本当に夏が終わる。そして私は私を見る
熱帯夜に近くまだ蒸している気がする。
いつもより暑いなぁと秋の虫が思うかどうか、空は日の翳りと雲から夏のそれ、ではない。
カレンダーは残すところ3枚と3日。
今年は急に過熱したダイソーの観葉植物への私の関心で、お陰で毎日植木鉢を見て回り水やりとか日光に当てるとか忙しくそれがマインドフルネスになっている。
あー!!芽がでた!
なんか萎れてる?( ;∀;)
葉っぱが広がったー!!
茎が伸びてるぅ!!
びっくりマークの漏れなくついた一言を感嘆符でサンドして、わーわー言って喜んでは悄気て、
私は私に忙しい。
頼まれてもないのに(*´▽`*)
そのせいか、
心穏やかにいる時間が増えた。
そして今日は
もう本当にこれが欲しいという狙いの植物は無いのに
またダイソーへ見に行った。
マドカズラをもう一つ。。。と思ったが止めた。
そして何故か
ゴムの木、フィカスを連れて帰った。
フィカス・ルビー。
昔実家にあった、緑です!つやつやです!という筋肉質なスポーツマンなイメージのゴムの木でなく、ピンクで葉っぱは白のマーブル。これは女子だ。
一つだけあって、エニシを感じたのと思い返すと巨大化しそうな種類ばかり選らんできた事が、ちょっと気がかりだけど
木!というのもあってもいいかな、ピンクで可愛いな、と言う単純な動機。
もうひとつ、迷って止めたのはヤシの木の種類で、見たことがレアに思えたけど何メートルにもなるというと庭のない我が家では、すくすくを喜べない。
私はしんどい思いをした。
ヒトトセ以上。
そしてここの所ママは姫気質とやりたい放題に拍車をかけて、私の心と体力の負担は減ることはない。
片付けも、やりたいことも、繰り越したままに日々洗濯に追われる。それで1日終えたと思いたくないから、植木鉢を見て回る。
来月には排水の点検が来る。
このカオスになりそうなリビングも何とかしたいのに、出来てない事に自分を責める。一番は昔からだけどママは責任を取らない。認知症以前の個性が毎日を混乱に巻き込んでいる。日々悲劇を超えた喜劇でもある。
昨日、半世紀を超える冤罪事件の袴田さんが無罪を勝ち取った。そもそも勝ち取るものでなく誤った裁判だったのだ。
それを引っ込みつかなくなったように見える検札側は世代が変わり、当時の担当者ではない。
被告だった袴田さんは代わる代わるの相手をしてきた事を考えると、冤罪は1件でも多すぎる。
そして今日は石破さんが総裁になった。
何度となく立候補されて居た時、話した事もないけど応援したくなった。
何も知らないまま言うと、話し方に誠実を感じたから。話し終わるまでつい聞き入ってしまう話し方は魅力的だと思った。
石川県での大雨災害で
今年の元旦の地震から大変な思いをされている上に、また。。。
毎朝、出勤する途中、真っ直ぐな泥のない道を歩けるだけで有難いと思っている。
世の中はそれでも動いていて変化し、
泣いていても怒っても笑っても、やがて太陽は西へ帰る。
私には何が出来るだろう?
植物たちは石破さんの総裁も知らず、ただ成長する。にゃん太郎も石川県の被害を知らず、ただ心地よく遊び眠る。
私は私を見て、自分を大切にしてこなかったことに今年やっと気付けた。
植物たちを見ていて、心の目盛が直線的な動きで無くなってる事を実感した。
看脚下、
昔習った茶道の掛け軸にあった言葉を思い出した。禅の言葉だそう。
私を、見てこなかった私が
私を外側から見たら、それでいい、とちょっとだけ思えた。
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