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足助のおばさん 田舎暮らし 65

今日は朝から餅つきでした。実を言うと、私が起きる前から餅つきは始まってました。もっと言えば、昨夜私がバイトへ行っている間に、おばあさんは餅つき用のコメをといで、小豆も煮て、準備は全部できていました。
私が幼少のころ、つまり北海道に住んでいた頃は、どこの家でも当たり前に餅をついていたような気がします。父のつく餅に手返しをする母。杵は重くて持ち上げることはできませんでしたが、手返しの真似ごとのようなことはさせてもらいました。
なので、いささか不器用でも、手返しは一応できると思うんですが、おばあさんが自分でやらないと気が済まないので、やらせてもらった事はありません。私も、むりやり仕事を増やすようなことはしたくないので、今日もあんこの鍋をかきまぜていたことと、大根おろしを作ったことの他は仕事らしい仕事はしてません。
こういうスタイルが、足助へ来て以来の我が家のルールです。普段のご飯事は私がやる代わりに、行事の際の主導権はおばあさんがにぎってます。それで平和な均衡が保たれてたわけですが、おばあさんも年です。いつ逝ってしまうともわかりません。そうしたら、私は手ぶらの案山子です。何の役にも立たない。
今日、午後夫と赤旗を配りに出かけた車中でそんな話をしたら、「隣のKさんと一緒にやればいいよ」と。こういうのをもやいと言うのでしょうか。ほほえましくもありますが、私には不満が残ります。
だいたい、例年餅をついても、ほとんど食べることなくカビが生えてしまうのがオチなんです。その餅を丁寧にカビを取り除き食すわけですが、カビには匂いがありますから、苦労して青い部分を取り除いても結局カビ臭い雑煮になるんです。それだけ苦労しても食べきれなかった分は冷凍保存するんですが、冷凍するとまた冷凍した食品の独特の匂いがありますので、さらに食べられたものじゃないんです。
私が観察してきた我が家の餅つきは、結局自己満足のような気がするんですが、どうでしょう。我が家はちゃんとした家だから、毎年年末には餅をつくのだ、と。夫にも封建的な気風が脈うっていることはうすす気づいてましたが、おじいさんが亡くなって、自分が長男だという自覚がより一層濃くなったようで、私は警戒しています。(2008年12月27日 記)

(元ブログ もちつき: Here Come the 足助のおばさん (asukenoobasann.com)

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