「彼氏」の話

 私は少し前まで、「彼氏」という言葉が使えなかった。付き合っている男性のことは必ず「恋人」と言って、絶対に「彼氏」と言う言葉を使わなかった。
 なぜ「彼氏」という言葉が嫌いなのか分からなかったが、「相手の性別を本人に確認したわけでもないのに性別を限定しているのが気に入らないのかな」と思い込んでいた。しかし、「そうじゃない」と気づくきっかけがあった。
 彼女ができたのだ。彼女にも相手の性別を本人に確認したわけではないが、相手が自分のことを「(筆者)の彼女」と言ったからそれに合わせている。昔の恋人も自分のことを「(筆者)の彼氏」と言ったことがあるが、私はそれでも絶対に「彼氏」という言葉を使えなかった。しかし、「彼女」という言葉は平気で使える。だから、性別を限定してるのが気に入らないわけではないのだ。なら、どうして?「かれし」という音の響きが嫌いなのか?
 そんなことを考えていたら、ある人がこう言った。
 「『彼女』は「かのおんな」と言うふうに読めるけれども、『彼氏』にはそういう関係がないからじゃないですか?」
 「僕も『彼氏』という言葉には違和感を覚えています」と話す相手に、私は「天才……?」と感嘆した。
 「彼氏」と検索すると、「彼氏」は彼女に対しての昭和初期の造語と書かれていて、比較的新しい言葉なのだと思った。性別がどうっていう思想とかではなく、おそらく文法的に違和感があったのだろう。そういえば、「彼氏」という言葉が使えなかったにもかかわらず「元彼」という言葉はなんの違和感もなく使えたのだ。
 しかし、まだ「彼氏」のどこがおかしいのかよく分からない。「彼」に敬称の「氏」をつけた言葉が違和感があるなら、なぜ私は「彼女さん」のような同じ組み合わせの言葉を平気で言えるのか?
 いろいろ疑問はのこるが、なぜ違和感があるのかを少し理解できて、私は急に「彼氏」という言葉を使えるようになった。言語感覚って簡単に変わってしまうものかもしれない。

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