小さなちいさな反逆者
(お題:黒髪)
そろり、そろりと息を潜めて登校する。まだ暑さを存分に含んだ8月の太陽が、じりじりと腕を容赦なく焦がしていく。
夏休み。校内には、当たり前ながら生徒の影はひとつもない。
頭に乗せたスクールバックのむわっとした暑さに、里奈はうっすら汗をかいていた。
” 染毛禁止 ”
当時、市で上から3番目に頭が良い(と言われていた)Y校は、それなりに規則が厳しく、だけれどみんな優秀だったので、反抗するものはほぼ存在せず、きちんとしたがっていた。
スクールカーストの上の方に位置していた、少し大人びた空気を纏うようなギャルたちも、その規則を忠実に守っていた。
なのに、だ。
特に目立ちもしない、特技もない。なんならカースト制度の最底辺にいるようなわたしが、こんなことをしてしまうなんて。
右を確認し、左を確認する。誰もいないことを確認すると、いつもの教室に滑り込んだ。
外からは、この1週間の余生を思う存分に奮い立たせなければと、半ば狂気にも似た勢いでセミたちが一斉に限りある命を叫んでいる。
ふーっと一息つく。足も首も、汗でじっとりと湿っている。当たり前だ。ここまで全力で走ってきたのだから。なのに、わたしの心はこみ上げてくるワクワクを抑えきれずにいた。
よし、よし、よし、とひとりでガッツポーズを決め、にやりとほくそ笑む。
汗で張り付いた前髪を指で右に流すと、目元のメガネがかしゃんと少しズレた。
もう一度、この教室に誰もいないことを確認すると里奈はカバンから取り出したスマートフォンを、自分の方に向けてみる。
1回、2回、3回。
カシャっ と、誰もいない教室で、シャッター音が鳴る。
画面には、がらんとした教室と、それはそれは綺麗に染まった金色の髪の少女が、太陽の光を受けて不敵な笑みを浮かべて写っていた。
これまで、規則に反したことなんて一度もなかった。
スカートの丈を短くしたこともなければ、学校帰りに寄り道もしたこともない。そんな私が。
今教室で、金髪を揺らしているのだ。
これは、臆病なわたしの、わたしによる、わたしのための小さなちいさな反逆なのだ。
ゾクゾクと、これまで感じたことのない気持ちがこみ上げてきて、なんだか急に別人になったような気持ちになる。
すっと、肩の力が抜けていくのを感じた。
里奈はもう一度だけ、自分に向かって、何かを確かめるように、ゆっくりとシャッターを切った。