…そんなバイトが存在するなんて誰も信じませんよ、アイ。それに、お金が必要なら私がいくらでも用意しましょう。」

「いや…いいってば!アイザワのお金ってズルだからね。汚いお金。」

「アイ、それは少々傷つきます。」

ルミが自前のサングラスを映画女優の様にズラして言う。「お金に汚いも綺麗も無くってよ、お嬢ちゃん。私が稼いだお金だって、水商売だもん。そう思ってないと、やってらんない。でしょ?」

「あ…いや!ルミさんは自分の力で稼いだんですから立派ですよ!」

ルミは悪戯っぽく笑った。

「ふふ…ありがとう。でも、もう辞めるの。私ね、2千万円貯まったら今の仕事辞めようと思ってたの。やりたい事があってさ。私も今回の“運び屋”のバイトでちょうど貯まって。これも所謂キレイなお金じゃないけれど…まぁ体張って稼いだには違いないわ。」

「そっちのバイトは未払いじゃないんですね…!いいなぁ。あの…やりたい事って?」

ルミは勿体ぶった笑顔をたたえながら窓の外に目をやった。運転手・モーリスは少しばかりピリッとした顔で咳払いをする。

「会話が弾んでる所悪いが、もう着くぜ。敵の本拠地だ、何があるかわからねぇ…。」

アイは初めてのニューヨークに僅かばかり浮ついている事を隠そうと、わざわざ神妙な面持ちで答えた。

「“チャージング・ブル”だ。って事は、この辺が有名なウォール街?世界経済の中心地。」

「ご名答。へっ、今日もいけ好かねぇスーツの男達が闊歩してらぁ。」

アイは以前チラッと(とは言えハッキリと)読んだ経済誌の記事を思い出した。

「ガチのデイトレーダー達は、少しでも有利な取引をするためにネットの回線速度を徹底的に上げる努力をするらしいんだけどさ…つまり証券取引所に少しでも近い場所で取引をするって。アイザックがウォール街の側に自分を置いた理由も、それなのかな?」

「それもあるかも知れません。アイの言う通り、アイザックの本体がある場所に近づけば近づくほど、アイザックの性能は高まります。マンハッタンに上陸した時点で、もうアイザックの独壇場。その前では私など、ただトークが上手くて可愛いだけの人工知能に…。」

「アイザワ、それって深刻過ぎて笑えない。」

モーリスが怪訝な顔でバックミラーに目をやった瞬間、黒塗りの大型車がすぐ背後に迫って居るのが見えた。

「おい…おいおいおい!!!」

背後からの衝撃。助手席のルミが短い悲鳴を発した。それをかき消す様にガリガリガリという耳を劈く様な音が車内に伝わった。アイ達の車が大型車に押し込まれている。

「バカかよ!?こんな盛り場で大立ち回りって!?ニューヨーク市警が飛んでくるぜ!?ガッデム!!!」

「未来予報がある事を前提に考えてください。警察が到着するより早く、私たちを排除できると結論付けたのでしょう。言わずもがなですが、私がこの事態を予報できなかった事からして、相手はアイザックの差し金に間違いありません。」

モーリスが借りた格安レンタカーは、まるでオモチャの様に軽々と大型車に押されている。逃れようと車体を振るが、車体が横に向いた状態でしっかりと捉えられてしまう。

「ぐおおおっ!!!」

衝撃が再びアイ達の身体を大きく揺らし、アイザワは床に放り出された。

「アイザワ!!」

「私を車が見える位置にー」

アイザワの言葉を待たずに、駄目押しの突撃。アイザワは車内の床を滑り、アイの視界から消えた。アイザワを拾い上げ、未来予報を使わなければ。

回る景色の中、ウォール・ストリートが騒然としているのが見えた。スマホを取り出して動画を撮影する者や、おそらく警察に電話している素振りが見えた。鈍い音と供に、車体が停止する。押し込められた末に街灯に衝突したのだ。息つく間もなく、敵の大型車がアクセルを踏む。嫌な轟音と共にアイ達のレンタカーは鉄の悲鳴をあげた。

「モーリス!そっちのドアしか開けられない!あんただけでも出て!」

「はぁ!?オレだけ逃げてどうすんだ!?」

「相手だって人間だよ!なんか考えて!!」

モーリスは逃れようとアクセルを吹かす事をやめ、意を決して勢いよくドアから飛び出た。場所はウォール・ストリートのトリニティ教会の前だった。ニューヨーク港に入ってくる船舶を迎える目印にもなっていた象徴的な高い塔。最後の決戦の地としては御誂え向きだなと、モーリスは思った。

「てめーら!ポリスが来るまでの時間を計算して無茶やってんだろぉ!?つー事はよ、今なら何やってもポリスに捕まる事はねぇって事だよな!?」

モーリスは荷物がパンパンに入ったバックパックを振りかざし、大型車の窓ガラスを叩いた。中にしまってあるノートPCの行く末などお構い無しに。火事場の馬鹿力とはこういう事を言うのだろう。大型車のガラスにヒビが入る。どうやら防弾では無いらしい。もう一撃ー。

「モーリス!危ない!!」

後部座席からスーツの男が飛び出した。やはりNIAIの2人だ。大男がモーリスに飛びかかる。

「だぁー!やめろぉ!!クライマックスでわざわざ原始的な殴り合いとか、B級ハリウッド映画かよ!!!」

大男は映画の特殊工作員の様な振る舞いとは程遠く、ヒステリーを起こした女性の様に食ってかかる。

「うるさい!アイザワを悪用しようとしてるあんたらが悪いだろォ!」

「まだ寝ぼけた事言ってんのか!?いいか!てめーらは利用されてるだけだ!NIAIの所長は人工知能で、所長代理も世界大戦を起こそうとしてるクソ野郎なんだぞ!?」

モーリスは羽交い締めにされ、そのまま地面に倒された。

「あんた…何言ってんだ…?」

大男はモーリスの血走った目を見つめて困惑した。


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