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スケッチ・オブ・ヨーロッパ Vol.3 Toledo #1
過去への遡上を開始する…。
その日僕たちは、滞在中のマドリードから、
近郊列車に乗り込み、南へ向かっていた。
目指すは、イベリア半島の中央に位置し、
3方を川に囲まれた自然の要塞都市、
トレド(Toledo)。
僕は過去に2度仕事でトレドを訪れている。
何れもマドリードから、車や貸切りバスによる移動だった。
今回は、鉄道の旅を楽しむことにした。
アランフェス経由で91キロの道のりだ。
アトーチャ駅を後にして、いくつかの駅を通過し、アランフェスへ向かう。
マドリードから南へ46キロ。
歴代の王の避暑地だ。
スペイン内戦の時代、アランフェスの町も大きな被害を受けた。
車窓の外を眺めていると、脳裏に「アランフェス協奏曲」が流れはじめた。ホアキン・ロドリーゴは、祖国スペインの内戦による破壊と混乱の中、平和への祈りを込めて、古都アランフェスを舞台にしたこのギター協奏曲を作曲したという。
デンマーク国立交響楽団
指揮:ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス
ギター:ペペ・ロメロ
ピアニストで作曲家のロドリーゴが、ピアノではなく、あえてギター協奏曲を作曲したことに、祖国スペインへの深い愛情を感じる。
この協奏曲の中で、一番長い第二楽章(6:50から)は、鎮魂と哀愁を帯びた美しい旋律だ。僕の頭の中で繰り返しながれるアダージョ。
ペペ・ロメロ (Pepe Romero) のギターが語りだす。
ロドリーゴ夫妻は、このころ子供を授かっていた。しかし、出産時に息子を亡くし、妻ヴィクトリアも重い病にかかる。
盲目のロドリーゴにとって、妻ヴィクトリアは光そのものであり、はじめての子供の誕生は、あらたな希望の光だったはずだ。
彼はふたたび、光を失ってしまった。
一度目は3歳のときの病によって、視力を失う。
二度目は、子供の誕生に託した希望の光を、失ってしまう。
ぺぺが奏でるギターの音色は、
悲しく泣いている。
悲しいのに、なぜ美しいのだろう?
ギターの音色は、ロドリーゴの言葉そのものなのではないか?
なぜ息子は死ななければならなかったのか?
どうしてこんなに苦しいのか?
わたしの光はどこへ行った?
ああぁ。
何度も何度も、ギターは問いかける。
そして、オーケストラがその問いに答える。
ギターは、しだいに感情の高まりを抑えるすべもなく、叫ぶ!
オーケストラは、圧倒的な包容力でそれに答える。
空から降り注ぐ光の雨は
無限に続くと思われた悲しみを
しだいに溶かしてゆく。
これは…、まるで…、
人(ギター)と、神(オーケストラ)との対話のようだ。
だから、悲しいのに美しいのか!
ギターの音色が光に溶けてゆく
その刹那 6弦から紡ぎ出すように
一つの小さな音が生まれ
光となって宙に舞う…。
不意に涙が頬をつたう。
僕にも姉がいた。
姉は、生まれてすぐに亡くなった。
はじめての子供、父も母もとても喜んで、そして、
とても悲しんだことだろう。
僕は、姉の人生も重ねて生きているのかもしれない。
そうであってほしい。
ホアキン・ロドリーゴは妻ヴィクトリアと、
このアランフェスで安らかに眠っている…。
様々な想い出を乗せて、
列車は、トレドへ向けて動き出す。
< つづく >#1
※曲の解釈は、あくまでも僕の個人的な感覚によるものです。
真実は勿論わかりません。ただ、ロドリーゴと妻ヴィクトリに起きた不幸な出来事は、事実として歴史の中に刻まれています。