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【見返しレポート】テレビノーク#18「11年後の風景を歩く」

カロクリサイクルの活動紹介や、ゲストを招いてテーマにまつわるおしゃべりをする配信番組「テレビノーク」。
noteではこれまでのアーカイブ配信を見返してレポートをお届けしています。

今回見返すのは、2024年1月23日(火)に配信した#18「11年後の風景を歩く」です。

#18 配信リンクはこちら👇

#18は編集者の柴原聡子さんと写真家のトヤマタクロウさんをゲストにお迎えしました。柴原さんは#16のインドネシア回からの引き続きのご出演。誠にありがとうございます!

さて、ゲストのみなさんと瀬尾さんによる、被災した土地のその後をリサーチするアートプロジェクト「住むの風景」。今回の配信は「住むの風景」活動最初の成果物となる写真詩集『New Habitations: from North to East 11 years after 3.11』の特集回となります。

アートプロジェクト「住むの風景」👇


東日本大震災で被災した岩手から茨城までの沿岸地域を、2022年から2023年にかけて歩き直し、トヤマさん撮影の写真と瀬尾さんの詩によって収めたこちらの一冊。

写真詩集『New Habitations: from North to East 11 years after 3.11』👇

こんなに写真や詩をお見せいただいて大丈夫なんですか!?と驚くほど、本の内容と沿岸地域の11年目の風景についてたっぷりお話しいただいています。
瀬尾さんの詩の朗読もあり。本書をお読みになった方も、まだという方へもおすすめです。


11年後の風景の中にあらわれる、それぞれのまち

災後10年を契機に、まずは沿岸地域を歩き直すことからスタートした柴原さんたち。
「被災地での巨大な土木工事や高台にできた住宅地は、一見すると似ているようでも、数日かけて巡って訪れるとそれぞれのまちの微差が見えてくる」「まちによってのコンセプトがかなりちがうとわかってくる」「それがこんなに風景にあらわれるんだと思った」と、柴原さん&瀬尾さん。
その微差を捉えて記録する方法として「各地を写真で撮り直した方がいいんじゃないか」というアイデアが出たのだそう。

右から柴原さん、トヤマさん、瀬尾さん

企画に合流したトヤマさんは、東北での撮影は今回が初めて。撮影のスタートはみなさんで福島を訪れ、その後は一人取材や、地元の方のアテンドを伴っての取材など、いくつかのアプローチで約半年をかけて撮影されています。
瀬尾さんは、この10年に各地で聞いてきた語りと、今回あらたに訪れて聞いた語りとを織り交ぜての書き下ろし。
中にはNOOKが東北で実施した「とある窓」で聞いた語りから生まれている詩もあり、個人的にとても懐かしい気持ちになりました。(13年目に突入した今からすると、2018年ごろってちょうど半分ごろの時間ですね)

東北での「とある窓」(2018)👇


北から南に降りてくる掲載順にすることで、東北の被災地が隔絶された場所ではなく、東京や他の場所と地続きであること、社会構造で繋がってることを想起しやすくなるように構成した、という本書。
配信ではいくつかの地域にフォーカスして振り返っていただきました。

岩手
◆野田村
整備された今の風景での、おじいちゃんおばあちゃんのゲートボール
 ←トヤマさんがひとりで回った時に最初に撮った風景。「これが海辺の暮らしなのかも」

◆田老
堤防と生活と語り
・北に行けば行くほど、明治三陸地震や昭和三陸地震とならぶ、平成三陸津波、という認識で災禍がつながっている
・それぞれの地域に堤防との暮らしや捉え方がある
 「堤防があると亡くなった人や財産が海へ流れない」という語り 
 →そこに生きてきたからこその解答、肯定、物語では?
・被災以前のまちの歴史や背景がそれぞれにちがい、ちがう語りがある
 
・地方や僻地ならではの暮らし
(鉱山や山仕事からの近現代的生活への転換、戦中戦後の生活の遅れ)
→津波だけではない暮らしの中の困難の多さ、それでも愛着を持って暮らしていること

◆大槌 
・最初期のリサーチで、「ほんとにそれぞれちがう」と実感を持ったのが大槌と山田
・家の建ち方の特徴
 どうしてこの形になったのか、都市計画が風景から想像しにくい?
 外構(塀や柵、植栽)や木がない家
・家は住んでる人と歳をとっていく

◆陸前高田
・嵩上げ後の風景と暮らしを、そのまちのトライアルとして捉えること
 (復興の失敗と書かれたりもするけれど、果たしてそうなのか?)

岩手の風景や復興過程の様子を振り返って出た、「まちによってそれぞれにちがう失敗があるし、それぞれのまちがちがうもの目指して、ちがうものになった」「選んできた形が見えてきた11年目の時期を可視化できたらいいな」という言葉が印象的でした。
被災後、再建への歩みの中で他のまちの選択と比べてしまうことも当然あるけれど、自分たちのまちの形を冷静にまなざすために必要なマインドのように感じます。

田老の風景から

宮城
◆丸森
・台風被災後の自主移転
→自分たちの暮らしを客観的に見て、レジリエンスしている様子
 自分たちのことを自分たちでやる、自己決定できること
 (大きすぎる災禍や都市の規模によっては起こしにくいアクション)
・里山のソーラーパネル/社会構造が見えてくる風景

福島
◆飯舘村 
・里山の暮らしの意識、すごく大事にされてきたことが見ればわかる土地
・アンバランスさ 
 →プランターを手入れする所作↔︎線量計

◆双葉
 三人での最初の撮影地
・時間の流れが全く違うと体感する風景
・津波+原発事故によるさまざまな痛みや分断
 避難解除までの空白の時間、他の地での別の営みがあること
 被災で壊れなかった家が朽ち、建て壊しを決めること
 →自分で動けないこと 決められないことの辛さ

◆いわき
・復興五輪の名目で、海辺の集落跡に建てられた火力発電所
 炭鉱時代からのエネルギーと構造の繰り返し
・「東京に近づいている感覚がいわきで変わる」(柴原さん)
 人工的な、現代的な風景への変化を体感する

トヤマさんには、それぞれのまちを訪れたときの印象も都度お答えいただきました。
普段の活動では、どこでもないような/どこでもあるような身近な生活の場所を撮り、今回の撮影でも、それぞれのまちをいかにも被災地的に切り取るのではなく、今ある風景を、土地の温度感のままに撮影されたトヤマさん。

全体を通してのトヤマさんへの質問&コメント

Q東北で写真を撮ることについて、誘われてどうでした?
Q撮影で巡って、東北のイメージは変わりましたか?
Q撮り始めごろのエピソード 何を撮る?
Q岩手で小野文浩さん、いわきで小松理虔さんと同行取材したエピソード
Q今回の写真詩集の、周囲の反応はありましたか?
 ー海外のフォトグラファーの反応など

トヤマさんのご回答、ぜひアーカイブでご確認いただけたらと思います!

丸森から福島にかけてのまちの話では、被災後の自分たちの暮らしを自ら考えたり決めたりする余地がある大事さも話題の軸になっていたかと思います。
#18の配信は能登半島地震後の直近の回で、発災から3週間が経過した頃。
11年の間、被災したまちごとに起きたことや時間の流れ方もちがうけれど、だからこそ今困難な状況にある被災地に向けて「また集えるよ」「まちは続いていける」「穏やかな暮らしはいつかちゃんと戻るよ」と励ましていくような時間となっていました。
能登の被災ももうすぐ半年を迎えますが、その時期その時期で周囲からできる支援は何か、住んでいる人たちが、これからのまちがどうなっていくことを願っているのか、今一度知っていきたいと思います。

次回のテレビノーク

今日ご紹介した回も含め、テレビノークはすべてYoutubeにアーカイブが残っています。プレイリストはこちらから。最新回は高山正樹さんをお迎えした『狛江で沖縄を伝える』です。

気になる回を自分のペースで見るのはもちろん、どれかの回を、誰かと一緒に見て感想をシェアするのもおすすめです。

テレビノーク、引き続きお楽しみに~。



レポート:佐竹真紀子(美術作家/一般社団法人NOOK)

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