見出し画像

足助のおばさんと教育 103

ミッフィー

日本名は「うさこちゃん」なんですが、いつの間にか「ミッフィー」でおなじみになりました。昨日、娘が帰宅して、オランダでの計画を話し合ったところ、娘は何をおいてもミッフィーの家が見たいそうです。

いしいももこさんの訳で「ちいさなうさこちゃん」が日本に紹介されたのが、1964年だそうです。それから10年ほどして、いわゆるキャラクターものの先駆けとしてブレイクしました。私が初めてうさこちゃんを知ったのは中学生の時でしたので、ちょっとこれは幼すぎるわ、と、自分で買うことはしませんでしたが、まわりでは結構ミッフィーグッズを持っている友人がいました。

「ちいさなうさこちゃん」には「子どもが初めて出会う本」と帯がついてますので、自分が母親になったら、最初に買うのはうさこちゃん、と決めてました。

「うさこちゃん」シリーズは、結構ストーリー性があって、五味太郎さんの作品なんかのほうが、より赤ちゃん向けなんですが、あの独特の色彩は、小さな子どもにアピールするのですね。子どもがようやくおしゃべりを始めたころ、絵本を暗記して、読む真似をしたりしてました。

ところで、オランダでは国立美術館が新装オープンになったそうです。フェルメールも実物が見られるということです。

だんだん楽しみになって、また眠れない日が続いてます。(2013年6月26日 記)

オランダ紀行9

アムステルダム市内の観光が比較的スムーズに行きましたので、その翌日はユトレヒトという町にあるディック・ブルーナ生誕の地を訪ねることにしました。

アムステルダム中央駅から電車に乗ることは、キンデルダイクを訪ねた折に経験済みでしたから、何も問題なかったんですが、キンデルダイクが世界遺産に登録されているのに比べて、ブルーナの家はあまりメジャーな観光地ではありません。アムステルダムでは掲示物がすべて英語でも併記されていたのに比べて、ユトレヒトではオランダ語オンリーです。それでもガイドブックには「駅から歩いて行けるところ」と書いてあったので、娘について歩いて行ったのですが、歩いても歩いてもただの住宅街です。1時間ほど歩いて娘に「これは違うんじゃないか」と言って、駅まで戻りました。

すでに時間はお昼です。ドトールでお昼を食べて、娘は駅の掲示とガイドブックを見比べて、今度は午前中とは逆の方向へ向かって行くことにしました。

駅の反対側は、住宅地は住宅地でしたが、午前中とは全く趣の異なる中世の街並みで、広場の中央に教会があり、毎正時に鐘が鳴るのでした。趣はそれらしくなってきたものの、やはりブルーナの家は見つかりません。そのうち雨まで降ってきて、私も娘も傘は用意していたものの、霧雨と言うのはこういうのを言うのでしょう、雨が上から降ってくるんじゃなくて、傘を差しても服がぬれるんです。ヨーロッパでは雨が降っても傘を差さないと聞きましたが、あの降り方ではさもありなんです。

私は、キンデルダイクの時から歩きづめでしたから、奇跡のように目的の建物が現れないかと願いましたが、奇跡というのは起こらないものです。親切な人が哀れな旅人に声をかけてくれて、英語で説明してくれて、確かに近くまで来ていることは分かったんですが、たどり着きません。

そのうち、私は公園で待たせてもらって、娘一人で行って来るように言いました。娘もきっと足が痛かったでしょうが、さらに1時間ほど頑張って、ついに諦めました。

ここで、オランダ土産を買おうと思っていたんですが、それは明日、最終日にすることにして、ユトレヒトでの彷徨は徒労に終わってホテルへ戻りました。(2013年8月5日 記)

(元ブログ ミッフィー: Here Come the 足助のおばさんオランダ紀行9: Here Come the 足助のおばさん

いいなと思ったら応援しよう!